教講演

             

大会第2日目 7月26日(土)11:30〜12:20

地球温暖化と感染症

小林睦生 部長
国立感染症研究所
昆虫医科学部

座長 太田伸生
(東医歯大・国際環境寄生虫)
要 旨
地球規模での温暖化にともなって、疾病媒介動物が気象条件にどのような影響を受けるかは重要な問題である。「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の報告書において、蚊やダニなどの媒介動物の生息域が高緯度または高地へ拡大し、感染症のリスクが高まることなどが指摘されている。本講演では、地球規模での温暖化が昆虫やダニなどの分布、生活史にどのような影響を与え、その結果、節足動物媒介性感染症にどのような影響を与えるのかを概説する。 地球規模での温暖化とマラリアに関しては種々の議論がなされているが、マラリアの流行には多数の要因が関わっており、明確な結論は出されていない。しかし、アフリカの高地で媒介蚊であるAnopheles arabiensisの分布域拡大が海抜1,500〜1,900mの地帯に確認されている。今後の温暖化傾向によっては、アフリカ諸国の高地において、マラリア患者数が増加する可能性が考えられる。 一方、デング熱の主要な媒介蚊であるネッタイシマカは、1月の平均気温が10 ℃以上の地域に分布すると言われている。 台北と石垣市との年平均気温や1月の平均気温は1 ℃以上石垣市が高いことから、石垣島にネッタイシマカが将来定着する可能性は高い。IPCCの報告で、最悪のシナリオとして、2100年までに北半球を中心に年平均気温が約5℃上昇する可能性が指摘されている。 ヒトスジシマカの分布北限は、1950年代は栃木県であったが、その後、約50年間に福島県、宮城県、山形県、秋田県、岩手県と拡大を続けている。最近、我々は、温暖化予測モデルであるMIROC(K1)モデルを基に、2035年および2100年の年平均気温の1kmメッシュ気候図を作成し温度分布予測を行った。 その結果、2035年にはヒトスジシマカは東北地方全域に分布を広げ、2100年には北海道中央部の平地まで達すことが予想された。

温暖化に伴う温度上昇は、年間の上昇幅が小さく我々が感知できるレベルでない。しかし、北日本や本州山間部の降雪量は、明らかに減少しており、その関係でシカやイノシシの分布域の拡大や個体群密度の上昇が顕著に認められている。これらの影響がマダニの分布域にも認められ始めおり、マダニ媒介性感染症の問題も今後重要になると予想される。日本脳炎の媒介蚊であるコガタアカイエカは、西日本の発生密度が関東以北と比べて顕著に高いことが知られている。 この個体群密度の差が、日本脳炎の患者発生数や、豚の血清抗体陽性率に影響していると考えられるが、将来の温暖化によって、コガタアカイエカの発生密度が関東以北で上昇する可能性も否定できない。 2005年からインド洋で始まったチクングニヤ熱の流行が前年のケニヤ東部での大干ばつから始まったとの報告があり、温暖化に伴う感染症の流行を注視する必要がある。