ここでは,ProMedで流れた感染症情報のうち,寄生虫に関連したものについて,その抄訳をお知らせするコーナーです。


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2009.4.23更新
Date: 9 Apr 2009
ニューヨーク市でアライグマ回虫症の発生
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ブルックリン地区に住む2人の子どもがアライグマ回虫症に感染していることが判明した。二人の症状はいずれも重篤な後遺症を残している。

一人は、神経型幼虫移行症による好酸球性髄膜脳炎を発症した幼児で、重篤で不可逆的な脳障害を示している。
もう一人は10代の少年で、眼型幼虫移行症を発症し、片眼を失明した。

ニューヨーク市健康局は保護者にこの病気に注意するよう勧告を出し、末梢血好酸球増多や髄液の好酸球増多を伴う脳炎を呈する患者あるいは臨床的に眼型幼虫移行症や瀰慢性片眼性亜急性視神経網膜炎(DUSN)、好酸球性偽腫瘍と診断された患者ではアライグマ回虫症の検査をするよう促している。

疑わしい患者は直ちにニューヨーク市健康局に連絡するよう求めている。同局では24時間体制で診断のための支援体制を整えている。

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2009年3月30日、ブルックリン地区に住む二人の子どもがアライグマ回虫症に感染していると同市健康局に連絡があった。第1例目は生来健康な幼児であったが、2008年の10月頃から退行性で被刺激性の歩行障害とてんかん発作が急速に進展し、好酸球性髄膜脳炎と診断された。患者には異味症の既往があり、ニューヨーク北部地方への旅行歴があった。アライグマ回虫Baylisascaris procyonisに対する血清抗体反応は陽性で駆虫薬とステロイドによる治療が開始されたが症状は好転しなかった。患者は現在も入院中で重い脳障害が残っている。

2例目は10代の少年で2009年1月に右眼の視力が急速に低下し、失明した。この患者は潜伏期間中にニューヨーク市以外に旅行したことはなかった。眼底検査で幼虫が見つかり、その病変は眼幼虫移行症と一致していた。発見された幼虫の直径が大きくまたその形態学的特徴から、これがアライグマ回虫であり、イヌ回虫の幼虫ではないことが明らかになった。米国ではイヌ回虫のほうが眼幼虫移行症の原因としてはよく知られている。血清検査はまだ実施されていない。レーザ凝固治療により幼虫は完全に破壊され、ステロイド治療も併用して治療が続けられたが右眼の視力は回復しないままである。ニューヨーク市健康局ではこれらの患者がどこでいつ感染したのかを調査するとともに、他に感染者がいないかどうかについて慎重に調査を進めている。

アライグマ回虫症はアライグマに寄生する回虫によって起こる感染症でそれほど多い病気ではない。これまでに30例近くの患者が文献上報告されているが、報告されていない症例があることもわかっている。患者の多くは幼小児で、もちろん大人の症例も報告されている。この回虫に寄生されたアライグマの糞便内に虫卵が排泄され、感染はアライグマ回虫の虫卵(幼虫包蔵卵)を摂取することで感染する。虫卵が摂取されると体内で孵化をして幼虫が全身に移行する。幼虫は内臓や他の臓器にも障害を与えるが、眼や中枢神経系に対して特に強い障害をもたらし、眼幼虫移行症(OLM)や神経型幼虫移行症(NLM)の原因となる。潜伏期間はまだはっきりとはわかっていないが、NLMで2から4週間、OLMで1から2週間ぐらいではないかと考えられている【訳者注:スナネズミを用いた感染実験では、虫卵投与後12時間ですでに小脳に幼虫は到達し、出血性病巣を形成していた。】。無症状あるいは軽症例、さらには潜伏感染例も報告されている。発症とその重症については摂取した虫卵数や幼虫の移行範囲、炎症と壊死の程度と相関するといわれている。異味症をもった小児や発育障害を持つ人、アライグマが生息する地域に居住する人たちは、この重篤で、破壊的で不可逆的な神経疾患、時には死に至る感染症に対して高いリスクがあることを認識すべきである。

14例のNLMをまとめた最近の報告では、10例は20ヶ月以下の幼児で、3例は発育障害の既往があった。5例が死亡の転機を取り、9例が重度かつ持続性の後遺症(視力障害、失明、てんかん発作)が見られたという。

アライグマ回虫の感染はアライグマにはよく見られる寄生虫で、幼獣の90%、成獣の60-70%が感染しているという報告がある。虫卵は抵抗力が強く、感染力を持ったまま越冬し、数ヶ月から数年もの間環境中で生き延びる。アライグマが固有宿主で、ヒトが感染しても虫卵を排泄することはない。

【診断】アライグマ回虫症の診断は臨床症状、アライグマとの接触、髄液中の好酸球増加、末梢血好酸球増加、MRI上深部白質異常などによって行われる。OLMでは末梢血好酸球増多は見られないこともあるが、眼底検査では移行してきた幼虫を直接観察できたり、幼虫の移行した後やそれによる病変を観察できる。アライグマ回虫の幼虫は比較的大きく成長する[成虫は体長が15-20cm、体幅1cm程度である(編集部注)]。イヌ回虫幼虫の大きさはこの5分の1程度にしかならない。これが鑑別に役に立つ。生検組織中に幼虫が見られれば診断に役立つが、幼虫断端が見られることは少ない。血清中や髄液を用いた免疫診断法は疑わしい症例で診断の助けにはなるが、広く普及している訳ではない。

【治療】駆虫薬による治療は、感染幼虫数が少ない場合や初期に強力に治療しない限り、死亡や重度の障害を予防するには効果が限られている。動物モデルを用いた治療実験では、幼虫が脳に達する前に予防的に治療すれば効果があるという成績が得られているが、人の感染例では中枢神経の障害が起こる前に診断がつくことはない。理論的には、感染後1-3日以内に治療を開始すれば幼虫を殺滅することによって臨床症状の発現を抑えることが出来るので、アライグマの糞便と接触したことがあるのなら考慮すべきである。

治療の開始時期がこの感染症ではきわめて重要である。アルベンダゾールは中枢神経系に移行し、毒性も比較的低くかつ殺幼虫活性もあるので第1選択薬として用いられている。さらに、炎症反応に起因する組織障害を減じるためにコルチコステロイドの全身投与を行う。OLMやDUSNの患者ではレーザ凝固療法を行う。