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研究概要

これまでの研究

私たちは、細胞接着と情報伝達のクロストークの場としての細胞間結合(神経シナプス、上皮細胞間結合)を研究対象として、その正常な機能を支えている分子構築を解明する研究を展開してきた。脳においては、自閉症と関わりが深い接着分子ニューロリギンの裏打ち構造に着目して研究を進めてきた。脳以外の臓器では、腎臓、腸管、乳腺を対象として、上皮細胞のタイトジャンクションの裏打ち構造を解析し、新しい接着分子を見出し報告した。さらに、その後、腎臓における尿ろ過装置の実体をなし、その変異がネフローゼの原因となる接着分子ネフリンの裏打ち構造についても、これまで知られていなかった分子構築を明らかにした。これらの研究を通じて、接着分子を裏打ちする一群の蛋白質が、接着分子とアクチン細胞骨格をつなぐ役割をもつこと、接着構造の近傍に位置する受容体を介して細胞外シグナルを受け細胞骨格を制御し、接着分子・受容体の機能する場である細胞間結合全体の構造を大きく変動させることを明らかにした。神経シナプス、上皮細胞タイトジャンクション、腎臓スリット膜は、それぞれ脳の高次機能障害、癌、ネフローゼなどのメジャーなヒト疾患に関連が深く、私たちが見出した分子構築の破綻が、ヒト疾患の原因となっている可能性が、注目される。

現在の焦点

前項の研究を進める過程で、私たちは、新たに細胞接着の裏打ち構造に、細胞死、細胞増殖制御に関わる未解析の分子を見出した。この分子は、ショウジョウバエからヒトまで保存されている細胞の生存と死の制御に関わる新しいシグナル伝達系の構成因子である可能性が高い。さらには、ショウジョウバエの知見からは、神経回路網の形成にも関係していることが予測されている。
 
このシグナル伝達系については、これまでショウジョウバエを用いた遺伝学的解析が先行している。ヒトを含む哺乳動物での解析、ならびに、分子レベル、細胞レベルでの解析は、まだ、大きく遅れている。このシグナル伝達系の研究は、次の2つの意味において、医学的にも興味深いと考え、わたしたちは、現在、このシグナル伝達系に焦点をあてた研究を、展開している。

(1)正常な上皮細胞は接着を失うと細胞死に至るが、癌細胞は接着非依存的に増殖し、例えば、癌転移をもたらす。癌細胞において、このシグナル伝達系の異常が見出されるならばその正常化によって、転移抑制が可能となると考えられる。

(2)虚血、炎症、老化においては、種々のストレスのもとで細胞死がおこる。わたしたちは、このような細胞死が、このシグナル伝達系によって仲立ちされていることを示唆する予備的知見を得ている。したがって、癌治療の場合とは逆に、このシグナル伝達系を抑制することが急性・慢性の細胞死を伴うさまざまの疾患の治療につながる可能性がある。

本稿を記載している現時点では、このシグナル伝達系をオン・オフにする上流シグナルの同定、このシグナル伝達系を構成する分子群の相互の制御メカニズムの解析、このシグナル伝達系によって制御される下流ターゲットの解明などの基礎的研究に、当面の目標があるが、その延長において、癌あるいは種々の細胞死を伴う疾患の、新しい治療分子標的をみつけることを企図している。