1.リバースからフォワードへケミカルゲノミクスを活用した抗HIV剤の創製

From Reverse to Forward Chemical Genomics: Development of Anti-HIV Agents

田中智博1)、橋本知恵1,2)、小森谷真央1,2)、野村 渉1)、鳴海哲夫1)吉村和久3)松下修三3)

村上 努4)駒野 淳4)大庭賢二4)、山本直樹4)、○玉村啓和1,2)

Tomohiro Tanaka1), Chie Hashimoto1,2), Mao Komoriya1,2), Wataru Nomura1), Tetsuo Narumi1), Kazuhisa Yoshimura3), Shuzo Matsushita3), Tsutomu Murakami4), Jun Komano4), Kenji Ohba4), Naoki Yamamoto4),

and Hirokazu Tamamura1,2)

1)東京医科歯科大学・生体材料工学研究所、2)東京医科歯科大学大学院・疾患生命科学研究部、

3)熊本大学・エイズ学研究センター、4)国立感染症研究所・エイズ研究センター

1)Institute of Biomaterials and Bioengineering, Tokyo Medical and Dental University, 2)Graduate School of Biomedical Science, Tokyo Medical and Dental University, 3) Center for AIDS Research, Kumamoto University, 4)AIDS Research Center, National Institute of Infectious Diseases

 

エイズ、およびその原因ウイルスであるHIVの発見から20年以上経過しており、現在までに種々の抗エイズ薬が開発され臨床応用されているが、いまなおエイズを完全に治癒する治療法は見出されていない。現状では、耐性ウイルスの出現や副作用を軽減するため、複数の抗エイズ薬を併用する多剤併用療法(HAART)が最も治療効果を挙げると考えられており、抗エイズ薬の種類、レパートリーを増やすことが創薬研究者に求められている。我々は以前からHIVの細胞への侵入段階を中心に、種々の抗HIV剤を創製してきた。特にHIV感染症の後期に現れるHIV株が利用する宿主細胞上のコレセプターCXCR4の阻害剤の創製を精力的に行ってきた。また、コンビナトリアル設計に基づくプロテアーゼ阻害剤の創製や、他の侵入阻害剤や中和抗体等との併用を志向したCD4 mimicの創製も進めている。これらはすべて、受容体や酵素等の蛋白質をターゲットとした標的分子設定型のリバースケミカルゲノミクス的手法を活用することにより抗HIV剤を創出している。そこで、新規な抗エイズ薬の創出のために、概念を根本的に変えて、ランダムライブラリーから抗HIV活性を指標にスクリーニングするというフォワードケミカルゲノミクス的手法を用い、有用なリード化合物の探索を行った。また、そのランダムライブラリーとして、HIVのすべての遺伝子産物のオーバーラップ断片ペプチド群を使用した。結果として、インテグラーゼ阻害剤等の抗HIV剤を見出すことができ、HIV自身の中にHIVの複製を阻害するフィードバック様の自己制御システムが存在することが示唆された。このようにリバースケミカルゲノミクスからフォワードケミカルゲノミクスの方法を取り入れ、いろいろなケミカルバイオロジー観点からリード化合物を探索し、種々のHIV剤の創製を行っている。また、HIV感染者数が発展途上国で増加していることから、薬剤に比べて少ない投与回数で効果を示すワクチンの開発も重要と考えられ、これまでに試行されていなかった新規なワクチン標的を複数設定し、効果的な作用を示すワクチンの開発も進めている。

2.新規アミド結合等価体の創製研究:

クロロアルケン型ジペプチドイソスターの合成研究

Novel Alkene Dipeptide Isosteres: Synthetic Study of Chloroalkene Isosteres

鳴海哲夫1)、清家俊輔1)、野村渉1)、玉村啓和1,2)

Tetsuo NARUMI1), Shunsuke Seike1), Wataru Nomura1), and Hirokazu Tamamura1,2)

1) 東京医科歯科大学・生体材料工学研究所、2) 東京医科歯科大学大学院・疾患生命科学研究部

1) Institute of Biomaterials and Bioengineering, Tokyo Medical and Dental University, 2) Graduate School of Biomedical Science, Tokyo Medical and Dental University

 

ペプチドリード創薬において、主鎖骨格を形成するペプチド結合や構成分子であるアミノ酸側鎖に起因するペプチド性 (易水解性や凝集性) を解決するペプチドミメティックの創製は重要な研究課題である。これまでに、酵素によるペプチドの加水分解機構に基づいた酵素基質遷移状態模倣型ペプチドミメティックが考案され、がんやエイズ、アルツハイマー型痴呆症など難治性疾患に対する医薬品創製において、重要な役割を果たしている。一方、ペプチドの基底状態を模倣したペプチドミメティックはいまだ有効なものが見出されていないのが現状である。このような状況において、我々は有効な基底状態模倣型ペプチドミメティックとして期待されるアルケン型ジペプチドイソスターの合成研究、およびそれらを基盤とした創薬研究を展開してきた。アルケン型ジペプチドイソスターはペプチド結合の共鳴構造に基づいてデザインされたペプチドミメティックであり、天然のジペプチドとの高い構造的相同性や加水分解酵素に対する安定性などが特徴として挙げられる。今回、我々は新たな基底状態模倣型ペプチドミメティックとして、ペプチド結合をクロロオレフィンで置換したクロロアルケン型ジペプチドイソスターを設計し、短工程でかつ様々な置換基を導入可能な効率的合成法の開発を目指し、a位置換基の立体選択的導入およびクロロアルケン骨格の構築について検討した。その結果、有機銅試薬によるOne-Pot還元反応/不斉アルキル化反応によるアプローチおよびSN2’型アルキル化反応によるアプローチの2種類の側鎖官能基導入法を開発した。今後は更なる柔軟な合成法へ展開し、生理活性ペプチドへ応用することで、クロロアルケン型ジペプチドイソスターの機能評価を行う予定である。

3.堅固なリンカーを有する二価結合型CXCR4リガンドの開発と応用

Development and Application of Bivalent-type CXCR4 Ligands with Rigid Linkers

○田中智博、野村渉、鳴海哲夫、増田朱美、玉村啓和

Tomohiro Tanaka, Wataru Nomura, Tetsuo Narumi, Akemi Masuda, Hirokazu Tamamura

東京医科歯科大学・生体材料研究所

Institute of Biomaterial and Bioengineering, Tokyo Medical and Dental University

 

現存する医薬品のうち40%G蛋白質共役型受容体 (GPCR) を標的としており、魅力的な創薬標的である。近年、多くのGPCRはホモまたはヘテロ二量体で存在することが報告されているが、生細胞中におけるGPCR二量体の構造及び機能の詳細に関しては明らかでない部分が多い。そこで、本研究ではGPCRであるケモカイン受容体CXCR4を標的とした二価結合型リガンドを創製し、それらを用いてGPCR二量体の構造及び機能の解明を試みた。多くのGPCRは構造が明らかでないため、二量体構造に対して適切なリガンド間の距離を保つ二価結合型リガンドの理論的な構築は困難であった。そこで、CXCR4結合リガンドである環状ペンタペプチド(FC131 を堅固な構造を有するポリプロリンリンカーで架橋した二価結合型FC131誘導体を設計・合成した 。ポリプロリンリンカーの長さは一定に保たれているため、適切なリガンド間距離の場合に結合親和性の増大がみられると考えられた。FC131のグリシンをシステインに置換したcFC131を構築し、リンカーを導入した。CXCR4結合活性を評価した結果、リガンド間距離が5.5-6.5 nmの場合に二価型結合形成による相乗的な結合活性の上昇が見られた。この二価結合型リガンドを用いてGPCR二量体化の機能を解析するため、Ca2+流入活性の評価を行った。更に、CXCR4ががん細胞において過剰に発現していることに着目し、二価結合型リガンドのがん細胞特異的プローブとしての応用を検討した )。この方法によってCXCR4の二量体状態の推定が可能であることが示されたことからさらに高い親和性を持つ二価結合型リガンドの開発が可能であると期待される。また、この手法は他の既存のGPCRリガンドにも適用可能であり、さらなるGPCRの機能解明に有用であると考えられる。

4.新規蛍光イメージングツールの創出:クロスリンク型ZIPタグ-プローブペアの開発

Development of Crosslink-Type ZIP Tag-Probe Pairs as Novel Fluorescent Imaging Tools

野村 渉1)、○大橋南美1)、蓑 友明1,2)、森あつみ1)、鳴海哲夫1)、増田朱美1,2)、堤 浩1)

玉村啓和1,2)

Wataru Nomura1), Nami Ohashi1), Tomoaki Mino1,2), Atsumi Mori1), Tetsuo Narumi1), Akemi Masuda1,2), Hiroshi Tsutsumi1), Hirokazu Tamamura1,2),

1)東京医科歯科大学 生体材料工学研究所、2) 東京医科歯科大学 疾患生命科学研究部

1) Institute of Biomaterials and Bioengineering, Tokyo Medical and Dental University,

2) Graduate School of Biomedical Science, Tokyo Medical and Dental University

 

細胞内におけるタンパク質の機能(発現状態や細胞内局在など)を調べるためには、タンパク質の挙動を経時的に追跡する必要がある。本研究室では、3本鎖ロイシンジッパー構造を基に設計したZIPタグ-プローブペアの開発に取り組んでいる。これまでにタグとプローブの特異的会合に伴って蛍光波長・強度が大きく変化するプローブ分子を開発し、これを用いて生細胞でのタンパク質イメージングに成功している。タグとプローブの会合は非共有結合によるものであるが、分子間に共有結合を形成させて安定化することで、生細胞中のタンパク質に対してパルスチェイス実験などの時間分解解析が行えると考えられる。本研究では共有結合によりタグとプローブを結合させるクロスリンク型ZIPタグ-プローブペアの開発に取り組んだ。

まず、タグ-プローブ間でクロスリンク反応を行うために、システイン残基をもつタグペプチドとN末端にクロロアセチル基をもつペプチドをそれぞれFmoc固相合成法により合成した (Figure 1)。クロスリンク反応は反応点の距離が反応速度に影響すると考えられるため、クロロアセチル基との間にグリシン(Gly0-2個からなるリンカーを持つプローブを合成した。これらを用いてクロスリンク反応による共有結合の形成を確認し、それらの反応速度について検討した。またクロスリンク型タグ-プローブペアについてCDスペクトル測定および蛍光滴定実験により安定性を試験した。その結果、Gly1個からなるリンカーをもつプローブが最も迅速な結合形成を示した。また、非共有結合型タグ-プローブペアと比較して、TM値、蛍光応答能、および解離定数においてクロスリンク型タグ-プローブペアの安定性の向上が確認できた。以上のことから、タグ-プローブ間の会合に共有結合を導入することで安定性が向上したクロスリンク型ZIPタグ-プローブペアを構築可能であり、細胞内での安定性についても今後検討する予定である。

5.亜鉛フィンガー融合型DNA組換え酵素のデザイン

Design of Sequence-Specific Zinc Finger Recombinase

○増田 朱美1,2)、野村 渉1)、奥田 毅1,2)、玉村 啓和1,2)

Akemi Mausuda 1,2), Wataru Nomura 1), Tsuyoshi Okuda 1,2), Hirokazu Tamamura 1,2)

1) 東京医科歯科大学・生体材料工学研究所、2) 東京医科歯科大学大学院・疾患生命科学研究部

1) Institution of Biomaterials and Bioengineering, Tokyo Medical and Dental University,

2) Graduate School of Biomedical Science, Tokyo Medical and Dental University

 

亜鉛フィンガータンパク質(ZFP)は各モジュールが約30アミノ酸からなるbba構造を形成し、aへリックスのアミノ酸側鎖がDNA 3塩基と相互作用する。この特徴を利用し、3塩基のコドン配列に対応するモジュールを組み合わせることで標的DNA配列に結合するZFPを作製することができる。標的配列に対して高い特異性で結合するZFPは多岐に渡る応用が考案されているが、その中でもDNAを修飾する酵素との融合タンパク質として用いた遺伝子治療の可能性が注目されている。DNA組換え酵素は標的とする遺伝子配列の両端で二量体を形成し、さらに四量体として会合する際に組換え反応が起きる。この反応は能動的に起きるため標的遺伝子のノックアウト法として利用できる。本研究ではZFP融合型DNA組換え酵素(RecZFP)を用いた標的DNA配列の切除反応について、反応効率の向上に向けた酵素デザインの検討を行った。具体的には、ZFPと酵素ドメイン間のリンカー配列及びZFPDNA結合親和性のそれぞれが組換え反応効率に及ぼす影響について大腸菌内での反応について検討を行い、その結果をもとに哺乳類細胞内における反応効率についても同様に検討を行った。大腸菌内の反応では酵素の触媒ドメインが作用するスペーサー配列を介して両端に2~6モジュールがつながったZFPの結合配列がある標的配列を700塩基程度離れた位置に置いたモデルプラスミドを用いた。作製したZFPの結合親和性をELISA法により評価した後、融合型酵素(RecZFP)として標的配列上流に遺伝子をコードしたプラスミドを大腸菌内へ導入した。導入後の反応時間を一定として組換え反応を定量した結果、ZFPモジュール数や酵素のリンカー長が反応効率に影響することが明らかになった。哺乳類細胞内での反応については、ゲノム上に標的配列の間にプロモーター配列と蛍光タンパク質のコード遺伝子を導入した安定発現細胞株を用いて蛍光タンパク質の減少比率から組換え反応を評価した。RecZFPを導入後、一定時間培養した細胞の蛍光強度をFACSで測定した結果、コントロール細胞と比較して蛍光強度が減少することが明らかになった。これらの知見に基づき、活性の高いZFP融合型DNA組換え酵素のデザインが可能になるとともに様々な遺伝子関連疾患への応用が期待される。

6.HIV-1マトリックスタンパク質を基にした新規抗HIVペプチドの創出

Screening and Development of Anti-HIV-1 Peptides from HIV-1 Matrix Protein

○小森谷 真央1,2)、村上 努3)、鈴木 慎太郎1)、鳴海 哲夫1)、野村 渉1) 、山本 直樹3)、玉村 啓和1,2)

Mao Komoriya 1,2), Tsutomu Murakami 3), Shintaro Suzuki 1), Tetsuo Narumi 1), Wataru Nomura 1), Naoki Yamamoto 3), Hirokazu Tamamura 1,2)

1) 東京医科歯科大・生体材料工学研究所、2) 東京医科歯科大大学院・疾患生命科学研究部、3) 国立感染症研究所・エイズ研究センター

1) Institute of Biomaterials and Bioengineering, Tokyo Medical and Dental University, 2) Graduate School of Biomedical Science, Tokyo Medical and Dental University, 3) AIDS Research Center, National Institute of Infectious Diseases

 

エイズの治療において現在、HIV逆転写酵素阻害剤やプロテアーゼ阻害剤を併用する多剤併用療法が成果を挙げている。しかし、この治療法には高額な治療費、重篤な副作用、耐性ウイルスの出現といった問題点があり、新たな作用点を持つ薬剤が必要とされている。ウイルス構造タンパク質Gagの構成成分であるマトリックス (MA) タンパク質の部分ペプチドを作製し、抗HIV化合物を探索しようと考えた。主にa-ヘリックス構造から構成される全長132アミノ酸のMAについて15残基の部分ペプチドを設計した 。この部分ペプチドは二次構造の維持と活性モチーフの分断の回避を目的として5残基ずつオーバーラップ部分を設けた。作用点の解析を目的として膜透過性配列であるオクタアルギニン配列を各ペプチド配列のC末端側に付加した。オクタアルギニンはN末端をクロロアセチル化し、部分ペプチドのC端に導入したシステインとの縮合を行った。細胞膜透過性MA部分ペプチドライブラリーに対するコントロールペプチドとしてC末端のシステインをキャッピングした部分ペプチドライブラリーも調製した 。計26種の部分ペプチドライブラリーの抗HIV活性および細胞毒性について評価した結果、顕著な抗HIV-1活性を有する部分ペプチドを見出した。今後は活性を示した配列を基にペプチドライブラリーを再構築し、作用メカニズムの解明と同時により高活性なペプチド配列の構築を目指す。

日本ケミカルバイオロジー学会 第5回年会

日時:2010年5月18日(火)〜19日(水)
場所:慶応義塾大学 日吉キャンパス協生館