「ぬか床」と「供養」。
1991年に出版された"BIOTECHNOLOGY: The Science and the Business (V. Moses, R.E. Cape著)" (1)の中で、著者は「20世紀後半、日本はバイオテクノロジーの分野で世界をリードし、米国の脅威となるであろう」という予測を示していた。そして、その根拠となるキーワードとして、「ぬか床」と「供養」をあげていた。
いまも日本の多くの家庭には「ぬか床」があり、漬物を日頃食べている日本人にとって「ぬか床」はそれほど特別な存在ではない。しかし欧米では1970年代、アシロマ会議(1975年)に代表されるような「遺伝子組換えに対する国際会議」が多数開かれ、目に見えない、えたいのしれない細胞を扱うバイオテクノロジーに対して「脅威」を抱き、社会的な倫理問題がクローズアップされ、厳しい規制のなかバイオテクノロジーの研究開発が行われていた。つまり、「『ぬか床』を家庭において漬物を漬けている日本人には、きっと微生物に対する抵抗感は少なく、バイオテクノロジーに取り組むのは容易であろう」と推察したようである。「供養」についても日本人特有の考え方として「ぬか床」と同様、日本でのバイオテクノロジー研究の障壁を下げるものと考えていた。(実際には当時、微生物を扱っていると意識して、漬物を漬けている日本人は多くなかったと思うが。)
ご存知のようにこの予測は大きく外れ、この「日本に対する危惧」が一つのモチベーションとなったのか、1990年代において米国は「ヒトゲノム計画」に象徴されるように、国家的な体制のもとバイオテクノロジーを躍進させ、現在の独占的な状況を導いた。
しかしながら、この予測がまったく的外れであったとは信じたくない。日本の大学において現在、バイオは30年前の電子工学のように活況を呈している。理工系学部ではどの学科においても、バイオテクノロジーやバイオメディカル等の科目が主専攻や副専攻の講義として開講されており、高い興味をもって聴講され、学問としての底辺は広がる傾向にある。21世紀になり平成不況を脱した感のある日本において、今度こそバイオテクノロジーが産業界においてもしっかり根をはるように期待し、大学の研究機関としては社会を先導するような人材を養成していきたい。