生体材料工学という学問は,研究として非常に面白いとともに,一筋縄ではいかな い面も持っている.ここでは,特徴的な2つの話題を簡単に紹介したい.
1.学問的な話
生体を工学的に見た場合に,しばしば言われるのは生体は工学的にも非常に良くで
きている,ということである.これは事実ではあるが,感心してばかりではいられな
い.医療の立場から見れば,生体がうまく出来ていないからこそ,治療が必要にな
る.例えば,生体には様々な防御機構があるが,防御機構が不完全であるから怪我や
病気になることがあるわけであり,また逆に防御機構が過剰に働いた結果が症状とし
て現れることもある.
2.応用的な話
革新的な医療材料・機器を開発することにより,この研究分野は新らしい産業の創
出に向かっての大きな可能性を持っている.これは世界的にも大きな趨勢としてある
のだが,日本においては,いろいろな理由で必ずしもうまくいっていない面もある.
工学分野とちがって医療分野では最終的に対象となるのがヒトそのものであること,
そしてそのことにより社会的あるいは経済的な制約を受けることが大きな理由となっ
ている.
しかし,学問的あるいは応用的にこのような側面のあることが,この学問分野に深 みを与えているのだろう.生体はシステム的に非常に複雑であるのだから,ある部分 に対応すると別の部分で不都合が生じることは当然である.それをうまく解決するこ とが研究者の腕の見せ所である.あるいは産業化における日本の特殊性といっても, 高齢化社会におけるQOLの向上というニーズは世界の中でも日本で最も大きい.これ を解決する手段をみつければ,将来において生まれる世界的なニーズに先んじて対応 することができる.従来のものにとらわれない柔軟で独創的な発想と,多様な連携を 生かして実用化に向かう戦略にもとづき,着実に歩み進めていきたい.