膝疾患の治療-前十字靭帯再建術を受ける患者さんへ

前十字靭帯再建術を受ける患者さんへ

あなたの膝外傷や障害に対し、前十字靱帯(ACL)の再建手術をしたほうがよいと判断されました。怪我をして間もない方は、目の前が真っ暗かもしれません。しかし前向きに膝の状態を改善し、適切に手術をうけることが結局早期復帰、高い満足度につながります。
繰り返し損傷を繰り返してきた方が手術を受ける場合には、ようやく正しい治療がなされると思ってください。しかし最初の怪我から時間がたっている方ほど、膝の状態は悪くなっていることも珍しくありません。
膝の手術が決まったら、手術を受ける前に次のことができるようにしておきたいものです。

手術を受ける前に

膝の伸び・曲げがフルにできる術前に左右差のない完全な伸展と、正座ができる完全な屈曲ができることが望ましいです。通常手術を受けると、手術のために関節が硬くなります。程度の差こそあれ多少は硬くなります。十分な膝機能の改善のためには、完全な伸展と屈曲が大切です。したがって現在伸びや、曲げが十分でない方は、よく練習してください。痛くてもやってください。湯船の中での正座も有効です。ただし、半月板が切れて挟まっている患者さんでは、完全な膝の伸展には無理があることも少なくありません。この点は主治医と確認ください。

筋力の回復に努めること筋力の回復に努めること。
できれば手術前に腿の太さに差がなくなっていることが望ましいです。筋力は膝の痛みや腫れによって、急激に落ち、腿は細くなります。できれば手術前に1cm以内の差になっていてほしいものです。

手術による回復の期待

手術によってどれくらいの回復が期待できるでしょうか。
私たちは外傷前の90%以上を目標にしています。
100%といいたいところですが、現実には手術のためには、切開をし、腱を採取し、また半月板・軟骨損傷の合併もあります。患者さんが90%以上といってくれる方ではほとんど手術後の問題はありません。運動で怪我をして、その復帰に意欲的な方で、手術のために復帰できないことはまずありません。とはいっても術後早期は我慢することが多いのです。術後3ヶ月はがまん、術後4,5ヶ月は慎重な積み重ね、6,7ヶ月は実戦の中での調整です。たとえ6ヶ月で試合に復帰しても、なかなかその時点で100%の回復には至りません。フル復帰までに不安な動作は積極的に練習してください。疲労のしすぎには注意が必要です。膝の熱には早めの処置が必要です。

あなたが受けられる「前十字靱帯再建術」とは

それでは実際にあなたが受けられる「前十字靱帯再建術」とはどんな手術でしょうか。
一言で言うと「自家腱移植」です。自分の体のある一部の腱をもってきて、本来の前十字靭帯(ACL)の付着部に膝の下の骨である脛骨と上の骨である大腿骨から骨にトンネルを掘り、そのトンネルの中に、とってきた腱を束にして通し、ピンと張った状態で両側を金属などに固定します。
皮膚の傷は膝の前内側の約3cmです。またお皿の両側に2箇所、関節鏡のための小さい傷を使います。腱として私たちは膝の内側にある膝を曲げる筋である半腱様筋腱を用います。
手術直後は腱が骨の中に浮いた状態にあるのですが、周りから徐々に細胞と血管が入りこみ、腱と骨の壁がつながります。骨と腱の結合がしっかりするまでに約3ヶ月かかります。3ヶ月たつともう大丈夫かというとそうではありません。関節の中にある靱帯中央の治癒には、実際年余の時が必要です。
残念ながらいつまでたっても正常と同じにはなりません。実際には、後療法が順調に進めば6ヶ月でスポーツに復帰していますが、中身は多少おぼつかない状況といえます。ですから怪我をする前よりも、膝をいたわってください。「いたわる」とは日ごろの十分な訓練と、やりすぎないこと、運動前後の手入れです。

手術の流れ

それではもう少し具体的に、手術前後の訓練などについて説明しましょう。
手術は腰からの麻酔で行なうことが通常です。どうしても全身麻酔を希望する方は申し出てください。手術時間は靱帯再建術だけでは2時間くらいです。そのほか合併している半月板の処置の方法により30分、1時間くらい余計にかかる場合もあります。

術後0日

手術の麻酔から醒めると、とても痛みます。
術当日は痛みを我慢しないでください。早めに痛み止めをもらいましょう。また静脈血栓を防ぐために、足首をゆっくり力いっぱい上にそらし、下に曲げます。術後1時間ごとに2,3回行ないましょう。
特に問題がなければ術後ベッドは30度くらい頭部を上げて結構です。また腰が痛みやすいので、上半身ごとねじって枕を背中に入れたりしてください。手伝ってもらいましょう。
手術後には膝を軽く曲げた状態で固定するような簡単なブレースを用います。軽く曲げておくことが移植した腱にとっては安全です。しかし最終的に膝が伸びなくなることは絶対に避けなければいけません

術後1日

この日の移動は車椅子にしましょう。ただし自分で下肢を持ち上げて、一人で行きましょう。
ブレースをしたままで足が持ち上がるように訓練してください。それができるようになったら、下肢を上げて5秒数えること。20回を1セットとして1日4,5セット行ないます。ブレースをしたままで行ないましょう。
次にブレースをしたままで膝を伸ばすように腿に力を入れてください。当然痛むと思いますが、やるべき訓練は痛みがあっても行ないます。
傷の処置は、血が出ていなければ2,3日は行なわないほうがよいでしょう。

術後2日

ブレースをしたままで軽く足が上がるようになったら、今日からは横向きになって足を横に上げましょう。できるだけ真横にあげましょう。これも5秒数えて20回を1セットとして1日4,5セット行ないます。うつぶせの練習もしてください。できればうつ伏せで足を後ろに持ち上げる訓練も行ないます。
ベッドサイドに足を下ろして、手術側の足に体重を少しかけて立つ練習をしてみます。これに慣れたら、松葉杖を使って、患肢に体重の5分の1を目安に体重をかけながら、歩く練習をします。松葉杖の使い方は術前に覚えておきましょう。手術時には「一家に一式松葉杖セット」を購入してください。
松葉杖で歩く練習は、足に血が下がって痛くなったり、違和感がない程度に徐々に慣らしていきましょう。

術後3,4日

今日からリハ室でのリハの始まりです。リハ室では担当の方からいろいろなチェックや、上半身や全身的な運動の指導を受け、進めていきます。リハ室でのチェックも基本的には外来通院時に毎回行なってください。
しかし術後のリハビリの基本は自分で毎日、数回行なうベッド上、ベッドサイドでの訓練であることを忘れないでください。退院後も同様です。毎日決まったことを行い、膝を少しずつよい状態にしていくことがとても大切です。軟膏で膝周囲をやわらかくすることもします。

術後1,2週間後

  • ブレースをしたまま下肢上げ5秒20回を1セットとして、1日4セット(前、横、後ろそれぞれ1回1セット)
  • ブレースをはずした状態での膝セッティング1日4セット(力いっぱい腿に力を入れて、膝をそらすようにします。5つ数えます。上手にできない方は、小さな枕を膝の下に入れて行なうこと、足首の下において足を持ち上げて行なうことをお勧めします。)
  • ゆっくり膝を曲げる練習(足をつけて滑らせるように後ろに引く、膝を両手で抱えて力を抜いて足の重さで曲げる、うつ伏せで曲げる。3種類全部やってください。)うつ伏せでの膝の曲げ練習は違和感がありますが、かならず加えましょう。

目標の膝曲げは退院時に95度くらいです。楽に達成した方は曲げ自体を一生懸命進める必要はありません。術後1週から2週で抜糸をして退院します。

退院の条件
1膝の伸展がうまく力が入り、健側と比較して-5度くらいであること
2屈曲が90-100度まで達していること
3部分荷重での松葉杖歩行が安定し、階段の昇降練習を十分にしていること

退院後にはどうしても入院時よりも足を下ろしている機会が多く、腫れやすく、自主訓練が足りないために大腿四頭筋の回復が悪くなることもあります。
最も避けたいのが、膝の腫れとそれに伴う痛みのために膝の伸展が不良になることです。毎日時間をとって訓練すること。下肢を挙上しておくこと。軟膏を用いて、膝の柔軟性を維持すること、熱がある場合には1日一回は水枕でクーリングをします。腫れや熱が目立つ方では、退院時の痛み止めを頓服として飲みましょう。

退院後1〜2週で術後最初の外来初診です。
大腿四頭筋のセッティングがうまくでき、伸展障害が少ないこと。膝の伸ばし/曲げが3-5度/100-120度になっていることが大切です。松葉杖歩行にもなれ、徐々に体重の50%はかけて歩いてください。腫れや熱の状態に応じて進めていきます。膝周囲の軟膏によるマッサージをよく行なってください。

術後1か月

大腿四頭筋のセッティングがさらによく力が入り、膝の伸ばし/曲げも0−3度/120度になっていること。1本松葉杖で形よく歩けること。腫れや熱がないこと。
これらをクリアしていれば、力をつける訓練を増やします。

  • 患側膝を90度曲げて前に半歩だし、体重をゆっくりと力いっぱいかけます。
    30秒を1回として。5分くらい行ないます。この際に膝の前面に痛みを感じることが多いのですが、心配はありません。膝のお皿をもっと動くようにしましょう。お皿周囲の痛い場所を見つけて、よく押すようにしましょう。
  • 仰向けに寝て、両膝を立て、お尻を浮かせます。これができたら、さらによいほうの足を浮かせます。
    この時点で悪いほうの足だけで、下半身を支えています。これが安全な膝裏の筋力強化法の第一段階です。楽にできるようになったら、徐々に膝の角度を浅くして行なっていきます。
  • 水中歩行;2,30分を1セットとして行ないます。
  • 水泳;クロールとバックを行なってもよいですが、特に得意な方は上半身だけで泳ぐようにしてください。
  • エアロバイク:抵抗よりも速さのほうが危険だと思っています。ゆっくりこぎ2,30分行なうようにしてください。

松葉杖と装具の装着について

松葉杖歩行は動きすぎて膝に炎症をもたせないようにするため、膝を曲げた状態で固まらないために使います。
装具は膝伸展位でどんどん動き回らないように使います。
患者さんの膝の状態と、体質、性格に応じて使い分けていきます。長く使うように指示されている方は、担当医が慎重に進めたほうがよいと判断している方です。
一般的には、体の柔らかい方、膝のそりが強い方、外傷後経過の長い方、半月板がなくなっている方では術後早期はより慎重に進めることにしています。

走るためには

術後3ヶ月くらいからジョギングをするといっていますが、走る前には正しく歩けること、正しく早く歩けることが必要です(2,30分を単位として)。

  • 片足での爪先立ちがスムーズにできる
  • 片足での膝90度屈曲がスムーズにできる
  • 階段の下りもスムーズ
  • 筋力測定で最低健側の65%以上

その条件に満たない方は走ることをあせらず、走る準備段階を進めていきましょう。

機械を用いた筋力強化

  • 足を浮かせての膝曲げ伸ばし訓練は今後一切行なわないようにしましょう。
    この訓練(サイベックスなど)はとても膝に危険です。
  • レッグプレス
    膝を伸ばしきらないようにして、徐々に進めます。膝伸展60度くらいで最初は止めておいてください。
    負荷は徐々に増やして結構です。
  • レッグカール
    膝裏を鍛える機械です。これは積極的にやりたいものですが、いきなりやることは危険です。
    膝裏の腱を用いた再建術では、膝裏は「肉離れ状態」です。ツッパリを感じながら、そこをほぐしながら、徐々に負荷を増やしていきます。

膝裏の違和感については、個人差が大きいようです。筋肉質の方は特に注意します。力より柔軟性が大切です。柔軟性を失わないように力をつけていきましょう。

走力が上がることが運動復帰の基本です

力がなくては早く走れません。バランスが悪くてはうまく走れません。
全力の80%くらいの感じで走れるようにもっていけたら、徐々に復帰する種目特異的な練習を加えていきます。ゆっくりから早く。短時間から長時間に。準備運動は常に大切です。
ジャンプする種目では両足から徐々に高く、片足で徐々に高く。着地の練習も両足から片足に、真下への着地から前後、左右の着地に進めていきます。
バレーボールではレシーブ練習は軟骨に悪いので、ジャンプなど、ほかの動作がしっかりできるようになってから最後に行ないましょう。
柔道では打ち込みからはじめます。軽い相手から徐々に重く。最終的には怖い技を十分に意識的に練習しましょう。また上半身を鍛えることによって、技の幅を広げ、下肢を守りたいものです。乱どりはやはり軽い相手からはじめ、最初は攻められないようにしましょう。
サッカーでははやくから患肢とボールとを馴染ませるようにします。全力でまっすぐに走れるようになったら、横の動き、カット、ターンなど不安な、危険な動きを徐々に練習していきます。キックもいろいろな種類のキックを、ゆっくり〜力強く、不安な動作を十分に練習します。
全身の筋力強化も忘れずに並行して継続して行ないます。総合的な運動を始めるとどうしてもかばいながら行なうために、力の差が出てくる方もいます。これは危険です。筋力のアップは、総合的練習とは別に続けて行ないましょう。
完全練習復帰までには予測される危険な、不安な動作を十分に繰り返し練習することが大切だと思っています。
練習、試合に復帰して、自分ではよいと思っても、私たちから見ると危険な状態であることもあります。
術後1年過ぎても最低2年までは定期的に診察を受けてください。

  • 柔軟性のある膝
  • 筋力回復のよい
  • 不安感がない

が自覚的回復度が高いポイントです。筋力回復に精力的になりましょう。
運動の目標を持って、それを遅くとも9ヶ月で達成するようにしてください。待っていても回復はしません。

また移植腱の評価のために術後2,3ヶ月と1年過ぎにMRIを撮ることにしています。
脛骨の釘については押して痛いかたには抜釘を勧めます。運動の現役の方は術後1か月は復帰に余裕を見てください。入院は3泊4日で、特にリハビリは必要ありません。
それでは皆様の早期の高い運動復帰を祈っています。

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