「体水分不均衡は、低舌圧、低握力と関連する」
―口腔機能と体組成の関連に新知見、一層の医科歯科連携を―
2022.07.19
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科摂食嚥下リハビリテーション学分野の戸原玄教授と山口浩平助教の研究グループは、体水分の不均衡が低舌圧、低握力と関連することを明らかとしました。その研究成果は、国際科学誌 Journal of Prosthodontic Researchに、2022年6月22日にオンライン版で発表されました。
ポイント
体水分不均衡は、低舌圧の関連因子でした。一方で、舌断面積とは関連がありませんでした
体水分不均衡は、低握力とも関連がありました。
歯科医療従事者も、低舌圧、低握力の患者では体水分不均衡など全身状態の些細な変化にも注意を向ける必要があるでしょう。
研究の背景
口腔と全身の関連はすでに広く知られており、健康寿命延伸、医療費削減のため国民皆歯科検診の必要性も検討され始めました。舌圧や咀嚼能力など口腔機能の低下は「噛みづらい食品が増えた」、「むせが気になる」などの症状であらわれ、オーラルフレイルとも呼ばれています。4年間に及ぶ縦断研究では、もともと口腔機能が低下していた対象者は死亡リスクが2倍以上になると報告されています。口腔機能の低下は、歯科医院にて口腔機能低下症※1の病名で機能維持、改善を図れます。口腔機能は全身の筋肉量など体組成と関連することがすでにわかっています。
全身のおよそ60%は水分で構成されており、筋肉も多くの水分を含んでいます(図1)。体水分は細胞外水分と細胞内水分に分けられ、健康な状態ではその均衡が保たれています。体水分の不均衡は細胞レベルの機能低下を示し、筋量よりも早期に身体機能や筋力の低下を示す指標として期待されていますが、口腔機能との関連は一切不明でした。体水分均衡と口腔機能との関連が明らかになれば、口腔機能低下症の診断過程で、身体のわずかな変化も予測でき、歯科医療従事者がさらなる健康寿命増進に寄与しうるのです。臨床現場では、全身の浮腫が顕著な患者さんは舌も浮腫んでいることをよく経験します。そのため、本研究は特に舌に焦点を当てて、舌の筋力や筋肉量と体水分均衡の関連を明らかにすることを目的としました。
図1 体組成について
研究の概要
本研究の対象者は、20-87歳の男女171名でした。調査項目は、年齢、性別、BMI (体格指数)、握力、歩行速度、舌圧、舌断面積、SMI(四肢骨格筋量指数)、体水分均衡(細胞外水分比:細胞外水分量/体水分量(細胞外水分量と細胞内水分量の和))※3、噛み合わせ状態でした。舌圧は口腔機能低下症の診断基準にも含まれている代表的な口腔機能の一つで、専用の計測器で測れます(図2)。舌断面積は、超音波診断装置を用いて計測可能です(図2)。細胞外水分比やSMIは、生体インピーダンス法という非侵襲で簡易な手法で計測しました(図2)。体水分均衡は、細胞外水分比であらわされます。疾患や低栄養、炎症などさまざまな要因で均衡が崩れ、細胞外水分量が増加したり、細胞内水分量が減少することで細胞外水分比が増加し、体水分不均衡が生じます。体水分不均衡は、身体機能低下の予測因子であるだけではなく、ロコモティブシンドローム※4やフレイル※5などとの関連もすでに示されています。まず、男女別に65歳未満の成人群と65歳以上の高齢者群で細胞外水分比を比較すると、男女いずれも高齢者群で有意に高いことがわかりました。
さらに、細胞外水分比は舌圧、握力と有意な相関関係にあり、歩行速度とは相関関係にありませんでした。より詳細な統計手法である多変量解析をして、舌圧、舌断面積、握力、歩行速度それぞれと細胞外水分量比の関連を調べました。その結果、年齢や性別、噛み合わせ状態などを調整しても、細胞外水分比は舌圧、握力と負の関連を示しました。つまり、細胞外水分量比が高ければ高いほど、舌圧と握力は低くなり、体水分不均衡と低舌圧、低握力の関連が示されました。舌と上腕は筋繊維の構成が異なり、舌は廃用で、上腕は加齢で筋萎縮が起こりやすいです。筋萎縮に伴って細胞外スペースと細胞外水分は増加すると報告されており、細胞外水分比と握力の関連は加齢による筋萎縮が一因と考えられますが、舌圧との関連は加齢による生理的な変化だけでは説明が難しく、「話さない」「硬いものを食べない」といった舌の活動量の低下など多因子が複雑に関連しあった結果と予想されます。
図1 体組成について
研究成果の意義
本研究の意義は、初めて体水分不均衡と低舌圧、低握力の関連を明らかにしたことで、口腔、身体それぞれ独立したものではなく総合的に捉える重要性を改めて示しています。口腔機能低下症の診断過程で舌圧低下を認めた患者さんは、体水分不均衡の疑いがあるので注意が必要です。歯科医療従事者は低舌圧の患者さんの体組成の変化など全身状態にまで配慮することで、より一層の医科歯科連携、健康寿命延伸に貢献しうるのだと意識することが重要でしょう。
用語解説
※1口腔機能低下症・・・・・・・・噛みづらい、むせるなど口腔機能が低下した状態に対する病名。
※2生体インピーダンス法・・・・・・・・体内に微弱な電流を流すことで、筋肉量や脂肪量、体水分均衡など体組成を調べる手法。
※3体水分均衡・・・・・・・・体内水分量に対する細胞外水分量の割合、疾患などで増加する
※4ロコモティブシンドローム・・・・・・・・骨や筋肉の障害で移動機能が低下した状態
※5フレイル・・・・・・・・加齢による心身の衰え、適切な介入で改善しうる状態
論文情報
掲載誌:Journal of Prosthodontic Research
論文タイトル:Higher extracellular water/total body water ratio is associated with lower tongue and grip strength
研究者プロフィール
山口 浩平 (ヤマグチ コウヘイ) Yamaguchi Kohei
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
摂食嚥下リハビリテーション学分野 助教
研究領域 | 高齢者歯科、摂食嚥下リハビリテーション |
---|
戸原 玄 (トハラ ハルカ) Tohara Haruka
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
摂食嚥下リハビリテーション学分野 教授
研究領域 | 高齢者歯科、摂食嚥下リハビリテーション |
---|