東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科 口腔機能再構築学系 摂食機能保存学講座
歯髄生物学分野
本分野では以下のようなテーマを対象として研究している.
1)歯髄・根尖歯周組織における免疫防御システム
@歯髄における免疫システム
歯髄組織における免疫防御システムについて検討を行っている。正常な歯髄組織においてすでに樹状細胞およびマクロファージが常備され、象牙細管由来の外来異物の侵入にたいするサーベイランスシステムが構築されていることを明らかにしてきたが、さらにNK細胞も正常歯髄に存在することを明らかにした。すなわち、ある程度の外来侵襲に対して、歯髄組織は十分に対応できることの証左であり、外来侵襲を量的、質的にコントロールすることで歯髄組織の保全を図ることが可能であると思われる。また、実験的な窩洞形成刺激により、窩洞直下の樹状細胞はいったん消失し、その後再び出現してくることが明らかにした。樹状細胞は、外来侵襲に対し速やかに反応し、所属リンパ節への速やかな移行と、その部における獲得免疫の発動、さらに歯髄局所への再浸潤といった動態を示すことが示された。また、歯髄樹状細胞においてTLR4が発現していることも明らかになった。
A歯髄炎における一酸化窒素の役割とその抑制による歯髄炎制御の可能性
歯髄炎の進行にともない、一酸化窒素合成酵素を含有するマクロファージの数が増加することが免疫組織学的に明らかになったことから、この酵素に特異的な抑制剤を投与した。その結果、歯髄に浸潤する炎症性細胞数が有意に減少した。
B根尖性歯周炎における免疫システムと神経系のクロストーク
根尖病変は根尖周囲の炎症性細胞浸潤と歯槽骨破壊を特徴とするが、この過程に神経系が関与している可能性について検討した。その結果、MHC Class II細胞の浸潤と一致して、神経系は根尖病変の進展期より活発にブランチングし、多数の神経が病変には認められた。また、CD86陽性の活性化DCも病変拡大期の周辺部に認められた。炎症性細胞(主にMHC Class II陽性細胞)と神経との密な接触も認められた。
2)根尖性歯周炎における樹状細胞
根尖性歯周炎に存在する樹状細胞細胞は、形態および細胞膜表面発現抗原の異なる多種の樹状細胞細胞より構成されることが、免疫電顕法を用いた実験から明らかとなった。
3)腫瘍血管新生における線維芽細胞の機能
腫瘍血管新生における線維芽細胞の機能としては、腫瘍細胞への栄養分の供給が主に考えられる。しかし、遺伝子発現の異なる線維芽細胞と腫瘍細胞を共培養したところ、線維芽細胞の遺伝子発現の変化が腫瘍細胞の遺伝子の発現を変化させることが強く示唆された。またこの遺伝子発現の変化は腫瘍細胞の増殖にも関与していることが示唆された。
4)Ni-Tiファイルを用いた根管形成の研究
Ni-Tiファイルを用いた根管形成にデンタポートなどの直流モーターに 流れる電流の大きさは概ねファイルに加わる応力に比例する.その電流 値と実測されたトルクの大きさに詳細に検討を加えた結果,より安全な オートトルクリバース機構の開発の可能性があることが明らかになった.この成果をもとに,より有効なオートトルクリバース機構の開発 に向けて研究を継続中である.
5)電気的根管長測定器の改良に関する研究
根管長測定器の改良のため,根管の電気的特性をインピーダンスアナライザで測定し,その結果をよく再現する等価回路をコンピュータシミュレーションによって求めようとしている.従来の抵抗1個とコンデンサー1個からなる直列あるいは並列の等価回路では根管 の周波数特性を的確に表現することは不可能であるため,さらに複雑な等価回路が必要とされることが分かった.また,歯根破折の診断,根管口の発見が電気的に可能かなどを含め研究を継続中である.
6)根管壁象牙質の歪みに関する研究
根管形成時あるいは根管充填時には,予想外に大きな歪みが根管壁 象牙質に生じ歯根破折の原因になりうることがストレンゲージを用いた実験により明らかになった.短時間に応力が繰り返し加重されるような条件下では,歪みの蓄積が生じトータルでの歪み量は0.2〜 0.3%に達することがあることが明らかになった.さらに,根管充填時,レーザーあるいは超音波振動による逆根管充填窩洞形成時の象牙質の歪みにも解析を加えた.現在,微小な亀裂の発生と歪みの大きさと の関連を把握するため,micro-focus-CTを用いた研究をすべく準備中である.
7)歯内治療における薬剤の応用
歯内治療の成績の向上,炎症および疼痛のコントロールを目的とし,歯内治療における薬剤の応用を検証している。
歯内疾患の主たる原因は複数の細菌による感染であるが,細菌の構成要素を感知するToll-like receptor,特にグラム陰性菌のLipopolysaccharideの受容体であるTLR4およびCD14の分布を免疫組織化学的手法により検討し,歯髄内および三叉神経節内に発現していることを明らかにした。今後は,他の受容体との関わり,炎症の有無による影響を,主としてラット三叉神経節を用いて詳細に検討する予定である。
8)レーザー光の歯内治療領域への応用に関する研究
@レーザー用防護眼鏡および歯科用顕微鏡を介するレーザー光の透過率を検討することにより、レーザー使用時の安全性について考察した。Nd:YAGレーザー、Er:YAGレーザー、半導体レーザーの3種類の歯科用レーザーの透過エネルギーについて、各レーザーにおける眼球に対する最大許容露光量(MPE)を基準として比較検討した。本実験条件下では、顕微鏡下でのレーザー使用の際、専用防護眼鏡の着用時は透過エネルギーが0となり、安全に使用できると思われた。
ANd:YAGレーザーの導光用ファイバーの先端を加工し,先端形状を円錐形とし,酸化チタン液を併用して象牙質にレーザー照射を行った.レーザー照射により象牙質は切削され,根管形成への応用の可能性が示唆された.Nd:YAGレーザーの導光用ファイバーの先端を加工することにより側方への照射を可能とし,根管壁へのレーザー照射の可能性が示唆された.今後,根管内の滅菌・消毒などへの応用について検討を重ねる予定である。
BEr:YAGレーザーは熱的影響が少ないとされ,また応力をほとんど与えずに歯質を切削することが可能であると考えられる. Er:YAGレーザーおよび超音波スケーラーを用いた逆根管充填窩洞形成中に生じる象牙質の歪の大きさについて検討した.Er:YAGレーザーにおいては超音波スケーラーに比べ逆根管充填窩洞形成時の象牙質への応力は小さいと考えられ,スミヤー層の除去,殺菌作用も期待できることなどより,Er:YAGレーザーの逆根管充填窩洞形成における有用性が示唆された.
9)歯痛およびDentin/Pulp Complexに関する電気生理学的研究
@象牙芽細胞膜のイオンチャンネルとgap-junctionを介した情報伝達系としてのetedrial conductanceをdual patch clamp法を用いて明らかにした.さらに膜自体の物理的弾性(Young率)を明らかにした.
A血管平滑筋と血管内皮細胞は電気的なカップリングをしており,神経による支配以外にその細胞間連絡による情報伝達を行っていることを示した.水酸化カルシウムの血管収縮への作用を明らかにした.
B加齢や慢性炎症が被検者の感覚と,microneurogramで記録された神経線維の活動との関係にどのような影響を及ぼすかを電気生理学的に検索した.
C実験的歯髄炎を誘発させた際のラット咀嚼筋の活動性の変化を経時的に検索するとともに,内因性オピオイド系のこの筋活動の変調への関与について検索した.筋活動は歯髄炎惹起時に増大し,その後減弱したが,オピオイド受容体の拮抗薬により再増大した.この誘発筋活動は,週齢の増加とともに減少した.
D実験的歯髄炎発症時のラット中枢神経系のニューロン活動の変化について検索し,これらの活動性の変調がNMDA受容器を介して生じている可能性を確認した.また,内因性オピオイドを介する中枢内抑制機構の関与も示唆された.
E高濃度薬剤,歯髄側に向かう圧,イオン導入法を用いて象牙細管を経由した薬剤の歯髄への送達が促進できることを明らかにした.
F象牙細管内・直下の細胞成分,石灰化物の添加が,脱灰象牙細管の象牙細管内溶液の外向きの流れに抗する歯髄側への物質透過性にどのように影響するかを明らかにした.
10)小照射野CT
(3DX)を用いた垂直性歯根破折の診断
垂直性歯根破折の診断は困難で,多くの症例で抜歯となる.診断には口腔内所見,デンタルX線写真における根周囲透過像や歯周ポケットの深さが重要な手がかりになることが報告されている.しかし,透過像所見は根尖病変や歯周病変と類似するため,確定診断を得ることは困難なことが多い.
本研究では,小照射野CT
(3DX,モリタ)を用いて垂直性歯根破折の診断の可能性を検討する.3DXはボクセルサイズ0.125mm立方体の高分解能を有し,直径40mm,高さ30mmの円柱状イメージングエリアの高精細3次元画像が撮影できる.また,3次元画像は任意の部位をXYZ方向から観察することができる.実効線量は1回撮影あたり0.006-
0.014 mSvで,これは口内法X線撮影 (デンタル撮影) やパノラマX線撮影とほぼ同等の被曝線量である.
本学歯学部附属病院むし歯外来を受診した患者で,デンタルX線写真上に透過像を有し治療法として抜歯あるいは根尖切除術を予定する患者を被験者として3DX撮影を行う.撮影された資料をもとに,破折の有無およびX線透過像の形態を歯科放射線医と歯内療法医が評価する.その後,当初の診断あるいは3DX撮影により変更された診断に基づき治療を行う.診断が歯根破折であれば抜歯,根尖性歯周炎であれば根尖切除術を行う.この診断を確定診断とし,3DX画像による診断との比較を行う.また,3DXでの破折像の有無,透過像の広がりについて,破折歯と非破折歯で特徴的な像に差があるかどうかを比較し,3DXによる術前の画像診断のみで確定診断を得ることが可能か検討する.
この研究は,本学歯学部倫理委員会承認の下,口腔放射線医学分野と共同で行っている.
11)歯髄維持の分子歯骨科学(21世紀COEプログラム:歯と骨の分子破壊と再構築のフロンティア)
@歯髄間葉細胞の特性の解明
歯髄組織の主体を成す歯髄細胞は、神経堤由来の未分化間葉細胞であり、歯に特異的な硬組織である象牙質を形成する象牙芽細胞への分化能を有するとされているが、その詳細はいまだ不明である。我々は、歯髄組織特異的に発現するFGF18について、その発現動態と機能について解析を行った。FGF18は、全身の中でも、脳、肺についで、歯髄組織で高く発現していた。なお、歯髄組織には全ての種類のFGFリセプターが発現しており、FGF18はこれらのリセプターを介してFGF18が機能していると思われる。FGF18KOマウスにおいては、歯胚は形成されるものの、成長が阻害され、切歯および臼歯のサイズは明らかに小さかった。また、培養細胞においては、FGF18は増殖を強くプロモートしたが、石灰化は抑制する方向に機能した。FGF18の機能の詳細について、さらに検討を進めるとともに、その臨床応用の可能性について検討していきたい。
Aエナメル芽細胞の分化メカニズムの解明
歯の発生においては、上皮組織および間葉組織の双方からのシグナルネットワークが重要な意味を持っていると報告されている。特に、エナメルハットはシグナルセンターとしての役割を担っていると考えられ、エナメル芽細胞および象牙芽細胞の分化をコントロールしている。Sonic hedgehog(Shh)は、エナメルハットにおいて産生される代表的なシグナル分子であり、そのリセプターであるPatchedを介して上皮細胞の分化を制御している。今回、エナメル芽細胞株ALCを用いて実験を行い、Shhによりエナメルマトリックス発現の上昇が認めた。さらに、Shhシグナルの重要な転写調節因子であるGli1の強制発現によってもエナメルマトリックスの発現は促進され、逆にGli1特異的なRNAiによってそれらの発現は抑制された。マウス皮下への移植実験でもアメロブラスティンおよびアメロジェニン発現が確認された。すなわち、Shhシグナルはエナメル芽細胞の重要な分化誘導因子であり、そのシグナルはGli1を介して直接的にエナメルマトリックスタンパク発現を誘導すると思われた。
B象牙芽細胞の特性の解明
象牙芽細胞は歯における特徴的な硬組織形成細胞であり、Dentin Sialoproteinは特異的、かつ唯一の象牙芽細胞マーカーである(骨芽細胞も微量に産生)。象牙芽細胞は、発生過程においては歯乳頭細胞より上皮系細胞よりのシグナルを受け分化するが、成熟した歯髄においても象牙芽細胞が外来侵襲等で失われた後に歯髄細胞よりの分化が誘導される。しかし、その分化メカニズムの詳細はいまだ不明である。歯乳頭細胞および歯髄細胞から象牙芽細胞への分化メカニズムを明らかにするとともに、歯特異的な硬組織形成細胞である象牙芽細胞の特性について検討を進める。
Updated: 06/03/10 [English]