ASK1‐MAPキナーゼ系による生と死のシグナル伝達
  ―平成10年度日本癌学会奨励賞を受賞して―

歯学部 歯科理工学第二講座 教授 一 條 秀 憲

 


 この度,平成10年度日本癌学会奨励賞受賞を機に,マイリサーチ欄に執筆の機会を与えられましたので,現在私たちのラボで行っている研究の一端をご紹介させていただきます。
 私たち多細胞生物体の体は常に外界の様々な刺激もしくはストレスに曝されています。個体は細胞間の緊密なコミュニケーションを介して,刺激の種類や強さを認識,解読し,それらの変化にいかに対応するかを頭で考え,もしくは反射的に行動対処しているわけです。同様に私たちの体を構成する個々の細胞も様々な細胞環境の変化に常時曝されるとともに,それらに正確かつ迅速に反応することを要求されています。細胞は様々な刺激を細胞内外のセンサーもしくはレセプター(受容体)を介して認識し,瞬時にしてそれらの変化に対する対処方法(例えば細胞増殖や細胞分化)を決めなければなりません。そのために細胞の中には分子間相互作用を介した高度な細胞内情報処理システムを発達させていると考えられています。そして最近の研究により,細胞の生死も実は細胞自身が内包するこの分子間の情報伝達システムを介して決定されることが明らかになってきました。
 私たちが現在特に注目して研究対象としている分子は1997年に私たちが見いだし,今回受賞の対象ともなったASK1(Apoptosis Signal Regulating Kinase1)という細胞死のシグナル伝達制御に関わる分子です。ASK1はMAPキナーゼスーパーファミリーに属するシグナル伝達分子であり,細胞外からの刺激,特に様々なストレス(例えば紫外線,浸透圧,抗癌剤,増殖因子除去等)や細胞障害性サイトカイン(TNF, Fas−L等)等によって強く活性化され,その情報をタンパク質リン酸化のカスケードを介して下流(核やその他の細胞内器官)へと伝達する役目を担っていることが明らかになってきました。そして,ASK1シグナル伝達経路が活性化された結果,多くの細胞種において細胞死(アポトーシス)が誘導されることから,ASK1がストレスによる細胞死の重要なメディエーターであることも判明しました。さらに最近,酵母のtwo−hybrid法を用いた解析等から,ASK1の活性を特異的に制御する分子群を同定することにより,様々なストレスが最終的にASK1−MAPキナーゼ系の活性化に至る経路の分子メカニズムの解明に迫ろうとしています。一方,ASK1活性は,細胞の種類や状態によっては,細胞死のみならず細胞分化や逆に細胞生存に必須のシグナル伝達系として働く場合もあることを突き止め,現在ノックアウト動物の作成を含めてASK1を巡る生と死と分化のシグナル伝達の解析に没頭しています。
 今後は15名の教室員(医:3名,歯:8名,理系:3名,文系:1名)とともにASK1分子制御機構の詳細を明らかにするとともに,ASK1活性阻害剤などの開発を介して臨床医歯学にも直接貢献できることを願っています。

昨年夏に教室で行った菅平での合宿研修。