腎における細胞内情報伝達系と細胞周期調節 ―日本腎臓学会大島賞を受賞して―  この度,日本腎臓学会大島賞を受賞しました。この賞は日本腎臓学会の創設者の一人である,大島研三博士のお名前に由来する,若手腎臓病研究者に対する賞であり,受賞させていただき,大変光栄に思っております。これをきっかけに,“マイ,リサーチ”に私の研究を紹介させていただく機会を得ました。 わたしの受賞対象となった研究は,腎における細胞内情報伝達系と細胞周期調節に関する研究です。現在慢性腎不全で血液透析を受けている患者さんの数は約17万人に達し,慢性腎不全にいたる,糸球体腎炎や急性腎不全の病態の解明,新しい治療法の開発は社会的に見ても急務であります。メサンギウム増殖性糸球体腎炎の病態の基本はメサンギウム細胞の病的な増殖です。我々は,まずこのメサンギウム細胞の増殖に関与する因子は何か検討するため,糸球体腎炎の中で最も多いタイプのIgA腎症の患者さんの腎生検検体の一部より,糸球体を単離し,RT−PCR法を用いて検討した結果,血小板由来増殖因子(PDGF)とその受容体の遺伝子発現がメサンギウム細胞の増殖を程度に応じて増加していることを報告しました。次にこのPDGF, TGF‐βなどを含めた増殖因子によりどのようにメサンギウム細胞の増殖の調節がなされているかを,細胞膜から核内に至るまでの細胞内情報伝達系の生理的および,病的意義につき検討を加えました。特にMAP kinase(K),p38K cascadeは各種受容体の刺激を細胞増殖,蛋白合成など種々の細胞機能に伝達,変換していると考えられるが,その生理的役割を検討しました。我々は,尿細管細胞およびメサンギウム細胞において,活性型MAPKK1を強制発現させるとcyclin D1 promoter活性が亢進し細胞周期はG1‐Sへ移行すること,一方TGF‐βがTGF‐β‐activating kinase(TAK)1‐MKK6‐p38K系の活性化によりcyclin D1 promoter活性を抑制し細胞増殖を抑制することを示しました。またPDGFなどによるメサンギウム細胞の増殖にはcyclin D1の遺伝子発現とRb蛋白のリン酸化が必須であり,アデノウイルスを用いた細胞周期抑制遺伝子(p16,p21)の強制発現により,細胞周期は抑制されることを報告し,従って腎におけるの細胞周期調整は主として,PDGF, Endothelin, TGF−βなどによるMAPK, p38Kを介したcyclin D1の正と負の転写調節と,細胞周期抑制遺伝子(p16,p21)によって保たれていることを示しました。 これらの結果をもとに現在ラット腎炎モデルでのin vivoの検討を行っており,今後上記のような新しい細胞内情報伝達系の解析と細胞周期調節遺伝子の遺伝子導入などを含めた新しいアプローチで腎疾患の診断,治療をめざしてゆきたいと考えております。これまでも医科歯科大学内の多くの研究室の先生方に,御相談に伺い,ご指導を仰ぎましたが,この場をおかりして深謝するとともに,今後とも宜しく御指導お願いいたします。