脊椎動物の個体発生の過程において,心臓は最も早く器官としての機能を発現する臓器です。心臓発生の初期過程は,心臓原基の正中での融合に続き,管状の心室の形成,その成長とloopingを経てさらに複雑な構造をつくっていくダイナミックな形態形成の過程と捉えることができますが,生理学的には心臓の持つ種々の「機能」が順を追って発現・発達していく過程でもあります。私たちの研究グループは,この心臓の「機能形成」のプロセスを神野教授が日本で初めて導入した膜電位の光学的測定法を用いて追跡してきました。その結果,心拍動(心筋の収縮)が開始する以前のごく若い発生段階での心臓原基における自発性興奮細胞の発現,心臓ペースメーカーとリズム機能の形成・発達,興奮−収縮連関などの形成の初期過程を明らかにしてきました(Kamino K:Physiological Reviews 71:53‐91,1991.)。  日本生理学会より1996年度入澤記念優秀論文賞をいただいた私どもの論文,「Sakai T, Hirota A and Kamino K:Video‐imaging assessment of initial beating patterns of the early embryonic chick heart. Jpn. J. Physiol.46:465‐472, 1996.」は,このような研究の延長線上でなされたもので,新たに顕微画像処理による光学的計測と三次元コンピュータグラフィックスを組み合わせることにより,筋収縮を開始した直後の鶏胚心臓の拍動パターンを捉えたものです。実際の測定は,発生初期(9〜17体節期:ふ卵30〜50時間)の心臓を,顕微鏡にとりつけたビデオカメラで撮影するというシンプルなものです。ビデオカメラの出力から画像処理装置を用いて心臓の「動き」の成分だけを抽出し,コンピュータに入力して画像ファイルを作ります。このデータから心臓の壁の動きの定量的な解析をおこなうと共に,方向を変えて撮影したデータを組み合わせることにより,心拍動開始期のダイナミックなパターンを三次元像として表現しました。  この時期の心臓は尾側の左右静脈洞原基,心房原基,管状の心室,頭側の腹大動脈開口部と続くいわば逆Y字型の比較的単純な構造を持っています(図1:表紙裏にカラーで掲載)。このシステムで検出できる最も若い発生段階の心拍動は,9体節後期の心室の右縁に現局した小さなリズミカルな収縮運動として見られました(図1)。発生の進行にともない収縮運動の見られる領域は拡大してゆき,12〜14体節期になると左静脈洞原基のペースメーカーから始まった収縮波が管状の心室をperistalticに腹大動脈開口部へ伝播していくのが捉えられました。さらに三次元像から,この収縮運動が立体的なパターンを持っていることも明らかになりました(図2)。  現在,私たちのグループの研究は,個体発生過程における循環/呼吸中枢神経系の機能形成の問題へと展開してきました(最近の研究成果の一部は佐藤勝重助手が「医歯大ひろば」67号(平成9年6月)のこの欄で紹介しています)。私たちは,この心臓から中枢神経系へと続く一連の機能発生の研究の中で,「データを講釈するのではなく,それらを徹底的に読み抜き,その中から生理的描像を浮き彫りにしていく」(これは研究における神野教授の哲学ですが…)というスタンスをとり続けてきました。ここで紹介した論文では,心拍動の画像が並び,一種の絵本になっていますが,その一つ一つに心臓の機能形成過程を整理し理解する上でのいろいろな情報が含まれています。これが画像化による研究の本命とも言えるでしょう。  故入澤宏先生は,文字通り心臓・循環器生理学のエキスパートで深い学識と経験を持った学者でした。学会などでお会いする度に,私たちにも気さくに声をかけていただいたことが今でもはっきりと思い出され,それがまた研究の励みともなっています。入澤先生の名を冠した賞をいただいたことは,天国から届いた先生の私たちへのエールのように思えます。入澤先生と日本生理学会に深く感謝したいと思います。 図2.11体節期の心拍動の三次元像。収縮波は,100msの時点で左心房原基に現れ(arrowheads),心室を頭側に拡がり,300msで心室全体が収縮する。