マイ・リサーチの欄に執筆する機会を与えられましたので,私ども講座の研究の一端を紹介させていただきます。  ご存じのように骨格筋が収縮すると力が発生します。足では地を蹴り,手では物を押し,力は外界へ向かいます。ところが,歯科学が対象とする力,咬合力は体の中へ向かいます。上顎の歯と下顎の歯が咬合し,噛みしめると咬合力が発生します。咬合力は咀嚼のような機能時には10〜20kgf程度,噛みしめ時には最大で体重の静荷重ほどになります。  こうした咬合力が歯を介して顎口腔系へどう伝播していくのか,どこに,どのような歪みをもたらすのか,大いに興味があるところです。咬合力の方向,大きさによって予期せぬ部位に,予期せぬ歪みが惹き起こされ,顎口腔系が機能障害に陥る可能性も考えられます。そういうことで私どもの講座では,咬合力の顎口腔系への伝播を研究テーマの一つとしております。  咬合力,力は科学的方法ということでは必ずしも扱いやすい物理量ではありません。それは“もの”の言葉で記述できないからです。私どもは口腔内の歯に標点を設け,咬合機能時の標点の変位を測定して咬合力伝播の様相を推測しています。 咬合機能時に上顎の歯は上後内方へ約100μm,下顎の歯は下内方へ50μmほど変位します。この変位方向は上下顎の歯の咬合接触関係の影響を受けます。咬合接触は顎口腔系に重要な意味を持つことになります。また,咬合力による歯周組織の歪みを知るために,歯を削って対合歯とも隣在歯とも接触しないようにして,咬合機能時の歯の変位を調べてみました。歯は,上顎の臼歯は機能力が作用した部位によって前後方向へは変化しますが,基本的には上内方,先程と同じ方向へ70μmほど変位します。歯,歯周組織を含む臼歯基底部は咬合力によって一定の方向に変位する,そしてそこには歯の咬合接触関係が大きく関与していることがわかります。しかしその先,咬合力が顎骨から顎関節,血管,神経に伝播していく様相は,今後の課題として残されています。  それはともかく,口腔内でμm単位の測定を行うことはなかなか大変で,まず測定器作りから始めなければなりません。測定器の開発・設計はもちろん組立も私たちの手で行います。これは講座の伝統でもあり,研究での楽しい部分の一つでもあります。  図は三次元微小変位計M−3型で,Mは製作者の頭文字,3は三次元を意味しています。これはマグネセンサをトランスデューサとする歯の変位の測定器で,いま一番の活躍器です。測定精度は3方向ともに相互干渉も含めて±200μmの範囲内で,±2%以下です。測定圧は0.4g以下と小さいものです。  力や測定器のメカ,アンプなどに関心がある学生さんは是非とも遊びにきて下さい。