ヒト・レトロウイルスによる白血病発症機構の研究

−日本癌学会奨励賞を受賞して−

 

大学院医学系研究科 生体感染制御医科学系専攻 免疫治療学講座 助教授 藤 井 雅 寛

 

 この度,平成8年度の日本癌学会奨励賞を受賞した。これを機会に,受賞の対象となった,ウイルス発ガンに関する私たちのリサーチについて簡単に紹介させていただく。

 ヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV‐1)は成人T細胞白血病の原因ウイルスであり,私の恩師である日沼頼夫教授および米国のR. Gallo博士の研究グループによって発見された。発ガンに関するかなりの情報は,ウイルス蛋白Taxに起因している。即ち,この蛋白単独で試験管内で正常なヒトT細胞を不死化する。Taxは遺伝子発現の誘導因子であり,初期の解析によってT細胞増殖因子(IL‐2)およびその受容体の発現誘導がT細胞の不死化に関与すると考えられた。一方で,私たちはTaxが癌遺伝子(c‐fos,c‐jun)の発現を誘導することを見いだした。この発現誘導の分子機構を解明し,この発現誘導がIL‐2/IL‐2受容体とは異なるメカニズムによること,さらにこの経路がIL‐2/IL‐2受容体とは独立して細胞の不死化に関与する可能性を示した。これらの結果をもとにして,複数の増殖シグナル伝達機構がウイルス感染に伴って活性化され,T細胞の異常増殖が起こることを,T細胞の不死化機構として提唱した。

 マイリサーチはこの延長線上にあるが,ウイルスを用いたガン研究の長所として以下の点を挙げたい。1.原因がはっきりしている。2.約10万塩基対のウイルスDNA(遺伝情報)の中に発ガンに関与する全ての情報が含まれている。3.診断・治療・予防の可能性がある。これらの利点をもとに,発ガンの分子機構の解明を進めている。これに加えて,2つの研究テーマが進行中である。1つは正常細胞の細胞増殖調節機構である。正常のT細胞は抗原によって刺激されたとき,一時的に増殖する。この増殖は抗原提示細胞,増殖因子に対する反応性,そのシグナル伝達をも含めた,複雑な現象である。一方で,ウイルス感染T細胞は単独で,増殖因子なしに増え続ける。従って,ウイルス感染細胞は正常T細胞を異なった角度から眺める有用な手段になり得る。

 最後はエイズウイルスの研究である。全世界ですでに数百万人がこのウイルスによって死亡し,今後もその増加が予想される。このウイルスに対する治療・予防法の確立は医学領域において最重要課題の1つである。このウイルスもT細胞に感染するが,HTLV‐1とは異なり宿主細胞を死滅させてしまう。宿主細胞の死滅のメカニズム,ウイルス複製の抑制法の研究により,ウイルスに対する治療法の確立を目指している。

 私たちの研究室は2年前に新設され,大学院生を募集中です。上記のテーマ,さらにテーマに関わらず,こんなことを研究してみたいという方は,どしどし研究室に遊びに来て下さい。

最後になりましたが,この研究は,数多くの方々との共同研究であり,共同研究者の方々,特に金沢大学がん研究所の清木元治教授と東京医科歯科大学の神奈木真理教授に心より感謝いたします。

広報委員注:藤井雅寛先生は12月1日付けで,新潟大学教授に就任されました。