超拡大内視鏡による食道粘膜の生体内観察

−1996年日本消化器内視鏡学会賞を受賞して−

 

医学部外科学第一講座 助手 井 上 晴 洋

 

 私が本学第1外科に入局させていただいて15年が経ちます。その間,遠藤光夫名誉教授のもとで数多くの食道癌症例の手術や術前術後管理を勉強させていただきました。

 周知のごとく食道癌はいまだ予後の決して良くない疾患であります。根治手術を受けて生き延びたとしても,切除・再建による臓器欠損症状に悩みます。したがって現状では食道癌治療の最良の方法は,早期発見して早期に局所治療を受けることであります。局所治療の中で病理組織学的検索に供する標本を獲得できるのは粘膜切除術だけであります。私どもは1989年より食道の内視鏡的粘膜切除術を独自に開発して実施してきました。私の考案した方法(透明キャップを用いる方法)や河野辰幸先生の方法でこれまでに合計120例以上に施行して,良好な成績をあげています。あとは早期癌の発見の方法ですが,これには遠藤光夫教授らの重要な仕事で,ヨード染色法があります。早期癌発見のためには不可欠の検査法であります。そして発見した後の治療方針は病変の深達度を中心に決定されます。これは主病変の深達度がリンパ節転移の有無と密接に結びついているからです。深達度診断の方法として,内視鏡観察所見からの推察,超音波内視鏡検査などがありますが,いずれもマクロレベルでの検索であります。そこでミクロレベルでの検索を目指して拡大内視鏡の検討を開始しました。それまでの報告では35倍の拡大内視鏡による検討があり,「安定した画像を得ることが困難であり,仮にうまく結像しても新しい情報は得られない」と考えられていました。われわれはスコープの先端に 2mmの深さのフードを装着することで心拍によるブレの問題を解決しました。さらに150倍までの拡大観察が可能な特別作製のスコープを使用しての観察にも成功しました。そのときに得られた画像が受賞論文のもので,扁平上皮乳頭内にある毛細血管の走行を生体内で初めてで捉えることができたのであります。これをintrapapillary capillary loop(上皮乳頭内ループ状毛細血管)と呼ぶことにしました。さらに食道扁平上皮では粘膜下層の血管まで連続的に透見することができまして,それをシェーマ化できたのであります。その後の研究で,早期食道癌ではこのIPCLが興味深い変化を来すのが判明してきました。すなわち上皮内癌ではIPCLの「拡張,蛇行,口径不同,形状不均一」が見られますが,炎症では「拡張」のみの所見であります。この新知見は受賞論文の続編としてDigestive Endoscopyに掲載され,こちらは本年度の本学医科同窓会賞を受賞させていただきました。重ねて御礼を申し上げます。さらにその後の研究で,IPCLは深達度に応じて変化してゆくことが判明してきました。これは腫瘍性変化に伴うangiogenesisと構造破壊に関連するものと解釈しております。将来的には,微小病変の診断が,生検のみによるのではなくて,拡大内視鏡所見からある程度,予測できるもの(広義のoptical biopsy)になると考えています。最後に,特に共同研究者の竹下公矢助教授,本田徹先生に深謝いたします。