アクチン細胞骨格による心筋ATP感受性カリウムチャネルの機能調節

−日本心電学会学術奨励賞を受賞して−

 

難治疾患研究所神経疾患研究部門(自律生理)

助手 古 川 哲 史


 昨年10月3〜4日に開催された第13回日本心電学会学術集会において,第1回学術奨励賞最優秀賞を授与されました。受賞対象となったのは1996年Pfluegers Archivに発表した論文“Functional linkage of the cardiac ATP・sensitive K+ channel to the actin cytoskeleton”に対してでありますが1993年,1994年Journal of Physiologyに発表した論文を含めATP感受性Kチャネルの細胞内調節機構に関する一連の研究が認められ「ただいた賞と考えています。

 ATP感受性Kチャネルは,細胞内ATP濃度が高いと閉鎖し細胞内ATP濃度が減少すると開口する,すなわちATP濃度に代表される細胞の代謝状態と電気現象の橋渡しをする興味深いチャネルです。膵臓β細胞では細胞外グルコース濃度の変化に伴いおこる細胞内ATP濃度変化を感知しインスリン分泌調節に働き,実際このチャネルのブロッカーが経口糖尿病薬として臨床の場で活躍しています。心筋・脳神経細胞では虚血時の細胞内ATP濃度減少,すなわち自分の代謝状態の悪化を感知して自己を防御するフィードバック的働きをもっており,このチャネルの開口薬は虚血性心疾患・脳血管障害への応用が期待されています。

 今回の受賞対象となったのはより基礎的な研究に対してです。このチャネルは前述したように細胞内ATPにより閉鎖するが,逆に微量のATPが存在しないとチャネル機能を維持できず細胞内ATPにより2面性の調節をうけることが分かりました。ATPによるチャネル活性維持の機序は,チャネル自身あるいはその調節蛋白に結合したATPが加水分解されその結果産出されるエネルギーあるいは分解産物(ADP等)がチャネル機能維持に重要であることも判明しました。このような特徴は種々のATPaseに良く似ており,またATPaseに存在するWalker motifがこのチャネルにも存在する可能性を示唆するデータも得ました。その当時このチャネルのクローニングは世界中が注目する研究テーマの一つであり,Walker motifとのhomologyを利用しクローニングできないものかと試みていました。残念ながら最近他施設からATP感受性KチャネルがWalker motifを有するtraffic ATPaseの一種スルフォニルウレア受容体(SUR)と複合体を形成するという興味深い結果が報告されてしまいましたが,少なくとも自分たちの立てた作業仮設が正しかったことだけは確認されました。

 種々のイオンチャネルがリン酸化酵素やGTP結合蛋白などにより機能修飾を受けることは良く知られた事実です。私はATP感受性Kチャネルがアクチン細胞骨格により修飾されるという新しい(?)チャネル修飾機構を示しました。自分ではnovel findingと自負していたのですがこの発表と前後して上皮細胞のNaチャネルやNMDA受容体チャネルなど多くのチャネルがやはり細胞骨格により修飾されることが相次いで報チャネル機能を考える上で蛋白−蛋白相互作用,蛋白−脂質相互作用を考慮することがよ告されこの修飾機構は瞬く間に市民権を得てしまいました。その後細胞骨格に付随するイノシトールリン脂質が直接ATP感受性Kチャネルを活性化するとのモデルも示され,今後り重要となってくると考えられます。

 神経細胞・心筋細胞では“チャネル=電気現象”との認識(偏見?)が一般的です。実のところ私自身も心筋・神経細胞を研究の対象としていたこともありこのような認識の上で研究を行っていた嫌いがありました。最近心臓からクローニングしたClチャネルは細胞外の浸透圧の変化を感知して細胞容積調節に関与することが判明し,またcell cycleやcircadian rhythmと関係する可能性も出てきています。このようにイオンチャネルが単に電気現象にとどまらず自己防御,容積調節,cell cycleなど多くの細胞機能に関与することを分子レベルで解明することを今後の研究の中心に据えたいと考えています。

 最後に紙上を借りて今まで私の研究を支えてくださいました本学第二内科武内重五郎前教授,同丸茂文昭教授,難治疾患研究所循環器病平岡昌和教授,自律生理片山芳文教授および他の多くの先生方に深謝いたします。

 


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