歯髄の防御担当細胞−その新たな展開

歯科保存学第三講座 助手

興 地 隆 史

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 はじめ に執筆の機会を与えて頂きましたことを関係各位にお礼申し上げます。多少の手前 味噌もお許し頂けるものと考え,あえてAmbitiousなタイトルを付けさせて頂きまし た。

私は1994年9月より9ヶ月間,日本学術振興会のご援助に よりスウェーデン・Goteborg大学歯内治療・口腔診断学講座,G.Bergenholtz教授 の元で研究に従事する機会に恵まれました。さらに1996年5月には同教授のお 薦めにより,留学中にまとめた二編の論文にこちらで作製した三編の論文を追加し た形でThesisを作製し,同大学より博士号(Doctor of Odontology)を授与される という誠に望外の経験を致しました。今回はこの研究内容を,貴重な紙面をお借り して簡単に紹介致したいと存じます。

歯髄の外来侵襲に対する防御能は従来極めて低いものと信じら れており,ともすれば安易に除去療法が施行されておりました。マクロファージな どの防衛担当細胞の存在は古くから記載されていたものの,その意義は看過ごされ ていた感があります。ところが1980年台後半より,Goteborg大学での共同研究 者であるM.Jontell博士によるclassUMHC抗原陽性の樹状細胞様の細胞(pulpal dendritic cell)の発見を契機として,従来の認識をはるかに上回る強力な免疫防 御能が歯髄に生来備えられている可能性が明らかにされつつあります。私の研究内 容は,免疫組織化学を用いたpulpal dendritic cellの形態的研究,及び単離した pulpal dendritic cellの機能的解析であります。

 

これまでの研究から,pulpal dendritic cellが,T細胞への 強力な抗原提示能を有することで知られる樹状細胞と多くの面で共通の性質を示す ことが見出されました。これには,多くの樹状突起を周囲の細胞間に伸ばす特有の 形態,豊富なclassUMHC抗原の発現,in vitroでのT細胞の増殖・活性化に対する accessory cell活性等が含まれます。従って,pulpal dendritic cellは歯髄の中 で,外来抗原の侵入を素早く認識し免疫応答を作動させるべく免疫監視機構を構成 していると想定されます。とりわけpulpaldendritic cellが象牙芽細胞層に集積 し,一部は象牙細管内にまで樹状突起を伸ばしているとの所見,さらにこれらの細 胞が,象牙質齲蝕や窩洞形成への初期反応として,象牙質歯髄境付近に一過性かつ 強度に集積する現象は,興味を引きます。まさに“関所の番人”のように,歯髄へ の外来者の侵入を最前線で監視・検知し,指令を発しているかのようです。

 ところで,私とpulpal dendritic cellとの付き合いは19 88年頃に始まります。甚だ不勉強ながら当時は発見者のJontell博士の研究をほと んど知らず,ラットの実験的根尖病変の検索中に思いも寄らず存在を見出し─今思 えば存在は至極当然なのですが─,興味を抱いたことによります。ちなみにJontell 博士は本来口腔粘膜疾患の研究者なのですが,彼自身もラット口腔粘膜の検索中に 対照組織として扱った歯髄に思わぬ陽性所見を見出した事が契機となったそうで す。研究対象との偶然の出会い,発見者との出会い,そして共同研究の機会など, 様々な出会いと好機に支えられて一応の研究の発展をみたことを痛感しておりま す。

 面白くない事を面白くする事が研究であるといいますが,私 の研究は多くの歯科の臨床の先生方にとっては,未だ取っ付きにくく面白くないも ののようです。臨床の教室に在籍する者として,臨床的に噛み砕いた意義付けが今 一つ不足している点は,努力不足と謙虚に受けとめております。一方で,内外の主 として基礎系の研究者より追試・発展させた報告がなされていることは喜ばしく思 います。一部の海外の教科書にも記載されるようになり,pulpal dendritic cellも ようやく市民権を得つつあります。私共の研究結果が,あたかも無機質を扱うがご とく行われている日常の歯科治療処置の背後に豊かな生物学的反応が展開されてい るとの認識の礎となれば幸いです。

 

終わりに,これまで多くのご援助を頂きました須田英明教授 ならびに多くの共同研究者の方々に,謹んで感謝致します。冊子に掲載の組織標本 は当講座大学院・桜井和郎先生の作製によることを付記します。


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