診療内容

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胸部大動脈瘤

胸部大動脈瘤とは?

 大動脈は、心臓から全身に血液を送るための人体の中で最も太い血管です。下図のように上行大動脈、弓部大動脈、下行大動脈に分類されます。ここまでの横隔膜より上の大動脈を胸部大動脈と呼びます。(図1)



 

図1 大動脈

 胸部大動脈瘤とは、大動脈の壁が弱くなって、部分的にコブの様に大きくなる病気です。
(図2)
 

図2 胸部大動脈瘤

胸部大動脈瘤の治療は? -ステントグラフト内挿術-

 大動脈瘤はほとんどの場合に症状がありませんが、瘤径が大きくなると破裂の危険性が高まります。破裂してしまった場合には、緊急で手術を行っても、救命することが困難になります。このため、一定の大きさ(動脈瘤の直径が50-60mm)になった場合には、破裂を防止するための手術が必要です。
 なお、一般的に、禁煙と高血圧の薬物治療により大動脈瘤の拡大を遅くすることができる可能性はありますが、大動脈瘤を治すことのできる薬物はありません。

 大動脈瘤の手術の目的は、大動脈を切り取ってなくしてしまうことではなく、破裂を防止(予防)することです。この考え方により、従来の開胸瘤切除・人工血管置換術の代わりとなるステントグラフト内挿術が開発されました。
 ステントグラフトはステントといわれるバネ状の金属性の骨格を取り付けた人工血管で、カテーテルを介して大動脈内に挿入し、大動脈内に留置して治療します。(図3) ステントグラフトは足の付け根を小さく切開するのみで大腿動脈から大動脈内に挿入することができるので、開胸する必要がなく、身体に優しい、負担の少ない手術です。このため高齢者や余病のある方でも、比較的安全に手術を受けることができます。

 東京医科歯科大学病院では2007年からステントグラフト内挿術を導入し、2023年10月からは専用の手術室であるハイブリッド手術室の運用を開始しました。
 

図3 胸部ステントグラフト内挿術

腹部大動脈瘤

1. 腹部大動脈瘤とは?

 大動脈は、心臓から全身に血液を送るための人体の中で最も太い血管です。横隔膜より下の大動脈を腹部大動脈と呼びます。(図1)

図1 腹部大動脈

 腹部大動脈瘤とは、大動脈の壁が弱くなって、部分的にコブの様に大きくなる病気です。
(図2)
 

図2 腹部大動脈瘤

2. 腹部大動脈瘤の治療は? -ステントグラフト内挿術-

 大動脈瘤はほとんどの場合に症状がありませんが、瘤径が大きくなると破裂の危険性が高まります。破裂してしまった場合には、緊急で手術を行っても、救命することが困難になります。このため、一定の大きさ(動脈瘤の直径が50-55mm)になった場合には、破裂を防止するための手術が必要です。1)
 なお、一般的に、禁煙と高血圧の薬物治療により大動脈瘤の拡大を遅くすることができる可能性はありますが、大動脈瘤を治すことのできる薬物はありません。

 大動脈瘤の手術の目的は、大動脈を切り取ってなくしてしまうことではなく、破裂を防止(予防)することです。この考え方により、従来の開腹瘤切除・人工血管置換術の代わりとなるステントグラフト内挿術が開発されました。
 ステントグラフトはステントといわれるバネ状の金属性の骨格を取り付けた人工血管で、カテーテルを介して大動脈内に挿入し、大動脈内に留置して治療します。(図3) ステントグラフトは足の付け根を小さく切開するのみで大腿動脈から大動脈内に挿入することができるので、開胸する必要がなく、身体に優しい、負担の少ない手術です。このため高齢者や余病のある方でも、比較的安全に手術を受けることができます。

 東京医科歯科大学病院では2007年からステントグラフト内挿術を導入し、2023年10月からは専用の手術室であるハイブリッド手術室の運用を開始しました。
 

図3 ステントグラフト内挿術

 なお、腹部大動脈瘤は様々な形があり(図4)、その形態や全身状態によっては開腹手術をお勧めすることもあります。

図4 様々な形態の腹部大動脈瘤

参考文献
1)日本循環器学会,日本心臓血管外科学会,日本胸部外科学会,日本血管外科学会.  2020 年改訂版大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン. https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/07/JCS2020_Ogino.pdf(参照:2023年9月1日)
 

下肢閉塞性動脈硬化症 【あしの動脈硬化】

1. あしの動脈硬化ってどんな病気?

 あしの動脈硬化は、下肢閉塞性動脈硬化症(かしへいそくせいどうみゃくこうかしょう)あるいは、PAD(peripheral arterial disease), LEAD(lower extremity artery disease)という名称で呼ばれています。動脈硬化(粥状硬化)により主にコレステロールが動脈壁内膜に沈着し、動脈の内腔が狭くなりあしの循環障害を生じた病態です。

 動脈硬化は全身的に進行するため、下肢に症状が出ている場合には頭や心臓などにも一定程度動脈硬化が進んでおり、それらの臓器の循環障害も併せて生じていることが多いと考えるべきです。(全身性動脈硬化性疾患:polyvascular disease) このため、あしの動脈硬化はあしだけの病気ではなく、「全身の動脈硬化病変の一部分症」としてとらえ、全身を診ることが重要です。
 

2. あしの動脈硬化が進むとどんな症状がでるの?

 あしの動脈硬化が進むと、間歇性跛行(かんけつせいはこう)という症状が出ます。これは、じっとしているとき(安静時)には症状はありませんが少し歩くとあし(特にふくらはぎ)に張った感じや痛みが出現し歩くことが困難となります。少し休むと症状が改善しまた歩けるようになります。これを繰り返す状態を間歇性跛行と呼びます。(図1)

図1 間歇性跛行症状

3. あしの動脈硬化はどうやって治療するの?

 まずは、禁煙が第一です。次に運動療法を行います。歩くほど、側副血行路(脇道の血管)が増え、結果的に下肢全体の血流量が増加し、跛行症状が改善します。
 薬物療法としては、シロスタゾール(プレタール®)の内服が第一選択になります。歩行距離の改善が期待されます。
 上記の治療を行っても、間歇性跛行症状が十分に改善せず、日常生活や仕事に支障が出ている場合には、カテーテル治療(血管内治療)を行います。
 これは、動脈の中に細いカテーテルをいれ、風船(バルーン)を用いて動脈硬化で狭くなったり閉塞してしまった病変部分を拡張したり、ステントを留置したりして、下肢の血流状態を改善する治療法です。(図2、3、4) 局所麻酔で施行でき、短期間の入院で治療可能であるため、お体の負担も少なく、ご高齢や余病のある方でも安全に受けることができる治療法です。

図2 腸骨動脈閉塞に対するカテーテル治療(ステント留置術)

図3 浅大腿動脈閉塞に対するカテーテル治療(ステント留置術)

図4 後脛骨動脈閉塞に対するカテーテル治療(バルーン拡張術)

包括的高度慢性下肢虚血CLTI 【あしの壊疽】

1. あしの壊疽はどんな病気?

 あしの動脈硬化が進行すると、あしに循環する血流が極端に乏しくなりじっとしていてもあしが痛くなったり(安静時痛)、あしの指や踵に壊疽や潰瘍が生じるようになります。(図1、図2) これらは包括的高度慢性下肢虚血(chronic limb threatening ischemia; CLTI)と呼ばれ、あしの動脈硬化の最も重症な状態です。
 この状態で治療をせず放置しておくと、下肢大切断(膝の前後での切断)を余儀なくされる可能性が高くなります。
 特に、糖尿病や慢性腎不全で血液透析を受けている方は、このような状態に陥りやすいため、注意が必要です。できるだけ早く専門医(血管外科医)を受診しましょう。
 

図1 あしの潰瘍

図2 あしの壊疽

2. あしの壊疽はどうやって治すの?

 あしへの血流が乏しくなっているために壊疽に陥っているので、あしへの血流を改善することが必須です。具体的な治療法として、カテーテル治療とバイパス手術があります。

1)カテーテル治療
 動脈の中に細いカテーテルをいれ、風船(バルーン)を用いて動脈硬化で狭くなったり閉塞してしまった病変部分を拡張したり、ステントを留置したりして、あしへの血流状態を改善する治療法です。局所麻酔で行うことができるため、お体への負担も少なく、ご高齢や心臓病、糖尿病、慢性腎不全(血液透析)など余病のある方でも安全に受けることができる治療法です。
 

図3 あしの壊疽に対するカテーテル治療

2)バイパス手術
 カテーテル治療を行ってもあしの状態の改善が得られなかった場合などでは、バイパス手術を行います。全身麻酔のもと、自分自身の静脈(大伏在静脈など)を用いて足首近くの細い動脈にバイパスを行います。(図4)カテーテル治療に比べて、壊疽部分に多くの血流を送ることができるため、高い症状改善効果が期待できます。
 

図4 あしの壊疽に対する自家静脈バイパス手術

3. あしの壊疽に対する他の治療法は? -集学的治療法-

1)    NPWT(negative-pressure wound therapy; 局所陰圧閉鎖療法)
 密閉することにより外界からの汚染を防ぎつつ、創部を浸潤環境に保ち、さらに持続吸引によって過剰な浸出液や汚染物質を除去します。局所の微小循環を改善します。(図5)
 

図5 局所陰圧閉鎖療法(NPWT)

2)    マゴット療法(Maggot Debridement Therapy; MDT)
 マゴット療法は、ヒロズキンバエの無菌ウジを感染性潰瘍部に置き、壊死組織の除去、肉芽の増生、感染の制御、殺菌などを目的とした治療です。2令幼虫の段階で潰瘍部に置いて使用し、3~4日後、さなぎになる前の3令幼虫の段階で取り出します。これを1クールとし、患部の状態が改善するまで数回繰り返します。(図6、7)
 

図6 マゴット療法

図7 マゴット療法

3)    細胞外マトリックス療法
 ブタ小腸粘膜下組織由来の細胞外マトリックス(人工真皮)を用いた治療法です。Ⅰ型, Ⅲ型, Ⅳ型, Ⅴ型コラーゲンに加え、複数のグリコサミノグリカン、糖タンパク(フィブロネクチン)、長因子(FGF-2, TGF-β)などを、生理的活性を維持したまま含有しているため、成長因子分泌の促進や抗炎症作用により, 創傷治癒を促進します。(図8)
 

図8 細胞外マトリックス療法

4)ヒト羊膜使用組織治癒促進用材料
 加工・乾燥したヒト胎盤の羊膜・絨毛膜で、ヒト胎盤由来の成分を含有しています。羊膜・絨毛膜はコラーゲン性の膜で、細胞外マトリックス(extracellular matrix:ECM)タンパク質、増殖因子、サイトカインおよび特殊なタンパク質などを含有しているため、瘢痕組織形成の低減、炎症の抑制ならびに創傷治癒を促進します。本製品は同種移植片であり、生細胞は含まれていません。300種を超えるさまざまな成長因子、特殊なサイトカインおよび酵素阻害物質が同定されており、創傷治癒を促進する成長因子となります。
 複雑な創傷を有し、治癒が困難な場合、糖尿病性足潰瘍(DFU)、静脈性下腿潰瘍(VLU)に適応となります。
 
5)    血管新生療法(遺伝子治療:ベペルミノゲンペルプラスミド)
 コラテジェン®は、一般名ベペルミノゲン ペルプラスミドを主成分とした遺伝子治療用の再生医療等製品です。ベペルミノゲン ペルプラスミドは、ヒト肝細胞増殖因子(HGF)を発現するプラスミドDNA である。5,181 塩基対からなり、サイトメガロウイルスプロモーター/ エンハンサーによって制御されるヒト肝細胞増殖因子(HGF)cDNA、pUC 由来配列及びカナマイシン耐性遺伝子等を含みます。標的細胞である下肢の筋肉細胞内に取り込まれたベペルミノゲン ペルプラスミドは、細胞内で転写・翻訳されて、ヒトHGFを産生・分泌します。HGFの血管新生作用によって、虚血部位の血管数と局所血流量を増加させ、虚血状態を改善させる効果があります。
 通常、成人には、投与対象肢の虚血部位に対して1カ所あたり本品0.5mgを8カ所に4週間間隔で2回筋肉内投与します(1回総計4mg)。なお、臨床症状が残存する場合には、2回目投与の4週後に3回目の投与を行うこともできます。(図9、10)
 

図9 コラテジェンの投与部位(ヒラメ筋内に投与)

図10 コラテジェン投与例

6)    レオカーナ®
 LDL及びフィブリノーゲンの吸着を行う血液浄化用浄化器です。血液レオロジー(rheology)の改善により、閉塞性動脈硬化症患者の末梢血液循環の改善を導き難治性潰瘍を治療することを目的に使用します。1回あたり2時間、週2回、12週間(計24回)を目途として血液透析室で行います。
 

下肢静脈瘤

1.どんな病気ですか?

 静脈瘤は、静脈内に血液が逆流して貯留することにより、その一部が膨らんでまがりくねり、皮膚の表面にこぶ状に浮き上がって見えるようになったものです。(図1) 心臓から送り出された血液を内臓や手足におくる「動脈」とは反対に、「静脈」は体の隅々に送られた血液を心臓に送り返して戻す働きをしています。

 このため、ヒトが立っている間、脚の静脈は血液を「重力に逆らって下から上へと押し上げていく」ことがその役目となります。静脈自身は動いてはいませんが、脚の筋肉がポンプのような働きをして、静脈内の血液を押し上げています。この仕事をより効率よく行うために、静脈の内側にはところどころに「逆流防止弁」がついています。

 この弁が、何かの原因で壊れて働かなくな ると(「弁不全」と言います)血液が脚の上から下方向に逆流し、静脈のなかに滞ってたまってしまいます。そして、静脈が拡張して膨らみ、瘤(こぶ)をつくります。寝た状態では 、重力の影響が少なくなるため、静脈瘤がしぼんで目立たなくなります。静脈瘤のできた 脚では、血液の停滞のために循環が悪くなり、むくんだり、だるい・重い・疲れ易いといった症状が出やすくなります。

 静脈瘤の合併症として、静脈瘤の中に血液の固まりができて炎症を起こして腫れて痛んだり(血栓性静脈炎)、皮膚に褐色のシミ(色素沈着)ができたり、ひどくなると足首の近くの 皮膚に潰瘍をつくったりすることがあります。 静脈瘤が出来る原因(逆流防止弁が壊れてしまう原因)としては、体質、年齢による変化、妊娠・出産(ホルモンの変化)、立ち仕事(社会的環境)などが挙げられています。 また、静脈瘤は放っておくと年齢(時間)とともに徐々に大きく目立つようになってしまう、という性質を持っています。 
 

図1 下肢静脈瘤

2.どのような治療がありますか?

 脚の負担を軽くし症状を改善する方法として、足を高くして休んだり、立ち仕事の時間を短くしたりすることが有効です。歩くことは脚にも良いのですが、「長い時間じっと動か ないで立っている」ことがもっとも脚に負担がかかります。 

 締め付けの強い医療用の弾性ストッキングを着用すると静脈瘤の中に血液がたまりにくくなり、症状が軽くなります。安全で、誰でも行える優れた治療法ですが、
 (1) 毎日着用 しなければならない
 (2) 夏期などは暑いため着用しづらい
 (3) ストッキングを着用し続 けていても静脈瘤自体は小さくはならない
などといった欠点があります。 残念ながら、静脈瘤を治す「飲み薬」や「点滴」など手軽な治療方法は現在ありません。このため、普段の生活で脚の負担を軽くしたり、ストッキングを着用したりしても効果が あまりない場合には、カテーテル治療が勧められます。
 

3.カテーテル治療はどのようなものですか?

 負担の少ない体に優しい治療です。一般に、膝の近くから静脈瘤ができる「元(もと)」となる静脈(大伏在静脈=病気の静脈)の中にカテーテルを挿入し、約30 cmの範囲を熱で焼灼して固めます。このことにより、血液の逆流を止めて静脈瘤を治療します(血管内焼灼術)。この方法ですと、通常は局部麻酔を用い、手術時間は30分程度です。キズはほとんど目立ちません。治療直後から一人で歩けるようになります。

 目立つふくらはぎの「瘤」の部分ではなく、太股の部分を手術する理由は、静脈瘤という病気が脚の付け根(股に近い部分)からはじまっており、太股の部分が病気の「根っこ」ま たは「幹」に相当し、ふくらはぎの瘤の部分が「枝・葉」に相当するからです。病気の「 根っこ」をきちんと治療することにより、「枝葉」の部分も小さくしぼんできます。(一部の患者さんでは、「膝の裏側」から静脈瘤がはじまっていることもあります。) (図2)
 

図2 下肢静脈瘤には「おおもと」がある

4.カテーテル治療は安全ですか?

 局所麻酔剤などのアレルギーの可能性がまれにありますので、以前、他の薬でアレルギーを起こしたことのある方は、主治医におっしゃってください。局所麻酔薬に関しては 、歯科医院で抜歯のために受けた麻酔の注射が問題なかったかどうかも参考になります。 

 治療時に多少の出血はありますが、輸血が必要になるようなことはまずありません。太ももやふくらはぎの部分に、皮下出血(内出血)がおこり、術後赤色もしくは紫色のアザができることがありますが、通常は約2週間で消えます。

 手術の後、脚の太い静脈の中に血液の固まりができ(深部静脈血栓症)、それが心臓から肺へ流れていき、呼吸が苦しくなるなどの重い術後合併症(肺塞栓症)を起こすことがありますが、ごくまれです。この合併症を予防するためにも、治療の後にはその当日より「安静にしないで歩く」ことが大切です。
 

膝窩動脈瘤

 膝の部分の動脈(膝窩(しつか)動脈)にできた動脈瘤を膝窩動脈瘤と呼び、脚の動脈瘤のなかで一番頻度が多いとされます。(図1)
 この部位の動脈瘤は破裂する場合は多くはありませんが、血管が急に閉塞し、急性動脈閉塞をおこすことがあります。その場合、治療困難となり下肢切断となる危険があります。そのため、症状がなくてもバイパス手術をおこなう必要があります。
 標準治療は膝窩動脈瘤に対しての自家静脈を用いたバイパス手術です。(図1)
 

図1 膝窩動脈瘤のCT画像とバイパス手術

膝窩動脈捕捉症候群

1. どんな病気ですか?

 下肢虚血性症状の多くは動脈硬化性疾患により生じますが、若年で閉塞性動脈硬化症の危険因子がない症例では非動脈硬化性疾患を考慮する必要があります。
 膝窩動脈捕捉症候群は、腓腹筋内側頭に対する膝窩動脈走行の先天的異常によるもので、腓腹筋内側頭あるいは異常線維束により膝窩動脈が捕捉され、下肢運動時の腓腹筋収縮によって血流障害を起こします。

 5つの型に分類したものが広く用いられています。(図1)
 I型:腓腹筋が正常に位置しているのに対し、膝窩動脈が内側に偏位しています。
 II型:腓腹筋内側頭が大腿骨内側上顆の外側あるいは内外上顆間などの様々な部位に異常付着しており、膝窩動脈が内側を走行するが、1型より偏位が少ない。
 III型:膝窩動脈の走行は正常であるが、腓腹筋内側頭から異常分離した筋束(過剰頭)により圧迫捕捉されます。
 IV型:膝窩筋あるいは足底筋の線維性のバンドにより膝窩動脈が圧迫されます。
 V型:膝窩静脈が内側に偏位して走行し、前述のメカニズムのいずれかによって膝窩動脈とともに内側に捕捉されます。
 (I~IV型ではいずれも動脈と静脈の間に位置する筋肉によって膝窩動脈が捕捉されます。)
 VI型(機能型あるいはF型):解剖学的異常がなく、肥大した筋肉によって脈管が圧迫される機能的捕捉。

 本症候群の症状は、無症状から、跛行症状、安静時痛、壊疽など、さまざまな段階がみられます。
 なお、本症候群が未治療のまま放置されると、慢性的な捕捉が膝窩動脈の進行した線維化を生じ、結果的に血栓を形成しやすい内膜表面となり、最終的に動脈血栓、動脈閉塞に至ります。
 

図1 膝窩動脈捕捉症候群の分類

図2 膝窩動脈捕捉症候群II型のCT画像

2. どのような治療法がありますか?

 膝窩動脈捕捉症候群では、膝窩動脈が長年にわたって筋肉による圧迫刺激を受けるため、不可逆性の組織学的変化が発生すると考えられています。このためI~V型に分類される解剖学的な異常を伴うタイプでは手術が第一選択となります。
 手術は膝の裏側を切開し、動脈を圧迫する筋肉または線維束を完全に切離します。動脈壁の変化が明らかでない場合はこの操作のみで十分症状の改善が得られます。(図3)
 血管内治療(カテーテル治療)では、筋による捕捉、圧迫が解除されないため、原則として適応になりません。
 動脈の拡張が明らかであったり、血栓性に閉塞している症例では、自家静脈による病変動脈の置換および解剖学的正常位置への改善を追加する必要があります。


参考文献
1.    工藤敏文. 非動脈硬化性末梢動脈疾患. 膝窩動脈疾患について. 日本血管外科学会雑誌(0918-6778)31巻4号 Page201-208(2022). 
 

膝窩動脈外膜嚢腫

1.どんな病気ですか?

 

 下肢虚血性症状の多くは、動脈硬化性疾患により生じる。しかしながら、若年で閉塞性動脈硬化症の危険因子がない症例では、非動脈硬化性疾患を考慮する必要があります。
 膝窩動脈外膜嚢腫の正確な原因は不明です。嚢胞は、ゼラチン状のムコイド物質で満たされており、通常透明または黄色であるが、出血後は暗赤色となることがあります。単房性が多いが、多房性のもあります。(図1)
 

図1 膝窩動脈外膜嚢腫(肉眼像と顕微鏡像)

 膝窩動脈外膜嚢腫の典型例は、突然発症する若年男性の腓腹部の高度跛行症例です。しかし、この疾患はすべての年齢で発症する可能性があり、小児例も報告されています。
 跛行症状は、一定期間完全に消失してから再発する例もあれば、急速に進行する例もあります。嚢胞病変が限局的であること、若年、および流入・流出血管が正常であることなどから、跛行の重症度が進行して日常生活に支障をきたす可能性はありますが、足の壊疽へと進行することは稀です。
 画像診断では、症例の約2/3は、閉塞ではなく膝窩動脈狭窄を示します。(図2)
 

図2 膝窩動脈外膜嚢腫のCT画像

2.    どのような治療法がありますか?

 

 膝窩動脈血栓性閉塞の合併または広範な動脈変性の場合は、切除的治療法が望ましいとされています。罹患した膝窩動脈は膝の裏側の切開によって剥離され、切除範囲は術前画像所見ならびに術中所見での動脈病変長により決定されます。動脈再建には自家静脈グラフトの使用が望ましいとされます。(図3)
 

図3 膝窩動脈外膜嚢腫