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第4回 遊びさまざま その2

3部作の「その2」は,日常に潜む機能的な(特別な)「遊び」についてのお話です.


第4回 遊びさまざま その2 (2016年9月2日)

 人の遊びは、つまりは生活するうえで、また生命を維持するうえで必要不可欠ではないが疲れや気分を和らげるのに役立つ行動ということになる。機械でもその本来の働きのなかに余分とみられる動きがある場合にそれを遊びということがある。例えば歯車である。

 歯車は大体二つのものが噛み合って一方の動力を他方に伝達するが、両者の大きさを変えることによって回転の速さや力の大きさが変えられる。身近にある時計をみると、そこには大小多くの歯車が使われていて、それによって長針、短針、秒針などがそれぞれの目的に合うように動きの速さが調整されている。

 歯車は大きさによって歯の数は違ってくるが、二つがうまく噛み合うには少なくとも歯と歯の間隔、つまりピッチが同じでなければならない。ピッチが合えば回転できる。ただ、歯の厚さが違うと噛み合わせたときに両者の歯の間に隙間ができる。これはバックラッシュと言い、それが大きいと歯同士の当たりが強くて摩耗したり雑音が発生したりする(図1)。しかし、バックラッシュがないと歯同士の摩擦が大きく、動きが悪くなるという。いずれにしても効率が悪くなるのでピッチと歯の厚さの整合が重要であるが、このバックラッシュが大きい場合が歯車の遊びということになる。

図1 歯車 ピッチとバックラッシュ

 組織学や病理学などの実習では顕微鏡が使われる。顕微鏡は鏡筒を上下させてプレパラートの標本にフォーカスを合わせるが、その鏡筒を動かすのに歯車が使われている。指で調節ねじを回すと、そこに付いている幅の厚い歯車ピニオンが鏡筒側面の線状の歯車クラッチと噛み合うことによって鏡筒が上下する。フォーカスを合わせるとき調節ねじを頻繁に正逆回転させるが、このとき両方の歯車のバックラッシュが大きい、つまり遊びがあると調節ねじを回しても鏡筒がすぐには反応しない。ときには調節ねじを回してフォーカスが合ったと思ってねじを止めた瞬間に鏡筒が下がってしまうといったことが起きたりする。微調整がしにくい。よってバックラッシュはできるだけ小さい必要がある。同様の機構は無線受信機やチューナーの周波数の同調装置にも見られるが、やはり微調整できることが大切である。歯車を正逆回転させて使用する機械には歯車の遊びは禁忌なのである。

 一方、遊びがどうしても必要な場合もある。

 寝ていると“ぽっ”という汽笛についでガタガタガタガタという音が繰り返し聞こえてきた。ある駅のそばのホテルに泊まった時のことである。昼間部屋の窓から見下ろしたとき、駅の向こうに操車場があり、枝分かれしたレールのあちこちに数輌の貨車が止まっているのが見えた。それらを今電気機関車が順々につないでいるようであった。子供の頃、近くの操車場によく行った。機関車が動き出すと同時に連結された先頭の貨車から後ろに向かってガタガタガタガタという音が波のように伝わって、それと同時に貨車が次々に動き出すのが面白かった。そして何十輌も連結した貨車をたった一輌の機関車が引っ張るのが格好よく思ったものだった。

 中学の物理の授業で先生が図らずもこの問題を提起した。なぜ一輌の機関車で何十輌もの貨車を引っ張ることができるのかである。機関車に比べて貨車の方が断然重くて引っ張れないはずだ、でも実際には引っ張っている。どうしてか。先生はカギは連結器の構造にあるという。つまり列車の連結器には遊びがある。そこで機関車が動き出すときにはすぐ後ろにある貨車が引っ張られて動く。それは、一つの貨車は機関車よりも軽く静止摩擦力が小さいからだ。次に機関車とその貨車が次の貨車を引っ張る、というように順々に引っ張ることで貨車全体が動ける、もし連結器に遊びがなかったら全部の貨車が一塊になって機関車はとても牽引できないと説明された。なるほど、貨車は連結されていても前後に多少動けることが関係していたのである。だから列車が動き出すときや止まる時に連結器の遊びによって順々にその部分がぶつかって音が出る。ここで先に言った動き出すときに音が前から後ろに波及していく理由が分かったのである。
 
 通学中、よく連結器の動きを見ていた。当時車輌間は通り抜けられず、近くの窓から下の連結器の様子がよく見えた。電車が走り出すと止まっていた時の連結器の隙間の位置が変わり、走っているときには隙間が前後に空いたり閉じたりして、電車の動きによって変化するのが面白かった。その隙間こそが遊びであった。

 連結器は大きく別けると自動型と密着型になる(図2)。自動型は手の指を折り曲げて互いに組み合わせたような形をしている。指に相当する部分を開いて車輌を接近させ、両方の連結器が接触すると指の部分が折れ曲がり上から閂が下りて自動的に連結される。一方、密着型は垂直な平板に角型の突出部とそれが陥入する穴が開いた連結器で、車輌を接近させると相互の突出部と穴が嵌合すると同時にその間の閂によって固定され、垂直な平板同士が密着する。

図2 連結器 a 自動型、b 密着型

 両者の違いはすでに分かる通り、自動型には遊びがあるが、密着型には遊びがない。連結器の遊びは機関車で引く列車には必須であるが、いわゆる電車の場合には長い編成であっても電動車がいくつか含まれているのでその必要がない。新幹線はすべてが電動車なので連結器は牽引する必要がなくただ繋ぐだけの役目である。しかし、私鉄の電車には自動型が使われていることもある。上に述べた通学で乗っていた電車がその例である。密着型は遊びがなく固定されているので、車輌の揺れが抑えられ乗り心地の点で優れているとして、JRや多くの私鉄の電車、新幹線に使われている。

 機械の遊びについて身近な例を挙げたが、歯車のように遊びがあっては困る場合がある一方、機関車に引かれる貨物列車の連結器のように、遊びがなくてはならない場合もあるということである。しかし一般には、遊びがないことが求められ、その程度をできるだけ小さくする工夫がされる。

 ねじは材料をつなぎ固定するのに使われるが、その材料が固い金属などの場合、ねじ(ボルト)をきつく締めても振動に遭うと徐々に緩んで効かなくなってしまう。これはバスなどの乗り物によくみられ、中には抜けてなくなっていることさえある。これを避けるため、ボルトにワッシャーをかませる。すると、その弾力性によってボルトと母体の金属のねじ山間で強い摩擦が生じボルトが緩みにくくなる。つまり、ワッシャーはボルトの遊びを防ぐのである。同様の働きをするものはレールを枕木に固定する部分にも見られる。一般にしっかり固定するものには遊びが生じないよういろいろ工夫されている。自動型の連結器のように、遊びをあえて作るというのは特別な目的がある場合だけである。