教授ご挨拶

 この度、2021年2月に東京大学 医科学研究所の老化再生生物学分野教授を拝命いたしました。この1年間、研究室の移転準備のためクロスアポイントメント制度により東京医科歯科大学 難治疾患研究所 幹細胞医学分野教授を兼任させて頂いております。また今年は研究室を主宰して15年の節目を迎える年でもあります。ご支援頂きました多くの皆様にあらためて感謝申し上げます。

超高齢化社会を迎え、老化や癌の制御が喫緊の課題となっています。私たちは、黒髪のもととなる色素幹細胞とそのニッチの発見に始まり、『百聞は一見にしかず』を座右の銘に、目で見て観察し仮説を立てては検証するプロセスを繰り返しながら、生命とは何か?老化とは何か?その本質の理解を目指して研究しています。組織の恒常性維持の要となる幹細胞に着目しながら、臓器の再生、老化、癌化、さらに個体老化の本質にも迫っていきたいと考えて研究を行っています。皮膚はリアルタイムでその外観や組織の観察が可能で、長期にわたる幹細胞の運命追跡も可能であるなど、再生と老化のプロセスとメカニズムを理解する上で多くの利点を持っています。皮膚の老化を理解することは、他の諸臓器の老化や個体老化の理解へと繋がり、より広く老化や疾患を制御する方策の解明に多いに役立つと考えています。そしてその成果を難病克服や健康長寿へと繋げるべく実用化に向けた研究も進めています。

今後も、分野の垣根を超えた研究を展開し、老化再生生物学分野の創成、幹細胞医学の発展と実用化、そして将来を担う後進の育成に邁進する所存です。今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。

2021年春、吉日



私たちの研究と研究室の紹介

 
 多細胞から成る生命体が存在し続けるためには、増大するエントロピーを低下させて動的平衡を保つ仕組みが必要で、そこでは様々なレベルでの品質管理が必要となります。体細胞は絶えずエラーや損傷に晒されていますが、その修復を行うと同時に不要な細胞を捨てては新しい細胞に入れ替えることで若さや恒常性が保たれています。その供給源となるのが組織幹細胞です。組織幹細胞は緻密な幹細胞システムを形成し組織の再生と新陳代謝を担っています。しかし、加齢や種々のストレスによって臓器・組織の機能が低下したり多くの疾患を発症するようになります。私たちは色素幹細胞や毛包幹細胞など毛包内の幹細胞が加齢によってその運命を大きく変え自己複製せずに枯渇することを世界に先駆けて見出しました。その『ステムセルエイジング』の実態とメカニズムの研究を通じて、毛包が老化する仕組みについて報告してきました 。一方、表皮においては幹細胞同士がお互いに競り合って細胞競合を起こすことでその品質を維持することや、その疲弊で老化が進むことを明らかにしています。多様で複雑に見える老化現象も、若さや恒常性を支える美しい真理を知ることで、よりシンプルに理解できそうです。

私たちは、新しいアプローチや技術を積極的に取り入れるとともにそれらを組み合わせ、自由な発想で研究を進めています。組織幹細胞やニッチを可視化し、in vivoならびにvitroで正確に捉えて追跡する技術に加え、疾患モデル、オルガノイド、さらにオミックス解析を組み合わせ、幹細胞を中心としたアプローチから臓器の老化の本質の解明を目指しています。その理解は、臓器間ネットワークや個体老化の理解や機械学習を用いたその予測にも繋がりつつあります。また、毛包の再生、創傷治癒、癌化のメカニズムの解明においても新しい展開が進んでいます。さらに幹細胞の制御技術を老化制御や加齢関連疾患の予防や克服、癌治療で必要となるアピアランスケアへの応用に向けて取り組んでいます。

研究室のメンバーは、生物学、化学、薬学、基礎医学、臨床医学など多岐にわたるバックグラウンドを持っており、それぞれの得意を生かして研究対象を新しい視点から眺めたり複眼視しながら取り組んでいます。協調と自立のバランスをとって高め合う研究環境(ニッチ)のなかでお互いに切磋琢磨しており、国内外のチームとの共同研究も積極的に行っています。

 一見、混沌とした生命現象も疑問を具体化し、現象を可視化して観察し、理解しようと夢中になって思考錯誤しているうちに次第に謎が解けていく、そんなプロセスと感動を仲間と共有するのは大変味わい深いものです。本ホームページを開いてご興味を持たれた方々の中に,我々の研究室の門を叩いてくださる方が現れることを楽しみにしています。私たちの研究室はダイバーシティーとインクルージョンを重視しており、大学院生や留学生も歓迎しています。自由なディスカッションと世界に先駆けた発見が出来る研究環境ですので、ご興味のある方はご一報いただければ幸いです。

最後になりますが、私たちの研究チームが今あるのは、ご指導ご支援くださった恩師、そして共に苦労した仲間のお陰です。加えて大学や研究所、国の支援も含めて一つでも一時でも欠けると成り立ちません。健康長寿社会の実現ならびに難病克服に繋がるよう研究室一丸となってしっかり世界に発信していけるよう取り組んでいきたいと思いますので、今後もご支援ご指導よろしくお願い申し上げます。

教授 西村 栄美


  【主な業績】 
1.  Morinaga H, Mohri Y, Grachtchouk M, Asakawa K, Matsumura H, Oshima M, Takayama N, Kato T, Nishimori Y, Sorimachi Y, Takubo K, Suganami T, Iwama A, Iwakura Y, Dlugosz AA, Nishimura EK.
Obesity accelerates hair thinning by stem cell-centric converging mechanisms.
Nature, 595:266-271, 2021
2.  Kato T, Liu N, Morinaga H, Asakawa K, Muraguchi T, Muroyama Y, Shimokawa M, Matsumura H, Nishimori Y, Tan LJ, Hayano M, Sinclair DA, Mohri Y, Nishimura EK.
Dynamic stem cell selection safeguards the genomic integrity of the epidermis.
Developmental Cell, 56,3309-3320, 2021
3. Matsumura H, Liu N, Nanba D, Ichinose S, Takada A, Kurata S, Morinaga H, Mohri Y, De Arcangelis A, Ohno S, Nishimura EK.
Distinct types of stem cell divisions determine organ regeneration and aging in hair follicles.
Nature Aging, 1:190-204, 2021
4. Liu N, Matsumura H, Kato T, Ichinose S, Takada A, Namiki T, Asakawa K, Morinaga H, Mohri Y, De Arcangelis, Geroges-Labousse E, Nanba D, Nishimura EK.
Stem cell competition orchestrates skin homeostasis and ageing.
Nature, 568(7752):344-350, 2019
5. Matsumura H, Mohri Y, Binh NT, Morinaga H, Fukuda M, Ito M, Kurata S, Hoeijmakers J, Nishimura EK.
Hair follicle aging is driven by transepidermal elimination of stem cells via COL17A1 proteolysis.
Science, 351(6273):575-589,2016
6. Okamoto N, Aoto T, Uhara H, Yamazaki S, Akutsu H, Umezawa A, Nakauchi H, Miyachi Y, Saida T, Nishimura EK.
A melanocyte-melanoma precursor niche in sweat glands of volar skin.
Pigment Cell & Melanoma research, 27(6):1039-1050, 2014
7. Ueno M, Aoto T, Mohri Y, Yokozeki H, Nishimura EK.
Coupling of the radiosensitivity of melanocyte stem cells to their dormancy a hair cycle.
Pigment Cell & Melanoma Research, 27(4):540-551, 2014
8. Nishimura EK. Melanocyte stem cells: A melanocyte reservoir in hair follicles for hair and skinpigmentation.
Pigment Cell & Melanoma Research, 24(3): 401-410, 2011
9. Tanimura S, Tadokoro Y, Inomata K, Binh NT, Nishie W, Yamazaki S, Nakauchi H, Tanaka Y,
McMillan JR, Sawamura D, Yancey K, Shimizu H, Nishimura EK. Hair follicle stem cells provide a functional niche for melanocyte stem cells. 
Cell Stem Cell, 8, 177-187, 2011
10. Nishimura EK., Suzuki M, Igras V, Du J, Lonning S, Miyachi Y, Roes J, Beerman F, Fisher DE.
Key Roles for Transforming Growth Factor β in Melanocyte Stem Cell Maintenance.
Cell Stem Cell, 6(2):130-140, 2010
11. Inomata K, Aoto T, Binh NT, Okamoto N, Tanimura S, Wakayama T, Iseki S, Hara E, Masunaga T, Shimizu H, Nishimura EK. Genotoxic stress abrogates renewal of melanocyte stem cells by triggering their differentiation.
Cell. 137(6):1088-99, 2009
12. Nishimura,  E.K, Granter, S.R., Fisher, D.E.
Mechanisms of hair graying: incomplete melanocyte stem cell maintenance in the niche.
Science. 307(5710):720-724. 2005
13. Nishimura, E.K., Jordan, S.A, Oshima, H., Yoshida, H., Osawa, M., Jackson, I.J., Barrandon, Y., Yoshiki,M. Nishikawa, SI. Dominant Role of the Niche in Melanocyte Stem Cell Fate Determination.
Nature. 416(6883):854-60, 2002.