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研究成果・プレスリリース

脳の認知機能に重要なレトロトランスポゾン由来の獲得遺伝子を発見

Medical Research Institute Tokyo Medical and Dental University

東京医科歯科大学難治疾患研究所 石野 史敏 教授のグループと東海大学健康科学部看護学科 石野 知子 教授、同 入江 将仁 特任助教(現 東京医科歯科大学 特任助教)同大学医学部 吉川 正信 准教授、理化学研究所バイオリソースセンター(BRC)マウスクリニック、多細胞システム形成研究センター(CDB)変異マウスユニット、との共同研究により、哺乳類の脳における注意や認識といった反応に、LTRレトロトランスポゾン由来の遺伝子「SIRH11/ZCCHC16」が重要な役割を果たしていることを世界で初めて実証しました。本研究成果は、9月24日午前11時(太平洋標準時:PST)付けで国際科学雑誌「PLoS Genetics(オンライン版)」に掲載されています。


本研究成果のポイント

LTRレトロトランスポゾン由来の遺伝子「SIRH11/ZCCHC16」が脳の認識機能に重要な役割を果たしていることを世界で初めて実証。
この遺伝子はヒトを含む哺乳類だけが持っているもので、哺乳類の脳機能の進化に関わる遺伝子の一つであると考えられる。
今回の実験により、この遺伝子は注意や認識に関わるノルアドレナリンの量制御に関わっていることが明らかとなった。
この遺伝子のノックアウトマウス(特定の遺伝子を無効化したマウス)には、活動量の日周変化、明暗箱の出入り、Y字迷路試験などに異常が見られたことから、ヒトにおける精神・神経疾患の原因遺伝子の候補として注目できる。
この遺伝子は、南アフリカに生息するアルマジロ、ナマケモノなどの異節類では偽遺伝子化しており、哺乳類の中でも系統によって機能の有無があることが確認された。

本研究の背景

ヒトゲノムの中で、タンパク質の情報を転写・翻訳する遺伝子は約2万個であるが、これはゲノム全体のわずか1.5%であり、ゲノムの約半分をレトロトランスポゾン由来のDNA配列が占めています。そのうち、LTRレトロトランスポゾンとその近縁の内在性レトロウィルスが8%を占めています。石野教授は、これまでにもLTRレトロトランスポゾンに由来する哺乳類が進化の過程で獲得した遺伝子「PEG10(NHKスペシャル 生命大躍進 第2集で取り上げられた)、PEG11/RTL1、SIRH7/LDOC1」が哺乳類の特異的な生殖様式である胎生(胎盤を使って子どもを母親の中で育てる仕組み)において大きな役割を果たしていることを明らかにしてきました。今回の研究成果は、同じく獲得遺伝子群の一つである「SIRH11/ZCCHC16」が、哺乳類の特徴である高度に進化した脳において、その認識機能に大きな役割を果たしていることを世界で初めてモデルマウスを使って実証したものであり、レトロトランスポゾンと脳機能の進化の関係を世界で初めて明らかにしたものです。

図1 ヒトゲノムの構成


※トランスポゾン(Transposon) ゲノム上を転移(移動)することができるDNA因子。その転移様式の違いにより、トランスポゾン、レトロトランスポゾンの二種類に分類される。レトロトランスポゾンは、自身のDNA配列から転写されたRNA配列を、逆転写反応でDNAにコピーし、このコピーをゲノムの別の場所に挿入することで転移する。LTRレトロトランスポゾンは、末端に長い反復配列(Long terminal repeat)を有するものを指す。

本研究の概要

LTRレトロトランスポゾン由来の獲得遺伝子「SIRH11/ZCCHC16」は、LTRレトロトランスポゾンの一種である「スシイチレトロトランスポゾン」のGAG遺伝子からなっており、タンパク質のC末端にCCHCというRNA結合ドメイン構造を持っています(図2)。

図2 SIRH11/ZCCHC16遺伝子の構造


CCHCモチーフはRNA結合能を有していることが知られている。


※レトロトランスポゾンGAG遺伝子 LTRレトロトランスポゾン転写物であるRNAと結合して、逆転写反応に必要なウィルス様粒子を形成する構造タンパク質の遺伝子である。

この遺伝子の存在を60種類以上の哺乳類のゲノムで調べた結果、卵生の単孔類、オーストラリアや南アフリカに生息する有袋類には存在しておらず、ヒトやマウスなど真獣類というグループにのみ確認できたことから、真獣類の共通祖先の進化過程において獲得されたものであることが分かります。しかし、南アフリカに生息している異節類(真獣類の4大系統の一つ)では、変異の蓄積により偽遺伝子化していることが分かりました(図3)。このことから、真獣類の中でも異節類を除く3系統(真主齧類、ローラシア獣類、アフリカ獣類)でこの遺伝子が機能していることが確認されました。

図3 SIRH11/ZCCHC16は真獣類のみ特異的に獲得された遺伝子


異節類(アルマジロ、ナマケモノ)では偽遺伝子化。()内はSIRH11が保存されている種数/調べた種数。


SIRH11/ZCCHC16をノックアウト(無効化)したマウスでは、日常の飼育観察で行動の異常が見られていたことから、体系的な行動試験を行ってみた結果、日周期における活動性(図4)、明暗箱の出入り頻度、Y字迷路の正答率などに異常が見られました。

図4 日周期における活動パターンの異常


明期(白)と暗期(灰色)の境目における活動性がノックアウトマウスでは常に高い。


また、注意力などの認識反応には、脳内のノルアドレナリンが関与していることから、マイクロダイアリシスという方法で脳内の神経伝達物質の濃度変化を調べた結果、当初の予想通り、ノルアドレナリン量の制御が異常となり、その量が低下していることが分かりました(図5)。SIRH11/ZCCHC16は、脳以外にも腎臓や精巣、卵巣などにも発現していますが、これらの臓器には機能異常が見られなかったことから、脳における機能が主要な役割であると考えられます。

※マイクロダイアリシス 微小透析プローブの半透膜を介して、物質を連続的に回収する方法。

図5 SIRH11/ZCCHC16ノックアウトマウスには脳内のノルアドレナリン量の異常が見られる


ノルアドレナリンはドーパミンから産生される。大脳皮質におけるドーパミン由来の神経関連物質のうちノルアドレナリンの回復量だけが少ない。


本研究の意義

ノルアドレナリンは、注意・衝動性・新奇性などに関係した神経伝達物質であり、周辺環境の変化などに反応するときに使われます。ノルアドレナリンを用いた神経系は脊椎動物に広く保存されているものですが、「SIRH11/ZCCHC16」を獲得したことが哺乳類の制御された敏捷性に大きく関与している可能性が高く、また真獣類の共通祖先で獲得されて以来、異節類を除く3系統で保存されてきたものであると考えられます。ヒトにおいては、精神・神経疾患の原因遺伝子候補として、今後の重要な解析対象となっていくと考えられます。また、この遺伝子がLTRレトロトランスポゾンという、これまでゲノム中のゴミであると考えられていたDNA配列から獲得された新規遺伝子であるということは、哺乳類の進化を考える上で全く新しい観点を提供するものでもあります。さらに、この遺伝子によって胎生という生殖機能の獲得だけでなく、脳機能にも関与していることが実証されたことは(図6)、哺乳類の進化の過程におけるLTRレトロトランスポゾンの重要性を示すものであり、今後この分野の研究が大きく発展していくことが予想されます。

図6 スシイチレトロトランスポゾン由来のSIRH遺伝子群の哺乳類における機能


SIRH11/ZCCHC16の脳機能への関与が初めて示された


<本件に関するお問い合わせ>
東海大学健康科学部看護学科 担当:石野 知子
TEL:0463-93-1121(代表)