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研究成果・プレスリリース

皮膚顆粒層に特異的に発現する内在性レトロウイルス型アスパラギン酸プロテアーゼSASPaseが角質層水分量の調節を行う事を発見

Medical Research Institute Tokyo Medical and Dental University

メディカル・トップ・トラック(MTT)プログラムの松井 毅特任講師(現在、京都大学 物質ー細胞統合システム拠点(iCeMS)、特定拠点助教)らの研究成果が、EMBO Molecular Medicineに、2011年5月3日付で掲載発表されました。


皮膚顆粒層に特異的に発現する内在性レトロウイルス型アスパラギン酸プロテアーゼSASPaseが角質層水分量の調節を行う事を発見

メディカル・トップ・トラック(MTT)プログラムの松井 毅特任講師(現在、京都大学 物質ー細胞統合システム拠点(iCeMS)、特定拠点助教)ほか

Matsui, T., Miyamoto, K., Kubo, A., Kawasaki, H., Ebihara, T., Hata, K., Tanahashi, S., Ichinose, S., Imoto, I., Inazawa, J., Kudoh, J., Amagai, M: SASPase regulates stratum corneum hydration through profilaggrin-to-filaggrin processing. EMBO Mol. Med. 3:320-333 (2011).

 地球上の脊椎動物は、約3億6千万年前のデボン紀後期に水中から陸上に進出しました。その際に、体表面の単層上皮組織を何らかの機構で「上皮進化」させ、重層扁平上皮組織である皮膚表皮を形成したと考えられます。そして、現在の哺乳類の皮膚に至るまでに、様々な皮膚特異的遺伝子群を獲得しつつ、地球大気環境に適応進化してきたと考えられます。しかし、どのような遺伝子が、如何に体表面上皮の「上皮進化」に関与してきたのかは明らかになっていません。

 陸上脊椎動物の皮膚表皮は、主に基底層、有棘層、顆粒層、角質層からなり、基底層において幹細胞が分裂を行いつつ、顆粒層で細胞死を起こし、角質層を形成します。この角質層において、個体と外界(気相)との間のバリアーが形成されています。哺乳類においては、角質層内に存在する内在性の保湿成分が水分を保持し、乾燥を防ぎ、潤いのある若々しい肌を保つ役割を果たしているとされています。しかし、角質層内の水分が分子レベルでどのように制御されているのかは、未だによくわかっていません。

 一方で、アトピー性皮膚炎に伴い「乾燥肌」がよく認められます。最近の報告では、皮膚表皮の顆粒層特異的に発現するフィラグリン蛋白質の遺伝子のナンセンス変異による欠失が、アトピー性皮膚炎や喘息等の最大の疾患素因となっている事が報告されています。(アトピー性皮膚炎患者群の中では、西欧人では約50%、日本人では約20%)逆に、それ以外の方は、正常のフィラグリン蛋白質を発現しており、未知の疾患素因となる分子機構の存在が示唆されていました。

 松井 毅博士らは、以前の研究で、高速in situ hybridization法を用いた形態学的スクリーニングを行い、それぞれの遺伝子の発現部位を指標として、新しいマウス皮膚特異的遺伝子群を同定していました。 (Matsui et al., Genomics 84:384-97, 2004: Matsui et al., J. Biol. Chem. 281:27512-25, 2006)

今回、それらの中でも、機能未知であった皮膚顆粒層特異的に発現するレトロウイルス型のアスパラギン酸プロテアーゼであるSASPaseの欠損無毛マウスを作製しました。このプロテアーゼの活性を失った成体マウスは、乾燥肌様皮膚を呈する事が明らかとなりました。(図)またフィラグリンの前駆体であるプロフィラグリンはフィラグリン分子が多数連なった構造をしています。このプロフィラグリンは、顆粒層で発現し、角質層中で段階的に分解され、フィラグリンとなり、最終的にアミノ酸になって天然保湿因子の大部分を形成する事が知られています。(図)ところが、SASPase欠損無毛マウスでは、このプロフィラグリンの分解異常が起こり、中間段階産物が蓄積している事が明らかになりました。更にSASPaseは、in vitroでプロフィラグリンのリンカー部分を特異的に切断する事も明らかにしました。(図)


不思議な事に、天然保湿因子の殆どを構成している角質層内の遊離アミノ酸は、SASPase欠損無毛マウスに異常は認められませんでした。この結果は、天然保湿因子である遊離アミノ酸が存在するにも関わらず、角質層の保湿が維持できなくなる場合がある事を示しています。

以上の結果は、皮膚表皮の顆粒層で発現したSASPaseが、角質層へと分化する細胞中で、プロフィラグリン分解経路の律速段階を調節し、それが角質層内の水分調節に関与している可能性を示しています。

更に、ヒトゲノム上のSASPase遺伝子内に、日本人アトピー性皮膚炎患者では196人中5人、正常人の中にも28人中2人にミスセンス変異が存在している事も明らかになりました。それらの中でもV243A変異は活性が喪失し、V187Iは活性が低下する事が明らかになり、乾燥肌・アトピー性皮膚炎発症におけるSASPaseの関与が、示唆されました。 (慶應義塾大学 医学部 皮膚科学教室 天谷雅行教授、遺伝子医学研究室 工藤純教授らとの共同研究)

SASPaseはレトロウイルス型のアスパラギン酸プロテアーゼであり、哺乳類にしか存在していません。すなわち、太古のレトロウイルス感染により、ゲノム上に取り込まれたSASPase遺伝子が、皮膚表皮の顆粒層で発現し、角質層の水分量を巧妙に調節している事を示しています。この事実は、「レトロウイルス感染による哺乳類皮膚の適応進化」が起こった可能性を示した初めての例です。

今回の分子機構の発見は、複雑な病態を示すアトピー性皮膚炎と関連の深い乾燥肌の診断・治療に応用できる可能性があります。

これらの研究成果は、EMBO Molecular Medicineに、2011年5月3日付で掲載発表されました。

本研究は、難治疾患研究所 メディカル・トップ・トラック(MTT)プログラムのMTTフェロー松井 毅特任講師により、難治疾患研究所 分子細胞遺伝分野(稲澤 譲治教授)に支援を受けて行われました。

また、本研究は、文部科学省科学技術振興調整費用「若手研究者の自立研究環境整備促進」事業、文部科学省科学研究費補助金・若手研究(B)、厚生労働省科学研究費補助金「免疫アレルギー疾患等予防・治療研究事業」、中冨健康科学振興財団、コスメトロジー研究振興財団、内藤記念科学振興財団の支援を受けて行われました。

ポイント

  • アトピー性皮膚炎発症とも密接な関連がある角質層の水分保持機構は、明らかになっていない部分が多い。
  • 皮膚の顆粒層特異的に発現するレトロウイルス型アスパラギン酸プロテアーゼSASPaseの欠損無毛マウスは、乾燥肌様皮膚を呈する。
  • SASPaseの欠損無毛マウスの角質層では、プロフィラグリンの分解異常産物の蓄積が認められる。
  • SASPaseはプロフィラグリンのリンカー配列切断酵素であった。
  • ヒトSASPase遺伝子の、活性喪失及び活性抑制変異を発見。
  • 太古のレトロウイルス感染による皮膚の適応進化があった事を示唆している。