概要

 薬化学教室では有機化学を基盤とした生理活性物質や機能性分子の創製を主な研究目的としております。特に、医薬化学研究では、単に活性物質の構造修飾や計算化学的な活性構造の考察にとどまらず、実際に医薬品への応用展開を志向した創薬研究に取り組んでいます。近年の創薬研究では、分析、分離、計算化学などの著しい進歩により、新たな手法の開発が盛んに行われておりますが、大学という場での創薬志向の医薬化学研究が如何にあるべきかを考えていきたいと思っています。また、芳香族アミドの立体化学に関して興味深い現象を見いだしており、ユニークな立体挙動を示す有機化合物を題材にして、基礎化学、医薬化学化学ばかりでなく物性化学への展開をにらみつつ、新しい発見を求めて研究を進めています。



1.レチノイドの医薬化学

 レチノイン酸(ビタミンA酸)は細胞の分化・増殖、形態形成などの基本的な生命現象を特異的に制御する内因性物質であり、その生物学的同効物質を総称して「レチノイド」という。レチノイドの特異的機能の解明と医薬への応用を目的に新規レチノイドの創製を行っている。
 既に、レチノイン酸とは全く構造、物性の異なる高活性レチノイドを見いだしている(下図)。なかでも、芳香族アミド骨格を持つAm80やAm555S(TAC101)は活性、体内動態などにおいて様々な長所を持ち、日本及び米国で臨床試験が進められている。
 現在、更なる新規骨格、特徴的な機能を有するレチノイドの創製研究が進行中である。

Review: Kagechika, H. Curr. Med. Chem., 2002, 9, 591-608.
Review: Kagechika, H. et al J. Med. Chem., 2005, 48, 5875-5883.

Am80:
再発および難治性の白血病(APL)の治療薬として我が国で認可された(2005年4月)。

Tobita, T. et al Blood, 1997, 90, 967-973.

・乾癬などの難治性皮膚疾患に対する治療効果も認められる。
・最近では、動脈硬化症などの循環器系疾患に対する有効性が示唆され(東大・医・永井良三教授との共同研究)、またリウマチなどの自己免疫疾患に対する治療効果も期待されている。

Shindo, T. et al Nature Medicine, 2002, 8, 856-863.


2.新規核内受容体リガンドの探索

 核内受容体は、ステロイドホルモンや脂溶性ビタミンなどの脂溶性低分子化合物によって結合、活性化されて初めて特異的遺伝子発現の制御を行うリガンド依存的転写因子であり、分化、発生、形態形成、代謝、ホメオスタシスなどの重要な生命現象を厳密に調節している。近年、核内受容体が癌、骨粗鬆症、糖尿病、動脈硬化など様々な疾患の発症と治療に関わっていることが示され、薬剤開発における重要な分子標的と考えられている。上記のレチノイドも核内受容体を介して作用を発揮している。本研究課題では、内因性リガンドの同定されていない受容体も含めて、様々な核内受容体の内因性及び合成リガンドを探索、創製する。現在注目している主要な核内受容体は、レチノイドX受容体(RXR)、ビタミンD3受容体(VDR)、甲状腺ホルモン受容体(TR)、レチノイド関連オーファン受容体(ROR)などである。

Review: Kagechika, H. ファルマシア, 2002, 38, 721-725



HX531:
・核内受容体
RXRアンタゴニストとして最初の化合物。RXRとヘテロダイマーを形成する核内受容体PPARγの機能を適度に抑制する。この活性が抗糖尿病薬、抗肥満薬へ展開しうることを初めて示した(東大・医・門脇孝教授との共同研究)。

Yamauchi, T. et al J. Clin. Invest., 2001, 108, 1001-1013.
Yamauchi, T. et al Nature Medicine, 2001, 7, 941-946
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3.補酵素構造を基にした機能性分子の創製研究

 タンパク質のリン酸化、アセチル化、メチル化等の翻訳後修飾は、細胞内シグナル伝達機構において重要な役割を担っており、これらの反応を担う酵素群は創薬分子標的となりえる。上記の核内受容体を介した特異的な遺伝子発現においても、核内受容体、転写因子、ヒストン蛋白質に対するこうした修飾反応が、転写活性化、不活化を制御していることが報告されている。私たちは、このようなタンパク質の修飾を担う、個々の酵素に対する選択的な阻害剤の開発や、酵素の機能を網羅的に解析する実験系の構築を進めている。リン酸化酵素やヒストン修飾酵素などが酵素反応を行う際に用いている補酵素の構造や、個々の酵素に対する基質の構造を基にした誘導体展開を行い、機能性分子の創製を行っている。


4.生態機能の解析に有用な蛍光センサーの開発研究

 特定の分子種(イオン、生理活性分子、酵素など)との結合または反応、もしくは外部環境の変化によって、その蛍光特性が変化する分子は「蛍光センサー」と呼ばれ、測定対象の分子種の濃度、活性、もしくは外部環境を、蛍光の変化の大きさから測定することを可能とする。蛍光センサーは、局所空間における環境変化の測定や、特定の酵素に対する阻害剤のアッセイ系を構築するための分子ツールになるのみならず、生きた細胞、組織、個体に用いることによって、生体内分子の濃度や活性の変化をリアルタイムに測定するために用いられている。このような研究は、バイオイメージング、分子イメージングなどと呼ばれる画像解析を基にした研究手法の1つとして、細胞生物学および創薬研究の分野において汎用されるようになっており、その有用性や注目度の高さは、米国における生物学の方向性をうたったNIHロードマップの柱の1つに挙げられていることからも明らかである。
 我々は、以下の研究課題を中心に、蛍光センサー開発研究を進めている。
(1)多種類、多機能の蛍光センサー分子を効率的に開発するための手法の構築
(2)生体内の特定の受容体蛋白質を選択的に蛍光標識するための機能性蛍光団の開発

Hirano, T. et al Angew. Chem. Int. Edit., 2000, 39, 1052-1054.
Hirano, T. et al J. Am. Chem. Soc., 2000, 122, 12399-12400.
Hirano, T. et al J. Am. Chem. Soc., 2002, 124, 6555-6562.
Hirano, T. et al Org. Lett., 2007, 9, 1315-1318.
Hirano, T. et al Tetrahedron Lett., 2009, 50, 488-491.



5.芳香族アミドの立体特性と機能性分子創製

 アミド結合は蛋白質の構成単位としてばかりでなく、種々の医薬品や分子認識化合物の鍵構造として見いだすことができる。アミド結合もしくはその類縁官能基といえるウレア結合、グアニジノ結合は、水素結合部位に富んだグループとして、分子内もしくは分子間の電子的相互作用を意図して分子構築に用いられる。一方、これら部分二重結合性を持つ官能基の立体挙動分子の三次元構造や物性に関わることも多い。私たちは芳香族アミドがN-メチル化されるとシス型構造を優先することを見いだし、その一般性を示してきた。この立体特性は単純ではあるが、様々なユニークな分子を構築することができる。

Review: Tanatani, A. et al 機合成化学協会誌, 2000, 58, 556-567.
Review: Kagechika, H. & Azumaya, I. 現代化学, 1999, 339, 22-29