多細胞生物の発生過程や疾患発症に関わる増殖分化因子群のシグナル伝達機構の解明

研究の概要
 胚発生とは、ひとつの受精卵が細胞分裂を繰り返しながら多種・多様の細胞に分化していき、機能的な複合体を構成していくなかで最終的に完成された生物個体になる過程をさす。初期発生において均一な細胞集団は、ある特定の時期に特定の領域の細胞が特殊化して、たとえば頭部を形成したり、腹や背中を形成したりする。こうした細胞の運命決定は、個々の細胞内に備わるシグナル伝達経路が細胞外に存在する様々なシグナルにより活性化され、それに適した応答をすることにより実施される。
 反対に、本来胚発生の段階でのみ機能するべき細胞内情報伝達経路が成体において再活性化すると、癌化を含めた疾患の要因となることが最近明らかにされつつある。このことは、発生過程におけるシグナル伝達経路の理解を深めることを通して得られる知見が種々の疾患の発症機構を明らかにすることへつながるものと考えられる。
 われわれは、発生過程における細胞の運命決定において重要な役割を担っている細胞外シグナル分子、WntおよびTGF-βファミリーに注目し、これらの因子が引き起こす細胞内シグナル伝達経路の解析を行っている。また、これらの研究を進める過程で同定した偽性低アルドステロン症2型原因遺伝子WNKにも注目し、その機能解析を進めている。これらの研究において、分子生物学的、生化学的解析に加え、実験材料として胚発生のモデル動物であるアフリカツメガエル(Xenopus laevis)や遺伝学的解析に長けたショウジョウバエを用いた機能解析を行っている。

TGF-βシグナルにおけるTAK1-NLK経路
 TGF-βファミリーは、セリン/スレオニンキナーゼ型受容体である受容体を介して細胞内シグナル伝達経路を活性化する。細胞内シグナル伝達経路としては、転写因子であるSmadのリン酸化を介した経路と、われわれが発見したMAPKKKファミリーに属するTAK1を介した経路が知られている(Science 1995)。TAK1-NLK -STAT3経路はTGF-βファミリーリガンドの下流でSmad経路と共に中胚葉誘導に関与している(Genes & Development 2004)。

NLKによるWntシグナルの抑制制御
 NLKはTGF-β、Wnt-5aをはじめ様々な刺激により活性化される。NLKはTAK1の下流でTCFをリン酸化し、その機能を抑制し(Nature 1999)、リン酸化されたTCFはNLK結合因子であるNARFを介してユビキチン化され、分解される(J. Biol. Chem. 2006)ことにより、Wntシグナルを抑制している。

NLKシグナルによる頭部形成制御
 NLKシグナルは様々な転写因子を介して頭部形成へ関与している(Mol. Cell. Biol. 2007)。また、NLKはMAPKファミリーであるp38によってリン酸化、活性化される(Mol. Cell. Biol. 2010)。

偽性低アルドステロン症II型原因遺伝子WNK

偽性低アルドステロン症II型(PHAII)は高カリウム血症と高血圧を呈する常染色体優性遺伝性疾患であり、原因遺伝子としてプロテインキナーゼWNK1およびWNK4が同定された。我々は、WNK1結合因子としてSTE20様プロテインキナーゼSPAK/OSR1を同定し、機能解析を進め、生体内においてWNK1→SPAK/OSR1→共輸送体というシグナル伝達経路が存在し、この経路の制御異常が高血圧発症の一因である可能性を示した(J. Biol. Chem. 2005, Cell Met. 2007)。