当科開発の治療と検査
前立腺全摘後の鼠径ヘルニア発症を予防する新しい手技:腹膜鞘状突起切断法
まとめ
- 開腹の前立腺全摘後、多数(15-30%)の患者さんが鼠径ヘルニアを発症します。
- ミニマム創内視鏡下前立腺全摘後の鼠径ヘルニアの発症率は3-11%と報告されており、開腹手術より少ないものの無視できない頻度と考えます。
- 腹腔鏡前立腺全摘やロボット支援前立腺全摘後の鼠径ヘルニア発症率は6-14%と報告されています。
- 私たちは、鼠径ヘルニア発症を予防する新しい手技(腹膜鞘状突起切断法)を開発し、これにより鼠径ヘルニア発症率は1%程度に低下しました。
前立腺全摘後の鼠径ヘルニアの発症
前立腺癌に対して前立腺全摘を行った場合、比較的多数の患者さんが、術後しばらくしてから、鼠径(そけい)ヘルニアを発症します。開腹手術で前立腺全摘を行った場合、術後の鼠径ヘルニアの発症率は15-30%と報告されており、そのほとんどは術後2-3年以内に発症します。腹腔鏡前立腺全摘術後もほぼ同等の頻度で鼠径ヘルニアが発症することが報告されています。ミニマム創内視鏡下前立腺全摘後の発症率は3-11%であり、開腹手術より少ないと報告されています。この理由は後で述べます。
前立腺全摘後の鼠径ヘルニア発症を予防する新しい手技(腹膜鞘状突起切断法)の開発
前立腺全摘後、なぜこれほど高い頻度で鼠径ヘルニアがみられるのでしょうか?その本当の理由はまだ明らかではありませんが、いくつかの原因が重なって起こるものと考えられます。興味のある方は、鼠径ヘルニア発症のメカニズムの稿をご覧ください。私たちは、腹膜鞘状突起の潜在的開存および手術による腹壁の損傷の二つが前立腺全摘後の鼠径ヘルニア発症の主な理由と想定し、前立腺全摘の際、腹膜鞘状突起を切断することにより、多くの鼠径ヘルニアの発症が予防できると考えました。私たちの開発したこのヘルニア防止手技は、腹膜鞘状突起切断法と命名しました。
腹膜鞘状突起切断法は、2006年に関連施設である癌研有明病院において、開腹手術での前立腺全摘に初めて導入しました。癌研有明病院では、それまで前立腺全摘後の鼠径ヘルニア発症率は約25%でしたが、腹膜鞘状突起切断法を導入してからヘルニア発症率は1%台に減少しました。またこのヘルニア防止手技を行っても、患者さんに不利な合併症がないことも確認しました。
ミニマム創内視鏡下前立腺全摘における腹膜鞘状突起切断法
上述のように、ミニマム創内視鏡下前立腺全摘では開腹手術に比べ、鼠径ヘルニアの発症は少ないです。この理由として、ミニマム創内視鏡下手術は開腹手術に比べ、創(きず)が小さいため、腹壁の損傷が小さいためと考えられます。しかしながら、ミニマム創内視鏡下前立腺全摘においても、鼠径ヘルニアは無視できない頻度であることから、2008年より腹膜鞘状突起切断法を導入いたしました。まだ観察期間が短いものの、鼠径ヘルニア発症率は1%未満に減っています。
鼠径ヘルニアとは
鼠径ヘルニアは、一般の方には「脱腸」と呼ばれている病気です。「鼠径」とは、足のつけねの部分のことをいい、「ヘルニア」とは、体の組織が正しい位置からはみ出した状態をいいます。「鼠径ヘルニア」は、本来ならお腹の中にあるはずの腹膜や腸の一部が、鼠径部の筋膜の間(鼠径管)から皮膚の下に出てくる下腹部の病気で、立った時やお腹に力を入れた時などに、鼠径部にぷっくりとしたやわらかい脹れを自覚します。鼠径ヘルニアは、不快感や痛みを伴いますが、通常は命にかかわるような病気ではありません。しかし、手術以外には有効な治療はなく、手術後に鼠径ヘルニアが再発することもあります。また鼠径部の脹れが急に硬くなったり、膨れた部分が押さえても引っ込まなくなり、お腹が痛くなったり吐いたりすることがあります。このような時は、ヘルニアの嵌頓(かんとん)や腸閉塞の可能性があり、そうであれば緊急手術をしないと命にかかわることがあります。
鼠径ヘルニア発症のメカニズム
鼠径ヘルニアにもいくつか種類がありますが、最も多いのが外鼠径ヘルニア(間接ヘルニアとも呼ばれる)というタイプで、前立腺全摘後の鼠径ヘルニアもほとんどが外鼠径ヘルニアです。ここでは、外鼠径ヘルニア発症のメカニズムを図で説明いたします。なお、わかりやすくするため図では精管などは省略してあります。
精巣は、皆様ご存じのように陰嚢内にありますが、胎児の時からそこにあるのではなく、もともとはお腹の中の腎臓のそばで発生し(図1A)、胎児の成長とともに下降してきます。途中、鼠径部の筋肉の間のトンネル状の経路(鼠径管)を通過します。重要なことは、精巣は下降する際、腹膜も一緒に伴って降りてくるということです(図1B)。精巣の通過の方向から見ますと、鼠径管の入口が内鼠径輪、出口が外鼠径輪となります。この腹膜が鞘状に伸びた部分を腹膜鞘状突起といいます。精巣が陰嚢まで下降すると、腹膜鞘状突起は閉鎖し、通常は痕跡的となっています(図1C)。しかし、図1Dのように、腹膜鞘状突起が完全に閉鎖しきらず、潜在的に開存したままになっている人はめずらしくありません。
図1Eは、鼠径ヘルニアを図示したものですが、腹膜が飛び出し、鼠径管内に腸管などが入り込んだ状態です。図1Dのような腹膜鞘状突起が潜在的に開存している人、また高齢者など腹壁が弱くなった人は鼠径ヘルニアを発症しやすいと考えられます。前立腺全摘後など下腹部手術後も腹壁が弱くなり鼠径ヘルニアを発症しやすくなると考えられます。
腹膜鞘状突起切断法の術式
- まず骨盤内で精索を剥離し、精索を包む膜を少し切開し、精索から精管を剥離します。
(図2A) - すると精索内の構造がよく見えるようになります。腹膜鞘状突起は通常は痕跡的で細いですが、人によっては太い場合もあります。腹膜鞘状突起と精索血管群の間を剥離します。
(図2B) - 腹膜鞘状突起を結紮し、切断します。これにより外鼠径ヘルニアになる道筋が絶たれることで、鼠径ヘルニア発症の予防になると考えています。
(図2C)
参考文献
-
*Fujii Y, Yamamoto S, Yonese J, Kawakami S, Okubo Y, Suyama T, Komai Y, Kijima T, Fukui I.
Urology. 2010;75:713-7.
A novel technique to prevent postradical retropubic prostatectomy inguinal hernia: the processus vaginalis transection method. -
Koie T, Yoneyama T, Kamimura N, Imai A, Okamoto A, Ohyama C.
Int J Urol. 2008;15:226-9.
Frequency of postoperative inguinal hernia after endoscope-assisted mini-laparotomy and conventional retropubic radical prostatectomies.>
*当教室の論文











