私たちの臨床に対する理念

私たちは、世界標準の泌尿器科診療を患者さん中心に行ないつつ、泌尿器科の世界的な課題に対して、「目の前の患者さんと社会に直接役立つ、実践的な新医療を開発あるいは洗練する」ことを目指しています。具体的な例を下に挙げさせて頂きますが、これらに対する国際的な評価も併せて一読していただければ幸いです。
これまで経験したことのない、現在進行中の社会状況つまり「未曾有の超高齢化」、「新規医療の高額化」および「低炭素化」は、患者さんとご家族に直接ふりかかる深刻な問題です。 私たちは、これらの状況に適した医療作りを行い、「良質の医療を誰もが受けられる環境」を守り育てることに貢献することを目指しています。世界が高く評価している日本社会の安全は、このような医療環境から生まれているとも言えます。上に挙げた3つの社会状況は、日本に限らず全世界が今後直面する課題でもあるため、世界への貢献にもつながるものと考えています。
当科で開発・洗練を進めている新しい診断・治療法の一部を紹介致します。良質で経済的な医療がその基本です。他はトップページからのリンクをご参照頂ければ幸いです。
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ガスを使わず、経済的で、質の高い低侵襲手術=ミニマム創内視鏡下手術の開発。
CO2 ガスを使わず、臓器が取り出せるミニマム切開のみで、経済的に、安全に行なう低侵襲手術を泌尿器科のほぼ全ての臓器において開発・洗練してきました。この手術を国内および国外へ普及を進めています。本手術は現在、保険診療あるいは先進医療となっており、法人学会(日本ミニマム創泌尿器内視鏡外科学会)が2008年に設立され当科が事務局になっています。また、海外には gasless single port surgery として紹介し、評価(受賞)を受けています。 さまざまな疾患、経済状況にある数多くの患者さんに質の高い低侵襲を提供できる手術、かつ、次世代のロボット手術 gasless single port robotic surgery の原型になる手術と考えています。

- 癌の有無、悪性度、位置を最も正確に診断できる前立腺生検法=26箇所・14箇所立体生検法の開発。
「前立腺癌の治療は生検から始まる」と言えます。この考えを基盤にした立体生検法です。欧米にも発表と紹介を進め、評価を受けています。数多くある前立腺癌の治療を選ぶ際に、患者さんひとりひとりにとってその決定の拠り所となるものです。より良い選択がなされれば、その後の負担が消失あるいは軽減され、患者さんのみでなく広く医療経済にも好影響を与えるものと考えています。
以下の膀胱癌、腎癌、前立腺癌に対する3つの部分治療は、患者さんの最大利益を目指して開発・洗練しているものです。
- 浸潤性膀胱癌に対する、膀胱温存治療法=LCRT-PC 法(低用量の化学放射線療法+低侵襲の膀胱部分切除+骨盤リンパ節郭清)の開発
膀胱を摘除した後の回腸導管や新膀胱(腸で作る膀胱)は、いずれも程度の差はあれ生涯にわたり生活の質を落とし、医療経済にも負の影響をもたらすと考えています。この治療法(LCRT-PC法)は、緻密な治療計画に沿って、膀胱全摘除が可能な状態で経過観察を行う膀胱温存法です。現在、世界的に膀胱全摘除の対象とされている患者さんの少なくとも3分の1は膀胱を温存できています。浸潤性膀胱癌の新しい部分治療法であり、国内、海外への紹介を進めています。
- 小径腎癌に対する、腎機能を最も保つ低侵襲手術=無阻血・ガスレス・シングルポート・腎部分切除法の開発
超音波凝固装置、マイクロ波凝固装置、超音波ガイドなどを併用し、腎血流を保ったまま、CO2 ガスを使わず、小さな切開(シングルポート)で行う腎部分切除法です。腎機能を最も保てる手術法と考えています。腎機能は、生命予後に影響をもたらす重要な要素であり、超高齢社会ではその温存は特に重要と考えています。海外へも発表・紹介を進めています。
- 前立腺癌に対する、小線源療法を用いた前立腺部分治療法の開発
前立腺癌の部分治療を、確立された放射線療法である小線源療法を用いて行っています。精密な前立腺生検とMRI検査に基づき、癌のある部位は治療し無い部位は無治療経過観察とし、最小の副作用で十分な効果をもたらす治療法と考えています。
- 耐性菌の無い医療環境の確立に向けた、抗菌薬過剰使用回避法の開発
抗菌薬の効かない耐性菌の出現と同菌による医療環境の汚染は、深刻な医療問題です。日本は世界でも屈指の耐性菌の多い国であり、抗菌薬の過剰使用がその主因と指摘されていますが、耐性菌汚染と抗菌薬使用はいたちごっこの状況です。私たちは手術部位の大量生理食塩水による洗浄を徹底すること、また皮膚縫合や処置法を最適化することで、根治的腎摘除、副腎摘除、腎尿管全摘除などでは抗菌薬を使わず、前立腺全摘除などでは1回のみの使用で目的を達成しています。耐性菌の克服に対して10年以上かけてノウハウを蓄積し、病棟の耐性菌の最小化を達成してきました。この方法を海外でも発表・紹介しています。患者さんと医療経済に直接貢献する方法と考えています。
- 進行腎癌に対し、経済的で効果の高い分子標的療法(血管新生抑制療法)=I-CCA 療法および CCA 療法の開発
次々に登場する抗癌剤は、分子標的薬を中心に劇的に高額化しています。私たちは、これらの薬剤と同等の効果を持ち、かつはるかに経済的な I-CCA 療法を開発し、海外へも紹介しています。
- 「健やかな中高年人生には蓄尿と排尿のコントロールが不可欠」であり、蓄尿・排尿障害の最先端治療に取り組んでいます。尿失禁の手術にも独自の工夫を加えています。蓄排尿障害は医療経済から見ても大きな問題です。

*:「未曾有の高齢化」、「医療の高額化」、「低炭素化」
日本を筆頭に、中国など人口の多い国を含めて、世界は急速に「超高齢社会」に向かっています。わが国では現在、約4人に1人が65歳以上ですが、2030年には3人に1人、以後は2人台に1人が65歳以上になると推定されています。また現時点で(2010年)、80歳以上の人口は800万人を超えています。高齢者は若年者の約5倍、医療機関にかかると言われており、医療を必要とする人口が著しく増加するとともに就労人口の減少が重なり、「良い医療を貧富の差無く受けられる医療制度」の維持は極めて困難になると危惧されています。
一方、医療を支える国の経済をみますと、年間医療費は約35兆円で、ほぼ税収規模(約37兆円)になっており、かつ毎年1兆円ずつ増加しています。また、周知のように国の経済は2009年末時点で債務超過状態であり、健康保険組合の多くは赤字で、世界に誇る医療制度の維持が超高齢化と経済悪化の両面から圧迫されています。
さらに新規医療の著しい高額化がこの状況に重なっています。例えば米国では、結腸癌(末期)に対し5年前500ドルを要していた医療費が、現在では30~50万ドルにもなっていると言われており(分子標的療法などのため)、新規医療の著しい高額化と未曾有の高齢化が主要諸国の社会保障制度を左右する深刻な課題になっています。これらの状況より、「良質かつ支払可能なコスト」は、医療における世界的なキーワードになっています。
社会が直面する、もう一つの課題は「低炭素社会」です。地球温暖化に対して様々な議論はありますが、CO2 削減はすでに世界の潮流になり、「低炭素」に焦点を合わせた経済構造の転換が大規模に進められています。太陽光発電、風力発電、電気自動車、CO2 の地下埋設処理などが推進され、CO2 排出権取引、炭素税の導入など家庭レベルから国際レベルまで対応が進められています。また、ヨーロッパ連合(EU)は、10年後から実質的に CO2 を排出しないエコ建築を義務化することを決定しており、これには病院も含まれています。
病院における CO2 については、環境のみでなく低侵襲手術で行なう CO2 による気腹(お腹に注入して圧を上げる)が患者さんの呼吸・循環系のリスクを作ることも問題です。超高齢化社会では、呼吸機能や循環機能の低下した患者さんの増加が予測されますので、この点からも CO2 不使用が望ましいと考えられます。つまり CO2 は、現在から将来にわたって社会と患者さんの双方に負荷になるものであり、「脱 CO2 」は世界のキーワードになっていると言えます。
(木原和徳 記)


