東京医科歯科大学 精神科 大学院医歯学総合研究科 精神行動医科学分野


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教室の紹介

沿革

当教室は、昭和19年5月に初代教授島崎敏樹が東京医学歯学専門学校時代の本学に精神病学教室を開設した時に始まる。昭和21年には、東京医科歯科大学となり、教授1名、看護婦1名の体制で外来診療が、昭和23年1月に本院4床、国府台分院2床(昭和24年に閉鎖)を使って入院診療がそれぞれ開始された。昭和25年に診療科名が精神科から神経科となり、昭和30年には教室名が神経精神医学教室に変更された。島崎教授は、昭和42年、定年前に勇退され、同年 10月には金沢大学から島薗安雄教授を迎えた。

島薗教授が着任された時、当教室は、前年のインターン闘争から端を発した学園紛争の嵐の中にあったが、昭和44年には講義、診療業務なども正常化に向かった。昭和47年、診療科名が神経科から精神科神経科に改称された。島薗教授は、眼球運動を中心とした精神生理学的研究をはじめ、神経化学、精神病理学などの領域の研究を推進され、昭和57年4月、ナショナルセンター設立準備のため国立武蔵療養所所長に就任、同年9月まで当教室教授を併任された。

昭和58年4月、高橋良教授が長崎大学から着任された。高橋教授により、WHO西太平洋地区の協力センターに関係した国際共同研究が進み、昭和62年には、本学と北京医科大学の間に大学間学術協定が結ばれた。また、WHOが作成した国際疾病分類第10版の「精神および行動の障害」の草案の日本における多施設実地試行を組織、遂行された。残念なことに、昭和63年、高橋教授は病に倒れ、同年秋に亡くなられた。

平成元年11月、信州大学から融道男教授が着任された。平成3年に、当教室は正式にWHO協力センターと認定され、融教授が所長に就任された。融教授のもとでは、新たに精神疾患の分子遺伝学および脳画像解析的研究が進んだ。平成10年3月に融教授が定年退官された後、平成11年10月、国立精神・神経センターより西川徹教授が着任し現在に至っている。本教室は、東京医科歯科大学の大学院重点化に伴い、平成11年4月より現在の名称である大学院精神行動医科学分野に変わった。同窓会会員数は平成26年4月現在419名である。