12.視覚:光学器械としての眼

 視覚系の働きは、「ものを見る」ことにあるといえる。しかし、「物を見る」と いっても、それは、丁度写真が印画紙に写るような外界のモザイクが眼の内に生じ るのではない。我々の脳は積極的に眼から入って来る情報を取捨選択、変容させ、 それを利用し、行動に結実する。以下このような「物を見る」ということは何か について説明する。 眼は、 (イ)外界の物体の像を網膜上に結ばせ、 (ロ)網膜内にある受容細胞で光を受容し (ハ)さらに、受け取った光情報を変容する。その情報を、中枢視覚系に送る。 この章では、この第一段階、すなわち光学器械の眼について述べる。

§1.眼の構造

 眼は3層の膜よりなる。  (イ)最外層は、外膜である。光のはいる前方は透明な角膜(cornea)で、側方後方 の白色の強靭な線維性膜である強膜(sclera)に移行する。  (ロ)中膜の側後方は、暗褐色の色素細胞と血管にとんだ脈絡膜(choroid)である。 前方に来るとそれが海綿状に肥厚した毛様体(ciliary body)となり、更に 前方に来ると写真の絞りに相当する虹彩(iris)となる。  (ハ)内膜は網膜(retina)である。非常に薄い層(200μ)である。ここで光の受容が 行われる。網膜は眼の後内側で視神経が入るところで欠除しており、これを 視神経乳頭(optic disc) という。乳頭より外側部に黄色い黄斑(macula lutea) があり、その中央部は陥凹した中心窩 (fovea centralis)となる。 眼の内には毛様体につられた形で水晶体(lens)があり写真機のレンズに 相当する。水晶体より前の部分は透明な水様液(aqueous humomr)で満たされ た眼房(chamber)がある。眼房は、紅彩によって前眼房(anterior chamber)と 後眼房(posterior chamber)に分けられる。水様液は毛様体部の毛細血管から 濾過し後眼房から前眼房に行き前眼房のすみにあるシュレム管(canal of schlemm)から吸収される。このような水様液の吸収が悪くなれば眼圧が上昇 して、緑内障(glaucoma)となる。水晶体より後方はゼリー状の硝子体(vitreus humor)で満たされている。  眼の前極と後極を結んだ軸を光学軸(potical axis)といい、また、視線を 物体に向けたとき光が通る軸を視軸(visual axis)という。後極より1mm外側より である。

§2.眼のOptics

 眼は物体の像を網膜上に結ばせる1つのレンズ系であるということができる。 そのために光を屈折しなければならない。レンズ系の屈折の特性は()光の通る 媒質(即ち眼の内容物)の屈折率と()屈折面の位置、及び()その曲率半径に よってきまる。 眼は屈折率1.3-1.4の媒質でできている。  レンズ系の屈折力(refractory power)は焦点距離の逆数であらわす。屈折率n の媒質で焦点距離F(m)のレンズは、 n   屈折力 = ──── D(diopter) F(m) である。眼は曲率半径5.7mmの単一球面が屈折率1.333の媒質を空気から境する 屈折系である。球面の頂点が主点、曲率中心が節点となる。焦点距離-17.1mm 22.8mmとなる。以上のように表すことができて、これをGullstrandの省略眼という。 従って、      1.0003   1.3333 屈折力=───── or ─────=58.48 D 0.0171 0.0227 である。水晶体のない眼(aphahic eye)の屈折力は43Dである。従って、 58Dの内、大半は角膜の寄与による。

§3.模型眼(schematic eye)と省略眼(reduced eye)

 眼のレンズ系の光学的主要点(主点、焦点、節点)は前述の光学的特性から 決めることができる。 <図13−1>  第1主点−第2主点間の距離0.26。 第1焦点−17.055mm、第2焦点 22.785。節点は第2主点より5.4mm、0.3 mmの所にある。 角膜頂点は第1 主点より1.35mmの所。上記の特性をもつ眼をGullstrand の模型眼といい。成人眼 の無調節状態における平均的特性をあらわす。  模型眼を更に簡略化した物が省略眼である。これは、主点、節点ともに1つと 見なし、曲率半径が主点−節点間の距離に等しい単一面の屈折系として表した ものである。

§4.眼の調節

 近くにある物体を見るよう目を適応させる過程を眼の調節(accomodation of the eye) という。これは眼のレンズ系の屈折力をまし、物体の像を網膜上に結ば せることによって達成する。  正常の休止眼の後焦点は網膜上にある。従って、無限遠にある物体の像が 網膜上に結ばれる。従って、近くにある物体の像は網膜の後方に結ぶ。そこで、 眼のレンズ系の屈折力をまし、物体の像を網膜上に結ばせるようにする。屈折力 の増加は水晶体の曲率の増加による。それは、 (イ)毛様体筋収縮。角膜強膜結合部と小帯線維起始部にはる放射状線維 (meridional fiber)と網様体内にある環状線維(circular fiber)が収縮する。 (ロ)すると小帯線維(zonal fiber)は前内方に引かれ弛緩する。 (ハ)水晶体は弾性のため曲率がます。 <図13−2>  水晶体の曲率がますとき、特にその前面の曲率が大となっている。このことは、 次のような古典的な観察によって分かる。いま、人の眼の前に「ローソク」を おくと瞳孔に3つの像が認められる。 <図13−3> (イ)角膜表面からの反射による正立虚像(a)、 (ロ)水晶体前面からの反射による正立虚像(b)、 (ハ)水晶体後面からの反射による倒立実像(c) である。これらを Purkinije Sanson の小像という。調節時には(b)の像が 著しくちいさくなり(c)のぞうが少し小となる。このことから水晶体前面の 曲率が大となることがわかる。

§5.調節力(power of accomodation)

 調節によって屈折力をまし得る能力を調節力という。  休止眼で網膜に結像する外界の点を遠点(far point,R)という。このときレンズ 系の屈折力は、    1    1   1   ── = ── + ── (D) f R K 但しKは主点から網膜までの距離 できるだけ調節した時網膜上に結像する外界の点を近点(near point,P)という。 このときの屈折力    1    1   1   ── = ── + ── (D) f' R K レンズ系の調節力は         1   1 1 1   A = ── ─ ── = ── ─ ── (D)     R K P R すなわち、近点の距離の逆数から遠点の距離の逆数を引いたものとなる。 無調節眼の前に(厳密には主点の位置)に A Diopterのレンズをおくと、近点から 発した光が網膜に結像する。  正視眼(emmetropia; 20才健康人)では、遠点は無限遠、近点は10-15cmである。 従って、調節力は 1   1 A=─────── ─ ── = 10 〜 6.7 D 0.10 〜 0.15 ∞ となる。年齢とともに水晶体の弾力の減少により近点が大となる。従って調節力は 低下する。45才以上となると近点が25cm以上となり、読書が不自由になり 凸レンズで補正しなければならない。これを老視(presbyopia)という。

§6.屈折異常 (Frror of refraction)

無限遠の像が網膜上に生じない場合を不正視(ametropia)という。次の種類がある。  (イ)近視(myopia;)網膜より前に結像。  (ロ)遠視(hyperopia;)網膜より後に結像。  (ハ)乱視(astigmatism;)レンズ系の屈折力が方向によって異なる。

§7.検眼法(Ophthalmoscopy)

 瞳孔を通じて眼内部をのぞき見る方法を検眼法という。 (イ)被検眼の眼底(fundus)を照射することと (ロ)眼底の像をつくる工夫が 必要である。 <図13−4>  直像検査法。検者と被検者が充分近づき、直接被検眼の眼底をのぞく。両者の 眼とも正常ならば、無調節の時、被検眼の眼底の一点から出た光は眼を出ると 平行光線となり、検者眼の網膜に結像する。このとき、被検者の眼底は検者眼の 眼底に倒像を結ぶから、被検眼の眼底は直像として見られる。このとき眼底像の 拡大率大で、視野は狭い。もし不正視があればレンズで矯正すればよい。  倒像検査法。被検眼の眼前に10Dの凸レンズをおいて40cmはなれて検眼する。 レンズの前10cmの所に倒立実像が生じる。眼底像の拡大率小であり、視野は ひろい。

§8.瞳孔運動の調節

 瞳孔は交際の中央に開く円形の小窓である。網膜に達する光は全てここを通過 する。虹彩は写真の絞りに相当し、瞳孔の大きさを調節し、入射光量と眼の焦点 深度に影響をあたえる。  強い光下では直径3mm、完全暗黒下で8mmで入射光量の調節には少ししか役に 立たない。  瞳孔の大きさは虹彩にある2つの筋、瞳孔散大筋 (m.dilator pupillae) と 瞳孔活約筋 (m.constrictor pupillae) による。前者は瞳孔縁に対し放射状に 走り、その収縮により散瞳(mydriasis) が生じる。後者は輪状に走り、その収縮 により縮瞳(miosis)が生じる。  瞳孔散大筋は毛様脊髄中枢(C8,T1)により支配される。瞳孔活約筋は中脳 動眼神経副核(Edinger-Westphal核)より支配を受ける。この2つの神経が拮抗的 に支配している。頚交感神経が麻痺すると毛様脊髄中枢の支配がたたれる。 (イ)縮瞳、(ロ)眼瞼下垂(ptosis)、(ハ)眼球陥没(emophthalmos),(ニ)顔面の 血管拡張、皮膚温上昇、発汗停止が生じる。これを Hornerの症候群(Horner's syndrome)という。  睡眠時には瞳孔は小さい。睡眠状態では、一般に副交感神経の緊張増加、 交感神経の緊張低下があるので、縮瞳が生じると考えられている。 感覚刺激、感情亢進、筋運動時に散瞳が生じる。  全身麻酔では始め散瞳、次に縮瞳、最後に散瞳。最後の散瞳は、中脳部の機能 低下をあらわす。  縮瞳薬として、ピロカルピン(pilocarpine)、アセチルコリン(acetylcholine)、 フィゾスチグミン(physostigmine)、エゼリン(eserine)、モルフィン(morphine)、 散瞳薬として、アドレナリン(adrenalin)、アトロピン(atropin)、コカイン (cocaine)がある。

§9.対光反射(light reflex)

 眼に入る光の強さが急に増すと、瞳孔が小となる。刺激した側の眼の反応は 直接対光反射(direct light reflex)という。他側の眼のものを共感性対光反射 (consensual light reflex)といい、少し弱い。  反射経路は視神経→視蓋前域→両側性動眼神経副核 (Edinger-Westphal核)→ 動眼神経→毛様体神経節→縮瞳筋。  暗い所での散瞳の反射経路はわかっていないが視蓋前域は通らないで、 毛様脊髄中枢→毛様体神経節→散瞳筋の経路をへるという。 <図13−5> <図13−6> <図13−7>

§10.近距離反射 (near reflex)

 近距離にある物体を見るとき、(I)幅輳(収束、convergence); 眼の内直筋収縮し、像を左右網膜の対称点(corresponding point) につくる。 (II)適応(accomodation)、水晶体の曲率をます。(III)縮瞳する。 これらは随意的に近い物体を見るとき生じるが、物が眼に近づくと反射的に生じる。  脳梅毒では対光反射(−)、近距離反射(+)であり、Argyll-Robertson の瞳孔 という。これは、視蓋前域 (pretectal region)がやられるためといわれていた。

§11.瞬目反射

 網膜→中脳蓋→tectobulbar tract→顔面神経核→眼輪筋の反射経路を通って 生じる。角膜反射(corneal reflex)は三叉神経核→顔面神経核→顔輪筋の路を 通る。

§12.眼球運動の調節 (P.298参照)

参考文献 Capenter, M.B. and Pierson, N.J. Pretectal region and the pupullary light reflex. Anatomical analysis in the monkey. J. comp. Neurol. 149: 271-300. 1973. Pierson, R.J. and Carpenter, M.B. Anatomical analysis of pupillary reflex pathways in the the rhesus monkey. Science 1973, 181, 810-810.