36.動機づけ・情動

§1.脳の三位一体説
 MacLean は、ヒトも含めた動物の精神活動およびそれによって生じる行動と、脳との関連について次のような説を提出している。
 脳では、間脳以下の脳幹にすでに個体維持、種族保存に必要な行動が生じるための神経機構が備わっている。あとはただそれを駆動するものが必要なだけである。駆動するものは3つあり、脳幹のまわりに内側から徐々に段階をへて進化してきた(図7-10)。一番古いものは脳幹を直接覆っているR-領域 R-complex である。これは数億年前に爬虫類において発達し、個体維持、種族保存に基本的な行動、たとえば食物をさがす、狩をする、つがいになる、交接するといった行動は、すでにここを基盤として駆動され生じる。R-領域をとりまいて辺縁系 limbic system がある。これは数千万年前哺乳類において発達した。ここは情動 emotion の座であり、上述の個体維持、種族保存のための行動をもっと複雑で精密なものにしている。
 そして一番外側に新皮質 neocortex がある。これはいまから数百万年前、特に霊長類の出現とともに急速に発達した部分である。ここはその内側の脳のように、遺伝によって多かれ少なかれ規定される行動の場ではない。視覚、聴覚、体性感覚等による外部環境からの情報獲得の場であると同時に、学習による行動獲得の場である。
 以上の考えは十分受け入れがたい面もある。しかし生得的ないし比較的低次の適応行動を前脳のうち系統発生的に古い部分に、高次の学習行動を新皮質に求めることは、以下述べる脳の総合機能を理解する助けとなる。この項では、比較的低次の生得的な行動の脳内機構について述べ、次項で学習行動の機構について述べる。

§2.動機づけ motivation
 動機づけとは、動物が一定の目的をもち組織立った organized 行動を生じる傾向をいう。強く動機づけられているということは、特定の行動を生じる強い傾向があるという意味である。
 動物には生得的に備わっている基本的な動機づけとして、飢え(渇き)、痛み(温度)、性(母性)、探索の4つの動機づけがある。これらの機序については第6章の供峪訃臆蕊瑤畔娜鏃蓮廚旅爐鮖仮箸垢襪海函
 動機づけにおいて生体を行動に駆り立てる力を動因 drive という。一方、動因を引き起こす外的原因を誘因 incentive という。例えば飢えの動機づけにおいて、空腹という動因が、食餌という誘因に向かって行動を生じさせるということが出来る。

§3.摂食の統御
 視床下部には、摂食中枢 (feeding center) と満腹中枢 (satiety center)があり、両者が相互に作用しあって摂食を制御している。
 摂食中枢は外側視床下部にある。その部位をを刺激すると、意識ある動物は摂食行動を起こす。破壊すると食欲が消失(無食欲; anorexia)し、やせ衰えて死ぬまで摂食しない。それに反して、満腹中枢は腹内側視床下部にある。そこを刺激すると摂食停止をひきおこし、破壊すると多食 (polyphagia) と肥満(obesity) が生じる(図37−2)。このとき、代謝は変化していない。
 満腹中枢の細胞は、ブドウ糖を摂取し、その摂取が他の脳細胞と異なり、インシュリンによって調節されている。そこで、食欲調節に関する恒糖細胞仮説(glucostatic hypothesis) が提唱された(J. Mayer, 1953)。満腹中枢内のある細胞では、そのブドウ糖利用度の低いとき(普通の場合は、血中ブドウ糖濃度が低下したとき)、電気活動が低下する。この状態では、摂食中枢の活動は抑制されず、動物は空腹を感じる。ブドウ糖利用度が高まると、この細胞の活動は増大し、摂食中枢は抑制され、動物は満腹を感じる。この仮設は、
  糖尿病時は、血糖は高いが、インシュリン欠乏のため、細胞のブドウ糖利用度が低下しており、したがって、食欲亢進が生じる事を説明する。
  チオグルコース金を注射した際、視床下部内側の細胞はこの毒物を取り込み、細胞を破壊する。それで、外側の摂食中枢の抑制をなくし、多食肥満が生じる事を説明する。
  ガラス微小電極を通じて、個々のニュ−ロンに局所的にブドウ糖を与えると、内側視床下部の細胞の 1/3 がインパルス頻度を増大させる。また、外側視床下部の細胞には、ブドウ糖によって特異的に抑えられるものがある。この抑制は細胞膜の過分極によって生じる。さらに、この過分極は、ナトリウム・イオンの能動輸送の賦活によるという。
 その他、視床下部内の乳頭体や、視床下部前部を刺激しても、摂食行動が生じるという。さらに、辺縁系も食欲の神経性調節にあずかっている。扁桃核の損傷は中程度の過食を引き起こす(Kl¨uver−Bucy症候群の1つ)。視床下部の満腹中枢損傷による過食との違いは、この場合、粗末なもの、腐敗したもの、食物でないものも食べてしまう。おそらく、摂食に駆り立てるのが、視床下部の摂食中枢で、食べられものだけを食べるように制御しているのが辺縁系であろう。辺縁核を刺激すると、噛む、なめる、嚥下、嘔吐運動が生じる。

§4.飲水制御
飲水中枢はネズミでは、外側視床下部で、摂食中枢の後方にある。イヌ、ヤギでは、背側視床下部の室傍核外側後方にある。これらの部位(ヤギのの脳弓と乳頭体視床路の間;B. Andersson & SM Mclann, 1955) を電気刺激すると飲水(polydipsia) が生じる。また、同じ部位に小量の食塩水を注入すると、同様な効果が現れる。さらにこの部位を破壊すると、水分摂取を減少または停止(無飲症 adipsia)する。
  これらの事は、視床下部には体液の滲透圧に感受性を持つニューロン (osmo-receptor) があり、それが体液の滲透圧が高まると刺激され、渇き (thirst)の感じが生じ、飲水行動を動機付けると考えられる。
 視索上核のニューロンには、頚動脈に高濃度の食塩水やブドウ糖を注入すると活動頻度を上昇するものがある。これが、滲透圧受容ニューロンではないかと考えられている。

§5.体温保持の行動的制御
 哺乳動物における体温調節は、大部分行動と無関係に行われる(前述)。しかし行動的にも行われる。寒い時の身震いや、歩き廻って体の発熱量を増加させたり、衣類を着たり、熱源に近づいたりする。これらの行動の動因は体温の低下である。また逆に、暑さによって体温を上昇させると、テコを押し、冷水で体温を低下する行動を作ることができる(図37ー3)。
 視床下部後部を電気刺激すると身震いに似た筋の収縮が生じる。この部を破壊すると、低温に曝しても身震いが生ぜず、体温がどんどん低下してしまう。
 一方、視床下部前側を電気刺激すると、動物は息をハアハアはずませ(あえぎ)、皮膚の血管が開き、体温が低下する。また低温で生じた身震いが停止する。この部分の破壊によって高温下でも息をハアハアさせることがなく、体温は容易に上昇してしまう。
 視索前核のニュ−ロンの80%は局所的な加温に応じる。また小数は局所冷却に応じる。以上のことから、視床下部の温度受容野性ニュ−ロンが、体温保持行動の動機づけに関与していると考えられている。
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[熱の生成]
 熱は、代謝の化学的変化に伴って発生する。熱を発生する主な器官は、筋・肝・心・腎等である。そのうち筋が最も重要である:安静時、全体の3/4の熱を発生し、運動時は全体の90%を発生。寒冷時に反射的に緊張を増して発熱を盛にする。甚だしいときは「ふるえ」を起こして盛んに熱を出す。これに反し、温度が上がると筋は、反射的に弛緩し、熱発生が減少する。
[熱の放散]
 発生した熱は次のようにして失われる。
1、不感蒸泄
 (a)呼吸器から440gの水分			255	 11	25
 (b)皮膚から  580gの水分			336	 14
2、輻射					890	 37	66
3、対流					711	 29
4、食物・空気の加温
 (a)1500gの水(15゜C→37゜C)	 33	1.5
 (b)1050gの食物(25゜C→37゜C)	 14	0.5	9.0
 (c)11500lの空気(15゜C→37゜C) 75	3.0
 (d)排出される398lのCO2	 	 86	4.0
		計   		   2400Cal 100%

§6.性行動の制御
 性行動は、基本的には性ホルモンで支配され、また神経系でも統御される。
 性欲とホルモン ネズミは、こう丸や卵巣を除去すると性欲(性行動への意欲)も起きず、また性行動も消失する。去性動物に性ホルモンを注射すると性機能が回復する。この場合、オスではテストステロン、メスではエストロゲンが最も効果を締め果たす。
 霊鳥類の性欲、性行動も、性ホルモンの影響を受ける。しかし、こう丸や卵巣を除去しても性欲、性行動に著しい変化がみられないのは副腎皮質からもアンドロゲン、エストロゲンが分泌されていることによるかも知れない。しかし、よりヒトでは性機能がより大脳化されているため、本能やホルモンの統御を受けにくいためと思われる。
 性統御の神経機構 すべてに述べたように新皮質も性行動統御にあずかる。ネコ、サルの雄の前頭葉を損傷すると性行動が抑制される(Kluver-Bucy)。一方、辺緑系に属する海馬傍回を両側除去すると、ネコ、サルの雄の性欲が著しく昂進する。発情期メスの新皮質及び辺緑系皮質を除去するとオスを求める誘惑行動が消失する。視床下部前部の破壊でも同様なことが生じる。ラットの交尾行動は、学習なく生じる生得的なものであるという。しかし、サルになると学習要素が強く含まれるようになる。まったく交尾の経験のない雄雌を一緒にしても、興奮するだけで何もできないという。
 脊髄動物でも、生殖器を刺激すると、雄ザルで陰茎勃起や射精を起こすことができる。雌ザルでも刺激によって交尾時の尻をつき出す姿勢(プレゼンティング)をする。これらのことは、脊髄には性行動に関するプログラムが内蔵されているということを示している。
 これらの性行動を開始させる部位は、視床下部の内側視索前野(MPOA;前交連と視交又の間にはさまったところ)にあるという。MPOAを破壊すると雄アカゲザルの性行動が減退し、性ホルモンを投与しても回復しない。ホルモンの作用部位がなくなったからである。MPOAを電気的に刺激すると、雄アカゲザルでは、陰茎勃起から始まって腰を突き出す運動 (thrusting)、雌ザルに背乗りする行動(Mounting)を誘発できる。また雌のルスザルでは、MPOAの刺激によりその尻をつき出す運動(presenting)や陰核拡大、呼吸数増加、発声、尿をもらすなどの自律反応がおこる。
 射精に関してはMPOAよりも、その約2mm後方に存在する背内側核(DMH)の刺激の方が有効である
 視床下部内側視索前野領域のニューロンは、性行動中のオスザルの雌を獲得する前に最も活動が高く、性行動に入ると活動を低下する。一方、視床下部背内側核のものは性活動中に活動を上昇する。

§7.情動 emotion 
 情動とは、比較的高等な動物で生じる特異的な動機づけの状態である。すなわち喜怒哀楽、嬉しい、楽しい、恐れ、怒り、悲しいなどの多様で複雑な状態を指す。
 このように一見関連のない多様な状態も、よくみると共通の面をもっている。それは第1に、筋運動と自律反応を含む情動反応 emotional reaction ないし情動表出 emotional expression を伴うという面である。表情の変化、交感神経系の興奮状態を示す心拍数の増加、逃げたり襲いかかってくる行動はその例である。第2に、情動は動因、すなわち生体を行動に駆り立てる力をもっている。たとえば、動物がある場所に行くと餌が得られるようにしておく。すると動物はたびたびその場所に近づくようになる。このことは、「その場所にいって餌を食べること」が動物に快情動を引き起こし、この快情動が動物を近接行動に駆り立てていると考えられる。
 情動は、生得的に生じるという。動物が棒で突かれたとき怒り情動を発したり、皮膚に電撃をうけ、恐れ情動を発するのに学習はいらない。チンパンジーやヒトが、ヘビや死体を見て恐れるのも生得的である。
 Papezは、情動発現の脳回路として、
   唖帯状回→海馬→脳弓→中隔核→乳頭体
      Α                             
   謙せ訃価鯵泡がががががががががががが

を考えた。その何処が破壊されても情動の発現が冒されるからである。

§8.恐れと怒り fear and rage
 動物の恐れは逃避 escape または回避 avidance 行動として表現され、怒りは闘争 fighting または攻撃 attack 行動として現れる。これらはどちらも、立毛筋収縮、散瞳、血圧上昇、速脈、発汗のような自律反応を伴う。恐れと怒りは混合して生じることもあることが示すように、動物周囲の威嚇に対して個体保全、身体防御に関連して生じる情動といえる。

§9.怒りの脳内機序
 怒り情動の表出の機序は皮質下で生じる。このことは、大脳皮質を摘除した除皮質イヌ decorticate dog にちょっとした刺激を加えると、イヌが容易に怒りを示すことからわかる。怒りは刺激源に向かって現れ、この限りでは本来の怒りとなんら変わらない。しかし除皮質動物の怒りでは、刺激源をかみつくといった攻撃行動は生じない。そこで、この怒りを見かけ上の怒り sham rage と呼んだこともあった。またこの時、通常では怒り情動を引き起こさないような弱い刺激でも怒りを引き起こすので、大脳皮質は情動発現を抑えていると考えられる。
 中脳動物では怒り情動は生じない。それで怒りは大脳皮質より下位、中脳より上部の脳構造によって生じることがわかる。そのうち、視床下部は、怒り、情動発現に重要な役割を果たす。動物が自由に行動できる状態下で、視床下部を電気刺激すると怒りが生じる。怒りが生じる部位は、視床下部外側部から中脳の中心灰白質に広がる部位である。
 さらに、視床下部以外でも怒り情動に関連をもつ部位として扁桃核がある。ネコで扁桃核の弱い電気刺激は探索反応を引き起こし、強い刺激は怒り反応を引き起こす。また、両側扁桃核を完全に破壊すると、通常なら怒りを引き起こす刺激を与えても、動物は怒りを示さなくなる。これは、Kluver-Bucy 症候群の1つとして現れる(361頁)。
 さらに中隔野も怒り情動発現に関係している。ネズミで中隔野を両側性にこわすと攻撃的となる。このとき、さらに扁桃核を摘除すると攻撃行動が消失する。このことは中隔野と扁桃核が情動発現に拮抗的に働いていることを暗示する。
 以上のことから、情動発現に関する脳の構造にも階層 hierarchy を考え、それは中隔野→扁桃核→視床下部→中脳の順であると考える人もいる。

§10.快情動と自己刺激
 動物はヒトのように楽しい、嬉しいといった快情動を示すことが少ない。しかし自己刺激 self-stimulation の現象を使って快情動を研究することができる。
 図7−11のように動物をテコのある箱にいれ、テコを踏むと脳の一定部位に頻数電気刺激が短時間与えられるようにしておく。動物があるはずみでテコにふれ、脳に刺激が与えられる。するとある刺激部位(たとえば視床下部)では、以後くりかえし、くりかえしテコを押し、倦むことを知らない。1時間8000回もテコを押す。このとき自己刺激は強力な動因となることができる。動物はいろいろな罰刺激を乗り越えて自己刺激を続行する。また動物は自己刺激期間中、あたかも快楽をむさぼっているように見える。ヒトで同様な部位を刺激すると、気持ちがよい、緊張から解放された、くつろいだといった「感情」が生じるという。
 これと同じ実験条件下で、脳の他の部位(たとえば中脳背側)を電気刺激すると、動物は逆にテコを回避するようになる。ヒトで刺激回避が生じているときは、不安感、恐れが生じるという。
 以上のことから、脳には表7-1のような2つの情動系があって、それらは互いに相反的に働いていると考えられる。動物を訓練するとき餌を与えるのは、快情動系を興奮させるのと等価である。また罰のため動物に電撃を与えることは、不快情動系を興奮させたのと等価であると考えられる。

§11.自己刺激の脳内機序
 比較的頻繁にくりかえし自己刺激が生じる部位は、中脳被蓋の腹外側から外側視床下部を貫く内側前脳束の走行と一致する領域である。このうち視床下部の後部がもっとも有効である。その他、梨状葉、海馬、扁桃核、中隔の刺激でも自己刺激が生じる(図7-12)。
 自己刺激を生じさせる部位のニュ−ロンはドーパミン、ノルアドレナリンといったカテコールアミンを含む。ドーパミンの遮断薬であるハロペリドールとかスピロペリドールを注射すると、自己刺激は減弱したり、消失したりする。しかし、脳内ノルアドレナリンをレセルピン投与によって消失させても、自己刺激はなくならない。
 以上から、快情動発現には、中脳-視床下部-辺縁系に分布するドーパミン含有性ニュ−ロンが重要な役割を果たしていると考えられる