18.聴覚の神経機構
§1.聴覚伝導路
蝸牛の内外有毛細胞を支配する神経細胞は蝸牛軸にあるラセン神経節にある。
その軸索突起は蝸牛神経である。蝸牛神経は、内耳孔から頭蓋腔に出、小脳橋角
(cerebello-pontine angle)から延髄に入る。そこで背側及び腹側蝸牛神経核を
中継して、対側の台形体背側核(上オリーブ核)に行く。また一部の背側蝸牛
神経核からの線維は同側の上オリーブ核に終わる。ついで、両側オリーブ核から
外側毛帯 (lateral lemniscus) となり外側毛帯核、下丘、内側膝状体をへて、
聴放線となる。上オリーブ核、外側毛帯核、下丘野核は、左右連絡している。
聴放線は、側頭皮質にある聴覚野(41)に達する。聴覚野は前横側頭回
(anterior transverse temporal gyrus)、島回(insular gyrus)、及び上側
頭回の上側土手(superior bank of the first temporal convolution)に拡がる。
<図19−1>
<図19−2>
§2.蝸牛神経線維の神経インパルス
蝸牛神経の起始部近傍で単一蝸牛神経線維のインパルスを記録すると、
(イ)自発放電がある。放電頻度は、刺激の強さを増すと、増加し活動する感覚
単位の数も増す。
(ロ)刺激音の振動数が1000Hz以下で、しかもその強さが十分の時、インパルス
の1つが音の波と対応する。
(ハ)それぞれのニューロンは、特徴振動数(best of characteristic frequency)
を持っている。この振動数で最も閾値低い。これより高い振動数及び低い
振動数の音に対する感度は低下、特に高い方が低下が急である。ということ
が観察された。(ハ)は Bekesy の進行波説で説明できる。
§3.上位感覚ニュ−ロンの応答
上オリーブ核、下丘、内側膝状体のニュ−ロンでも特徴振動数を持つ。そして、
それより低い振動数の音、高い振動数の音に対して閾値は高い。
上位に行くに従って、応答野(response field)は一次ニュ−ロン相互間の抑制
機序に基づくと考えられている。低音側と高音側の両方からの抑制野があらわれ、
応答野を狭くする。(ロ)機能−弁別をsharpにする。
皮質聴覚野においてはニュ−ロン性質が異なる。その性質は
(イ)大部分のユニット順応が速い。
(ロ)特徴振動数はあるが、応答する範囲広いものが多い。
(ハ)tonotopic organization がある。サルでは supratemporal cortex が聴覚領
であるが、前側が低い振動数、後側は高い振動数を再現するという。
<図19−3>
(ニ)皮質聴覚領を破壊しても、調子の弁別はなくならない。音のパターンの認識能
がなくなる。〔落し激パターンの時間構造、音持続の変化〕
<図19−4>
§4.聴覚の高次中枢
聴覚の高次中枢は41野の周囲の42,22野(Wernickeの言語中枢)更に
39野(angular gyrus)40野(supera marginal gyrus)を含む。ここで言語も
含めた音の認識をすると考えられている。(図19-5)
<図19−5>
近年、左右の能が異なった音を聞くことを受け持っているという人が現れた
(角田)。すなわち、電鍵を一定パターンで(・・・・ ・・)被験者にたたかせ、
それによって発生する音を一方の耳で注意してきかせる。(図19-6)他方の耳には
0.15-0.2秒遅らして聞かせる(delayed auditory feedback)。このとき、第2の
音が大きいときは、電鍵をたたく邪魔になり、それをたたく時間が遅れたり、
たたき間違ったりする。
<図19−6>
このとき、第一音を左耳、第二音を右耳に聞かせたときkeyたたきがみだれる
閾値と、逆に下時の閾値がことなる。例えば右耳に40dBの音の時、左耳に30dB
音が乱れる閾値となり、左耳に40dBの音のときは、右耳に60dBの音を聞かせ
ないと「みだれ」は生じない。(図19-7)
<図19−7>
さて、左耳からは右半球、右耳からは左半球にいっていると考えている。従って、
上の結果は左耳から入って音がより影響を与える。すなわち、右半球が左半球より
有意であると結論する。
いろいろな種類の音を使って左右半球の優位性を調べる。(図19-7)母音は言語
中枢のある左半球優位。非音声(音楽・雑音)は右半球賀優位であることがわかった。
しかし虫の音、動物の鳴き声は日本人では右半球優位、外国人では逆に左半球優位
であるという。
§5.音に対する方向知覚
音が空気中を伝播して聞こえるとき、我々は音源を局在する。音に対する方向
知覚は、音の強さと到着時間の速さによる。
(イ)強度因子−強い音刺激を受けた方に音を定位する。特に高い周波数の音で
著しい。
(ロ)時間因子−連続音では位相の進み、不連続音では到着時間が速い方に音源が
あると感じる。0.1−2 msecの差があれば偏りを感じる。
この両者は互いに影響し、交換することが出来る。これを time-intensity trade
という。
音の定位は左右の求心線維のどちらかが多くのインパルスを上位中枢に送るか
によって決まると考えられている。
両側の核が一方からは興奮、他方からは抑制シナプスを受けている構造をして
いるとする。もし、
(イ)インパルスが興奮シナプスにさきに到着すれば、興奮が生じる。それと反対
の側には抑制が生じ、興奮を抑える。
(ロ)又、強さが強ければ、多数のニュ−ロンを興奮し、また少々の抑制作用に
打ち勝つ。
実際に調べてみると、下丘で上述のような反応を示す細胞が見つかった。
<図19−8>
§6.聴覚神経入力の調節
有毛細胞に遠心性の神経が中枢からきており、その働きに寄って有毛細胞から
聴神経デンドライトへの興奮伝達を調節している。
(イ)その構造的基礎として Rasmussen索賀ある。これは上オリーブ核(及び台形
核)から第4脳室底で交叉して、反対側の第8神経と同行して蝸牛に行く
線維である。この神経線維は有毛細胞底に終わっている。
(ロ)有毛細胞底部に、シナプス小包の多い神経終末がある。これは、神経線維→
有毛細胞というシナプス形態と言える。交叉性 Rasmussen 索を脳底で切断
すると数日で小胞の多い終末が消失する。この事から、Rasmussen 索は有毛
細胞とシナプスを作っていることが分かる。
(ハ)機能的に、蝸牛神経の単一ニュ−ロンの音応答は Rasmussen 索刺激で抑制
される。
<図19−9>
§7.聴力検査
聴覚閾(と痛覚閾)を各振動数についてきめ、図示したものを聴力図
(audibility-curve)と言う。
可聴振動数は20〜20,000Hzに渡り、可聴強度の範囲は2000〜4000Hz出、130dB
にも達する。人の会話の振動数100〜5000Hz、強さ60dBは聴力図の中央を占める。
このように各振動数で聴覚閾が異なる所から、臨床では音に対する感受性≡聴力
(hearing ability)をオーデオグラム(audiogram)で示す。これはいくつかの
音に対して正常人と比べて聴力の比をデシベル単位で表したものである。
聴力が正常人に対しておとっているとき、難聴(deafness)という。3つに分
ける。
(イ)伝音器性難聴(conduction deafness)、外耳・中耳の音の伝播の障害。
オーデオグラムはflat或はむしろ低い調子の音がおとる。
(ロ)感音器性難聴(preception deafness)。その外の聴器における難聴をいう。
むしろ、高い調子の音に対する感度が低下する。
(ハ)中枢性難聴(central deafness)。伝導路及び中枢がやられたことによって
生じる難聴。Wernicke の中枢がやられると、感覚性失語症(sensory aphasia)
となる。音が聞こえるが、何をいっているか分からない(後述)。
<図19−10>
<図19−11>
<図19−12>
§8.聴覚系機能のまとめ
聴覚系では、音のピッチを細分し、その部分部分を、それぞれの神経細胞に
分担させている。
聴覚系も、視覚系同様、その聴覚器は、チャチで、その部分部分が、音の特定
振動数に対する共鳴器とはならない。したがって、それとつながっている神経
細胞は、特定振動数を含む振動数の音でも興奮する。
しかし、このような不完全の音のピッチの弁別は、聴覚野皮質に来るまでの
中枢聴覚系で改善されている。 大脳皮質では、音の統合が行われている。