猫条虫感染ラットにおける高ガストリン血症と胃酸分泌能および胃の組織学的変化
 奥 祐三郎(北大)

 寄生虫感染において宿主の様々なホルモンレベルが変化することが知られている。特 に、ヒツジやウシの第四胃の毛様線虫症では胃内容のpH上昇、および胃粘膜への寄生虫 の直接的な作用により高ガストリン血症となることが知られている。
 一方、猫条虫Taenia taeniaeformis 幼虫はラットの肝臓に寄生し、胃とは直接的な接触はないが、重度感染時に顕著な高ガストリン血症を引き起こすことが知られている。ガストリンは壁細胞からの胃酸分泌を刺激し、さらに胃への栄養作用があり胃の粘膜細胞の増殖を促進することが知られている。さらに、猫条虫感染ラットでは高ガストリン血症に加えてIgA顕著に肥大することが1930年より知られている。

高ガストリン血症
 まず、感染虫卵数と血中ガストリンの関係について調べた。虫卵5,000個感染ラット では4週より、2,000個感染では8週よりガストリン値の顕著な増加が、さらに500個感染で は一部のラットのみ12週より増加が認められた。
 50個感染ではガストリン値の上昇は全 く認められなかった。以上のように軽度感染ラットでは高ガストリン血症は認められ ず、重度感染ラットではより早期に高ガストリン血症となった。さらに、虫体の発育が よいRNUヌードラットへの感染では正常RNUラットより寄生虫体数がかなり少ない例でも ガストリン値の顕著な増加が認められた。
 これらの結果より寄生虫体数と寄生虫の発育 状態が血中ガストリン値に影響することが示唆された。なお、この血中ガストリン値は 変動するが感染後210日でも持続していた。

胃の組織学的変化
 重度感染ラットでは、顕著な胃重量の増加、胃粘膜の肥厚(組織学的には粘膜細胞の 顕著な増加と壁細胞の減少)、胃粘液の分泌亢進を引き起こし、高ガストリン血症ラッ トにおいて良く知られているECL細胞数の増加は認められず、反対に顕著に減少してい た。またガストリンを産生するG細胞の増加は観察できなかった。なお、猫条虫感染ラ ッ トの胃の肥大には高ガストリン血症は必須でないことが幽門前庭部摘出ラットを用いて すでに報告されている。

胃酸分泌能
 重度感染ラットでは胃内容のpHの顕著な上昇が認められ、また、重度感染ラットの胃 酸基礎分泌は正常ラットと同様であったが、ヒスタミン投与時の最大胃酸分泌は抑制さ れていた。

 以上の結果から、胃の粘液放出亢進・壁細胞の減少→胃内容のpH上昇→血中ガストリ ン値の上昇となったものと推定される。猫条虫の寄生により肝臓が傷害され、これに関 連して何らかの肝細胞および胃の上皮細胞増殖促進物質(Hepatocyte Growth Factor、 Epidermal Growth Factor、Transforming Growth Factor−α等)が放出され胃の組織 学 的変化が引き起こす可能性も予想される。もしくはこれらの増殖因子放出を誘導する因 子が関与するのかもしれない。
 なお、肝臓の障害程度をGPTおよびGPTを指標に経時的に 調べたが、顕著なこれらの増加は認められなかった。Transforming Growth Factor−α トランスゲニックマウスにおいて猫条虫感染ラットとほぼ同様の胃粘膜の変化が報告さ れている。現在免疫組織学的にこれらの細胞増殖因子の産生細胞について検索してい る。なお、猫条虫幼虫において胃粘膜増殖を促進する因子の存在がin vitro で示唆さ れ ているが、in vivo では否定的な結果が報告されている。現在多数の幼虫のラット腹腔 内移植実験を試みている。胃粘膜の過形成やECL細胞・壁細胞の減少の機序については 今 後の研究が必要である。


Back to the Entrance Back to 関連学会情報