糸状虫感染とネズミモデル
 野上貞雄(日大・獣医・医動物)

 いくつかの糸状虫感染症において、再感染防御能は放射線照射による弱毒化感染幼虫 (L3)の免疫によってのみ誘導されることや、犬糸状虫症においては濃厚な両性感染で あっても10数%の感染犬が無ミクロフィラリア(mf)血症になることはワクチン成立の 可能性を示唆し、大変興味深い現象であるが感染防御に結びつくような機序の解明はさ れていない。

この立ち遅れの理由の一つに、糸状虫の宿主特異性が強く、免疫学的な解 析に有用な固有宿主モデルが得にくい点があげられる。固有宿主における糸状虫症の感 染免疫については多くの優れた著述が入手できるので、本分担では糸状虫−ネズミモデ ル(semi-permissive)の有用性について紹介する。

 コットンラットに寄生するL. carinii はマウスには低感染性であるが、ヌードマウ ス(BALB/c nu/nu)では成虫にまで発育し、長期間mf血症を維持できる1)。また、スナネ ズミに寄生するD. viteae 成虫は、孔径0.45μmの膜室内に入れると非好適なネズミ内 でも長期間生存できる。これらの事例は、糸状虫の宿主特異性の要因に養分組成でなく、 免疫(細胞性)の関与を示唆する好例である。

 近交系マウスモデルの確立は、効率良い免疫学的な検討に不可欠である。マレー糸状 虫B. malayi のL3を腹腔に接種して2週間後の第四期幼虫L4の回収率はBALB/c nu/nu で 61%、+/+で57%と有意差は示されない2)。これは、この2週間回収法ではL3〜L4期 の感染防御の解析をT細胞機能を有するマウスで行えることを示す。

 このマウスモデルでは、生きたL3の皮下接種による免疫では43%の感染防御率であっ たのに対し、ガンマー線照射処理L3の免疫では95%以上の感染防御が観察され、傾向は 固有宿主での成績に近い。

 この防御免疫機構の解析のため、免疫マウスから得られた脾細胞または免疫血清の腹 腔内移入による伝達実験を行った結果、脾細胞移入群に100%の感染防御が認められた 。この脾細胞をさらにナイロンウールカラムによるT細胞群と、抗Thy1.2抗体処理によっ て 非T細胞群に分画して検討した結果、T細胞群移入群で99%の感染防御が認められた。一 方、カラギーナン処理により虫体回収率は有意に上昇し、サルモネラ生菌処理により虫 体回収数の減少が観察され、Mφの関与が示唆された。さらに、感染防御の遮断抗体の 可能性も考慮して28種の単クローナル抗体の投与により感染防御能を検討した結果、有 為な防御能の発現は認めなかった。

 このようにマウスモデルは、感染防御能のスクリーニング系としては最適であること が確認されたので、本系を用いて防御能誘導抗原の解析を行った。L3が感染防御誘導抗 原を有することは固有宿主でも本系でも確認されているが、実験材料としては制約があ るので、B. malayi では入手が容易なmfを材料に検討した。BALB/cマウスでは、フロイ ントの完全アジュバント(FCA)単独投与群に比較し、104〜105の死mf+FCA群とガンマ ー線照射処理L3群で90-95%の防御能が観察されたが、スナネズミでは効果が低かった 。BALB/cマウスで検討の結果、防御能誘導抗原はmfのPBSやSDSの可溶性分画と残渣に存在 した。そこで、可溶性抗原を4種の単クローン抗体を用い、アフィニティ精製したmf抗 原(25μg)をFCAと共に2週間隔で2回皮下接種し、2週間回収法で検討した結果、70%の 回収率の低下が認められた。SDS-PAGEで分画した分子量33−35KDaと40−45KDaの分画で強 い防御能が誘導されたのに対し、60〜170KDaの高分子量域では全く防御能は誘導されな かった3)。

 [共同研究者:林 良博(東大)・中垣和英(日獣大)・前田龍一郎(帝京大)]
 1)寄生虫誌 31: 415-422.
 2)Am. J. Trop. Med. Hyg., 41: 650-656.
 3)J. Immunol., 143: 4201-4207.


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