日本産肝蛭幼虫と中間宿主貝との相互関係
 板垣 匡(岩手大・獣医・寄生虫)

 肝蛭症は現在でも経済的損失の大きな寄生虫感染症の一つである。日本に存在する肝 蛭の種類に関しては、1950年代より多数の研究が行われてきた。しかし、虫体の表現形 質が多様であることから種の決定には至らず、現在もなお日本産肝蛭Fasciola sp. と呼ばれている。日本産肝蛭の生物学的正常に関する研究は多数あるが、その大部分は終宿主動物での成虫に関するものであり、中間宿主を舞台とした幼虫(スポロシスト、レジ ア、セルカリア)に関するものは極めて少ない。演者らは日本産肝蛭と中間宿主貝との 相互関係について貝体内での肝蛭幼虫の発育、セルカリアの産生を中心に調べてきたの で、今回それらをまとめて紹介したい。

1.日本産肝蛭の中間宿主貝
 日本には少なくとも4種類のLymnaea属の貝、すなわちL. ollula ヒメモノアラガイ、L. truncatula コシダカモノアラガイ、L. japonica モノアラガイ、L. auricularia swinhoei タイワンモノアラガイが存在する。これらのLymnaea 属の貝への感染実験から、1970年代までは日本産肝蛭の中間宿主はL. ollula、ただ一種であると考えられていた。

その後、L. ollula が分布していない北海道の一部の地域(天北地方)においても 牛の肝蛭症が存在することが知られ、同地方ではL. truncatula が中間宿主となっていることが感染実験および野外調査で明らかにされた。L. truncatula はヨーロッパにおける肝蛭Fasciola hepatica の中間宿主であることから、天北地方ではF. hepatica が侵入、定着しているのではないかとの疑いが持たれたが、現地で採取した成虫の形態はいわゆる日本産肝蛭の特徴を示し、F. hepatica ではないことが確認された。

そこで、L. truncatula に感染性を有する日本産肝蛭は同地方に限られた、いわゆる地域株によるものかを明らかにするためため、北海道天北地方産肝蛭と神奈川県産肝蛭を用いてL.truncatula への感染実験を行った。L. ollula を対象としてミラシジウムの侵入率、スポロシストに対する宿主の組織反応、肝蛭幼虫(スポロシスト、レジアおよびセルカリア)の発育状況を指標として中間宿主としての適正を調べた。その結果、天北肝蛭の幼虫はL. truncatula およびL. ollula において良好な発育が認められた。このことは天北肝蛭が本来L. ollula を中間宿主としていた肝蛭であったことを示唆するものである。 一方、神奈川肝蛭幼虫の発育、増殖数はL. truncatula において抑制されたことか ら、L. truncatula は神奈川肝蛭の中間宿主としては好適ではないと考えられた。

 以上のことは、L. truncatula は日本産肝蛭の共通した好適中間宿主ではなく、肝蛭の地域 株により適性が異なることを示唆するものである。また、本実験の感染対照として用い たL. ollula においても肝蛭幼虫の発育、増殖数は神奈川肝蛭と天北肝蛭で異なること が示され、本来の好適中間宿主であると考えられているにおいても肝蛭の地域株の違い による影響があることが示唆された。

2.日本産肝蛭幼虫の中間宿主貝体内における発育
 ミラシジウムの暴露によって感染させた貝を25℃で飼育した場合、貝の頭足部、外套 膜の組織に侵入したスポロシストの大部分は数時間後からヘモリンフ循環系に入り腎 臓、心臓を経て中腸腺(digestive gland、hepatopahcreas)部の血体腔へと運ばれる 。その間にスポロシスト内の生殖細胞塊(germinal balls)は母レジア(一次レジア)へ と発育し、感染7日後には母レジアが産生される。しかし、一部のスポロシストは頭足 部の結合組織で変性、死滅すると考えられる。

母レジアは中腸腺部で発育を続け、その体 内で最初に形成された生殖細胞塊群は娘レジア(二次レジア)へと発育し、感染15日後 には成熟した娘レジアが産生される。20日後から母レジア内の生殖細胞塊はセルカリア へと発育するものが増加し、25日後、母レジア体内で十分に発育したセルカリアが産生 される。セルカリアは中腸腺部の血体腔で成熟し、30日後から腸管周囲の血体腔を移動 し肛門周囲の部位から貝体外へと游出する。

一方、娘レジア(二次レジア)もさらに娘 レジア(三次レジア)、セルカリアを産生すると考えられ、感染貝内では経時的なレジ アの増加が見られる。レジアの増加にともなって発育には適さない部位である頭足部 (頭足洞、生殖器官周囲血体腔)に存在する異常レジアの数も増加する。

3.中間宿主貝からの日本産肝蛭セルカリアの産生
 感染貝からのセルカリアの游出には経時的名増減傾向が見られ、ミラシジウム1匹を 感染させたL. ollula では、セルカリア游出開始後30〜40日、70〜80日および130〜 140日をピークとする三峰性の増減パターンが認められた。この増減パターンはレジア 内 のセルカリア形成パターンに関連すると考えられる。感染貝1匹あたりのセルカリア游 出総数は、ミラシジウム一匹感染貝で平均2819匹、10匹感染貝で2399匹であり、ミラシ ジウムの感染数にはほとんど影響を受けない。これは、感染後25日以降、ミラシジウム 1匹、10匹感染貝におけるレジア数がほぼ同数になり、それによって産生されるセルカ リア数もほぼ等しくなるためであると考えられる。また、セルカリア産生(セルカリア 游出までの日数、游出総数、游出パターン)は貝の地域株により影響を受けることも明 らかになった。


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