消化管内寄生線虫の排除における粘膜型肥満細胞と杯細胞の役割
 堀井洋一郎(宮崎大・獣医・内科)

 Nippostrongylus brasiliensisStrongiloides ratti、S. venezuelensis、 Trichinella spiralis などの消化管内寄生線虫を、ラットやマウスのような実験動物 に 一度にある程度多数感染させると、感染後2〜4週間で消化管から虫体が消失してしま う。この現象を排虫(worm expulsion)とよび、宿主の免疫応答による積極的な排除で あり、T細胞が何らかのかたちで関与していることがわかっている。その際T細胞はエフ ェクターとしてよりもむしろ調節細胞として機能し、小腸粘膜上皮層や粘膜固有層の細 胞を活性化し、そこから放出される何らかの化学物質が寄生虫の排除を引き起こすと考 えられる。

 これらの線虫を感染させたラットの小腸粘膜では、寄生虫の排除時期に一致して特徴 的な細胞反応が見られる。N. brasiliensis の感染では杯細胞の数の増加が特徴的であ り、一方S. ratti 感染では顕著な肥満細胞の増加が見られるが杯細胞数に変化はない 。これらの細胞がどのように排虫に関わるのかを以下の実験で詳細に検討した。

粘膜型肥満細胞
 ラット小腸粘膜には結合組織虫の肥満細胞(connective tissue mast cells: CTMC) と性質の異なった粘膜肥満細胞(mucosal mast cells: MMC)が存在する。CTMCとMMCは 顆粒内プロテオグリカンが、それぞれヘパリンかコンドロイチン硫酸かという違いによ り組織化学的特性が異なっている。ラットやマウスの消化管寄生虫感染で小腸粘膜に増 加してくる肥満細胞は基本的にMMCタイプである。阿部らはTリンパ球欠損によりIL-3産 生のないヌードマウスにS. ratti、N. brasiliensis を同時に混合感染させてIL-3を反復投与したところ、MMC増多が誘導されると同時にS. ratti の排虫はみられたが、N. brasiliensis は排除されないことを示した。この結果からもIL-3依存性に増殖する MMCが排虫のエフェクターとなる消化管寄生線虫と、そうでないものとがあることがわ かる。

我々は最近スナネズミを用いてこの様な選択的な排虫機構の存在をさらに強力に裏 付ける実験結果を得ることが出来た。スナネズミに糞線虫とN. brasiliensis を同時に混合感染させてみると糞線虫は全く排虫されず、感染が長期にわたって持続するのに対し、N. brasiliensis は感染後3週までに完全に排虫された。スナネズミの小腸粘膜の肥満細胞の性状を調べてみると、粘膜に存在する全ての肥満細胞がヘパリンを有し、マウス、ラットの粘膜肥満細胞の特徴である上皮層内への侵入像もみられなかった。

杯細胞
 MMCによって排除されない腸管寄生虫N. brasiliensis の排除のエフェクターと考えられているものは、小腸の単細胞粘液産生腺である杯細胞である。N. brasiliensis 排虫時に杯細胞から産生放出される粘液は非感染時とは異なった糖鎖末端、特に非感<染ラットの小腸杯細胞の粘液には発現されていないN−アセチルガラクトサミ(GalNAc)を強く発現している。ヌード(rnu/rnu)ラットを用いた実験から、これら糖鎖末端の変化にはT細胞は関与しないが、杯細胞の数の増加にはT細胞が必要であることが証明された。

そこでさらに、このような粘液の性状の変化がN. brasiliensis の排虫に重要であるこ とを証明するために一連の実験を行った。まず正常ラットの腸管に"damaged" worm を 移入し、3〜5日目にほとんど全ての虫体が排除され、杯細胞の増加と粘液糖鎖の変化が起 きていることを確認し、そのラットの腸管に"normal" worm を再び移入した。すると本 来寄生が成立するはずの"normal" worm は48時間以内に全て排除された。ヌードラット に同様の処置をしてもほとんど同じ結果が得られた。この現象はN. brasiliensis に対 して選択的でありS. venezuelensis 成虫の生着は全く影響を受けなかった。

粘膜型肥満細胞と杯細胞の互換性
 このように、マウス、ラットにおいては非常に選択的にみえる肥満細胞と杯細胞の役 割も宿主をハムスターにかえるとかなり異なった使われ方をする可能性が見いだされ た。糞線虫を感染させるとチャイニーズハムスターC. griceus とキヌゲネズミ Tscherskia triton では2週間以内に排虫が完了したが、ゴールデンハムスター Mesocricetus auratus とロシアハムスターPhodopus campbelli は排虫に6週以上要した。

これら4種のハムスターの小腸粘膜内には、他の動物に糞線虫を決してみられなかった杯細胞の増加が、虫体排除の時期に観察され、しかも排虫の早かった2種のハムスターは排虫の遅い2種に比べて硫酸基の多い粘液を産生していた。糞線虫の排除のエフェクターであるマウス、ラットのMMCもやはり顆粒内プロテオグリカンとして、硫酸基を含み酸性度の強いコンドロイチン硫酸を豊富に持っており、しかもそのほとんどが上皮層内に 侵入して脱顆粒している。

そうしてみると、杯細胞の粘液も、肥満細胞由来の顆粒内プロテオグリカンも硫酸基の豊富なムコ多糖として腸管寄生虫防御に関与しているという見方ができる。このような高分子物質がエフェクター分子である場合、肥満細胞が腸管上皮内へ侵入しないハムスターでは肥満細胞からのエフェクター分子が消化管腔へ効率よく到達できないために、そのかわりとして、硫酸基の豊富な杯細胞粘液を虫体排除に利用していると考えられる。この点に関しては今後さらに物質レベルの解明が必要である。


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