毛様線虫類の生物学−シンローフを中心とした分類と宿主との応答
 福本慎一郎(酪農大・獣医・寄生虫)

 毛様線虫とは
 毛様線虫類は、主に脊椎動物の消化管内に寄生する一群の寄生線虫 で、多数の属種から構成される毛様線虫上科(Trichostrongyloidea)に分類される。 獣医学領域では反芻家畜を中心に多大な経済的損失をもたらすオステルターグ胃虫や牛肺 虫等の重要な種類が含まれる。 また医生物学の分野ではNippostrongylus brasiliensis の様に消化管線虫実験感染モデルとして宿主免疫応答に関し多数の研究 報告がされている種も毛様線虫類である。さらに動物地理学的研究の中で宿主−寄生体関 係の指標の一つとしても毛様線虫類に関する多くの研究報告がある。

 毛様線虫類の最も基本的な情報である形態分類において、最近シンローフsynlopheと 総称される体表のクチクラの隆起構造 cuticular ridges の形態が分類基準の一つとし て重要視されている。シンローフを利用した家畜反芻獣や野生動物の毛様線虫類の形態 分類の基本的な事項と応用例について紹介し、古典的な学問とされる形態分類学の新し い動向を紹介する。

 毛様線虫の分類形態
 毛様線虫上科の分類には諸説があるが、最新の分類体系では24亜科を含む14科からなる上科とされている(Durette-Desset, 1983; 1985)。本グループは雄の尾部に発達した交接嚢を有する目Strongylida に属し、陸生脊椎動物(哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類)の消化管を主な寄生部位とする[例外;Dictyocaulus(肺寄生);Mammnidura(乳腺)]。発育史は経口感染が主体であり、中間宿主をとらず、最初の2回の脱皮は宿主の外部でおこなう。
 最近は生化学的手法を用いたアイソザイムのパターンや、DNA塩基配列の比較による分類の試みが一部の毛様線虫類の属種でおこなわれているものの、本上科の分類従来から雄の交接嚢やその肋の配列、交接刺の形態的に記載された分類が主でありまた実際的である。しかし同属内の近縁種の鑑別や、雌成虫のみの虫体による種の同定や系統的な分類等には不十分であったり困難な場合が多い。

 シンローフ 
近年フランスのChabaud とDurette-Desset ら、イギリスのGibbons ら および米国のLichitenfels らを中心に総称をシンローフsynlophe と呼ぶ体表のクチク ラの隆起構造cticular ridges の形態(数、個々の隆起の横断面での形態の変異、大き さ、分布等)に着目し、本グループの分類の再検討が行っている。シンローフの観察方 法としては体表面と虫体横断切片の光学顕微鏡やSEMによる。この形態の利用により、 従 来困難とされていた分類やより詳細な類縁関係の考察も、一部のグループでは可能とな ってきた。

 系統分類−毛様線虫類の生物地理学的研究
 毛様線虫類の分類体系の整備により宿主動物群との宿主−寄生体関係についても新しい展開がなされてきている。シンローフ の形態に着目した分類の試みは、齧歯類や反芻獣に寄生する毛様線虫類での比較検討が 多く行われている。さらに家畜や野生動物の毛様線虫類の形態の再検討や分類への応用 例を紹介する。

 獣医学領域で問題となる毛様線虫類
 獣医学領域において毛様線虫類は、反芻家畜 の消化管内線虫症の重要な原因種が多い。酪農畜産の先進国では、毛様線虫類を中心と した消化管内線虫の寄生が、反芻家畜の生産性(肉・泌乳・皮毛)に多大な損失をもた らす要因として重要視され、駆虫を中心とした対策が積極的に行われている。我が国の 牛の消化管線虫症の主体は毛様線虫類でありその疫学を紹介する。

 幼虫発育停止現象
 牛第四胃のオステルターグ胃虫などで見られる感染後幼虫の宿 主体内での季節的発育停滞現象(Arrested larval development)と言う興味ある現象 を 取り上げる。線虫幼虫の発育停止現象は毛様線虫類だけに認められる現象ではなく、多 くの寄生線虫に広く認められるHypobiosis の一つのパターンに含まれるが、線虫の生 存 戦力の巧みさと病原性の問題を説明する。今後この現象の機序の解明が成されれば新た な予防法への応用が期待される。

 医生物学領域での毛様線虫類の利用
 消化管線虫感染モデルとして、ドブネズミや ハツカネズミの小腸寄生種[Nippostrongylus brasiliensis(科Heligmonellidae)と Heligmonsomoides polygyrus(科Heligmosomidae)]は、ラットやマウスを用いて多くの 研究機関で継代され、実験に用いられている。両種は実験動物において特異的・非特異 的IgE抗体産生、肥満細胞や杯細胞の活性化による腸管からの排除現象、再感染抵抗性 等 の宿主の消化管線虫感染に対する生理学的な応答反応の機序解明を目的として多数の研 究報告がある。


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