マラリア治療の手引

「寄生虫症薬物治療の手引き」改訂5・5版から抜粋

この手引きは厚生労働科学研究費・創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業「熱帯病・寄生虫症に対する稀少疾病治療薬の輸・保管・治療体制の開発研究」班(略称: 熱帯病治療薬研究班)2003 年に作成し、電子版で改訂を重ねている「寄生虫症薬物治療の手引き」改訂5.5 http://www.ims.u-tokyo.ac.jp/didai/orphan/ docDL/tebiki5-5.pdf からの抜粋です。

在国内で保険適用薬として流通している抗マラリア薬はキニーネ経口薬、スルファドキシン/ピリメタミン合剤、メフロキンのみなので、キニーネ注射薬、プリマキンなどその他の抗マラリ薬が必要な場合は、研究班のホームページhttp://www.ims.u-tokyo.ac.jp/didai/orphan/index.html の保管薬剤一覧、保管機関・担当者一覧などを参照のうえ、最寄りの保管機関・担当者に連絡を取って下さい。

-1 熱帯熱マラリアFalciparum malaria

概 要

マラリアは夜間吸血性のハマダラカAnophelesspp. に媒介され、胞子虫類、Plasmodium 属に分類される熱帯熱マラリア原虫P. falciparum、三日熱マラリア原虫P. vivax、四日熱マラリア原虫 P. malariae および卵形マラリア原虫 P. ovale の感染によって起こる。それぞれに固有の症状を起こすが、ときに2 種以上の混合感染もみられる。人類は有史以前からマラリアによる甚大な被害を受けているが、今なお熱帯、亜熱帯を中心に猖獗しており、年間およそ3~5 億人が罹患し、その犠牲者は幼児を中心に200 万人以上に達すると推定されている。加えて非流行国でも、熱帯地との交流が盛んになるにつれて、輸入マラリアの増加に悩まされており、わが国においても年間120 例前後の輸入症例が存在し、その医療対応が重要な問題になっている。

これら4 種のマラリアの中で、熱帯熱マラリアの臨床経過が最も悪性である。しかも近年、病因原虫の薬剤耐性株が出現し、熱帯各地へ拡散しているので、その治療が以前よりも困難になっている。そこで本稿では、臨床経過が比較的良性の他の3 種のマラリアは別項目とし、熱帯熱マラリアの治療について解説をする。なお、わが国における輪人マラリアの種別をみると、最近は熱帯熱マラリアが占める割合が多くなっており、全症例の50% を超える年もある。しかも、診断と治療開始の遅延による死亡例が毎年のごとく発生していることが憂慮されている。

症 状

7~10 日間の潜伏期を経て突然の高熱を以て発症することが多いが、頭痛、倦怠感、悪心、嘔吐、下痢などの前駆症状を伴うこともある。また、熱型不規則で、高熱が弛張または稽留することが多く、この時にうわ言や意識障害を呈することがある。また、体温上昇の際に他の3 種のマラリアと異なり、悪寒があっても戦慄を伴わないことが多い。さらに、早期に適正な治療を開始しないと、脳、肺、腎、肝、血液凝固系などに重大な合併症を併発して痙攣、昏睡などの脳症、ARDS/肺水腫、循環不全、乏尿、無尿などの急性腎不全、全身性出血、電解質異常、黒水熱、代謝性アシドーシスなどに陥り、死の転帰をとる危険が高くなる。

検査と診断

末梢血塗抹標本を作成し、pH 7.2~7.4 に調整したギムザ液で染色後検鏡し、病因原虫を検出すれば診断碓定となる。また、1 回の検査だけでなく、経時的に検査して赤血球の原虫感染密度の推移、感染赤血球や原虫の形態学的観察により、病態や治療効果の判定に役立つ。このほか、アクリジン・オレンジ(AO) 法も迅速性の高い検査法であり、原虫の特異抗原(histidine-rich protein 2, H RP2)や原虫に特異的なL DH(pLDH)を検出するキットも海外では市販されており、これらも顕微鏡法による見落しを防ぐ迅速性の高い補助診断法になる。

治療方針

患者の病態、推定感染地における薬剤耐性熱帯熱マラリアの分布状況を速やかに判断し、迅速に適正な抗マラリア薬による化学療法を開始することが重要である。また、合併症を発現している場合は、化学療法に併せた支持療法の強化が救命に不可欠である。ただし、国内に流通している抗マラリア薬は、キニーネ経口薬、スルファドキシン/ピリメタミン合剤、メフロキンのみであるので、他の薬剤が必要な場合は、本研究班に連絡する。

処方例合併症のない熱帯熱マラリア

① スルファドキシン500 mg/ピリメタミン25 mg 合剤(ファンシダール錠:ロシュ) 3 錠 単回服用
妊婦、サルファ剤過敏症には禁忌。ただし、本剤耐性の熱帯熱マラリアが多くなっている。
② メフロキン(メファキン275 mg 錠:エスエ塩酸メフロキン2 75 mg =メフロキン塩基250 mg) メフロキン塩基15 mg/kg を単回服用、あるいは6~8 時間間隔で2 分割服用
耐性が予想される地域での感染者では25 mg/kg を6~8 時間間隔で2 分割服用。 ときに神経症状を呈することがあり、精神病やてんかんの既往を有する患者への投与は禁忌である。
③ 硫酸キニー1.5~1.8 g/日、分3、5~7日間 テトラサイクリン1 g/日、分4、7 日間併用
④ アトバコン250 m g/塩酸プログアニル100 mg 合剤(Malarone錠:グラクソ・ウェルカ
1 日1 回4 錠 3 日間、食事または乳製品とともに服
⑤ アーテスネート経口薬(Plasmotrim 200 mg 錠:メファ)
第1日2錠分2 、第2~5 日各1錠1後療法としてメフロキンを②の処方で追加すればより確
⑥ アーテメター 20 mg/ルメファントリン120 mg 合剤(Riamet錠:ノバルティス)
初回、8、24、36、48、60時間後、計6 回各4 錠服用 ★ 重症熱帯熱マラリア
① キニーネ注射薬(Quinimax 注: サノフィ・ウインスロップ グルコン酸キニーネ: キ

ニーネ塩基2 40 mg/2 ml、他のアルカロイドを含む全塩基250 mg/2 ml) キニーネ塩基8.3 mg/kg を通常500 ml の5 %ブドウ糖液(または生理食塩水)に希釈して4 時間かけて点滴静注

水分過剰であれば、5%ブドウ糖液を適宜減量。必要に応じ8~12 時間ごとに繰り返し、軽快したら、最終投与の12 時間後にメフロキン塩基15 mg/kg の内服。

なお、Quinimax注(グルコン酸キニーネ)からキニーネ塩基の上記1 回量を算出するには、体重(kg)÷15.1(ml)をアンプルから吸い、500 m1 の5%ブドウ糖液に希釈する。

また、重症マラリア患者はしばしば低血糖に陥っており、キニーネはさらにインシュリン分泌を促進するので、希釈液には生理食塩水よりも5%ブドウ糖液を使用した方がよい。

② アーテスネート坐剤(Plasmotrim 200 mg 坐剤:メファ) 第1 日に2 個 分2 、2~5日に1 日1 回1 個を直腸内に挿入★ 支持療法

重症熱帯熱マラリアでは、高度の虫血症、脳症、腎不全、ARDS/肺水腫、ヘモグロビン尿、ショック、低血糖、代謝性アシドーシスなど多彩な病態や合併症の発現をみることがある。この場合は、原因療法だけでなく、電解質補正、酸素吸入、血液透析、交換輸血などの適切な支持療法の強化が救命に不可欠である。さらに、WHO のガイドラインでは、脳症に対するデキサメサゾン、マンニトール、DIC 様出血傾向に対するヘパリンの投与は禁忌とされており、注意を要する。 -2 その他のマラリアNon-falciparum malaria

概 要

臨床経過が悪性の熱帯熱マラリアを除く、三日熱マラリア、卵形マラリア、四日熱マラリアの3 種をさす。このうち、輸入症例の中で熱帯熱マラリアとともに患者数が多いのが三日熱マラリアであり、アジアでの感染者が多い。また、卵形マラリアは西アフリカに分布し、最近は毎年数名の輸入症例がみられる。四日熱マラリアは全熱帯地に存在するが、患者数は少ない。

症 状

三日熱マラリアと卵形マラリアは通常、2 週間ほどの潜伏期を経て頭痛などの前駆症状とともに、あるいは突然悪寒戦慄を伴う高熱を発するが、不完全な予防内服を行った患者では潜伏期がさらに長期化することもある。発病後、数日間は高熱を持続するが、5~6 病日頃から特有の熱発作を48 時間毎に反復し、無治療の場合は、次第に貧血と脾腫を呈するようになるが、致命的な合併症を発現することは稀である。

四日熱マラリアは通常、4 週間ほどの潜伏期を以って発病し、5 病日頃から72 時間周期の熱発作を呈するようになるが、この場合も潜伏期が長期化する例もある。なお、四日熱マラリアでは、熱発作の解熱時に体温が35℃以下に下降し、虚脱状態に陥ることがあるほか、感染が長期に亘って持続した場合は、ネフローゼ症候群を併発する危険がある。

検査と診断

発熱患者、とくに熱帯地滞在歴を有する患者に遭遇した場合は、直ちに血液を用いてマラリア原虫検査を施行するのが鉄則である。この場合、末梢血塗抹標本をメタノール固定後、pH 7.2~7.4 に調整したギムザ液で染色して光学顕微鏡で観察し、病因原虫を検出するのが基本である。

治療方針

急性期の熱発作治療(発熱抑止療法)にはクロロキン(燐酸塩、硫酸塩) が第一選択薬であるが、スルファドキシン/ピリメタミン合剤や経口キニーネを代替薬にしてもよい。国内では本研究班が硫酸クロロキン製剤を保管・供与している。

さらに、三日熱マラリアと卵形マラリアではクロロキンなどで赤血球内の無性原虫を殺滅しても、肝細胞内に休眠原虫が形成され再発の原因になるので、熱発作治療後に休眠原虫をプリマキンで殺滅する根治療法を併用する。ただし、四日熱マラリアでは休眠原虫が形成されないので、根治療法を行う必要はない。なお、プリマキンは本研究班から入手できる。

処方例★ 急性期熱発作治療

① クロロキン(Nivaquine 100 mg、150 mg塩基:ローヌ・プーラン)
クロロキン塩基を初回600 mg、6 時間後300 mg 、24 時間後300 mg 、48 時間後300 mg ときに胃腸障害、眩暈、羞明、稀に網膜障害(総投与量 60~100 g)が起りうる。
② スルファドキシン500 mg/ピリメタミン25 mg 合剤(ファンシダール錠:ロシュ) 3 錠 単回服用
妊婦、新生児には禁忌。ときに胃腸障害、顆粒球減少、稀にStevens-Johnson 症候群などあり。
③ 硫酸キニーネ 1.2~1.5 g/日、分3 、3~5 日間
ときに胃腸障害、頭痛、眩暈、難聴、不整脈などあり。 ★ 三日熱、卵形マラリアに対する根治療法
① プリマキン(7.5 mg塩基錠:Durbin、15 mg 塩基錠:タイ政府製薬所)

15 mg 塩基/日 分1 14 日間妊婦、乳児、G-6PD欠損者には禁忌。なお、パプアニューギニアとその近隣地域にはプリマキン低感受性原虫株が存在する。

そのため、パプアニューギニアなどで感染した三日熱マラリア患者には、1 ヶ月後にさらに1 クール追加するか、英国などでは22.5 mg 塩基/日、14日間療法を行っている。