研究テーマ

微生物学は細菌学、免疫学、ウイルス学をカバーする学問領域である。さまざまな微生物の研究を通して、宿主とそれら寄生体の関係や病原性のメカニズムについての理解を深める。微生物学は今や医学研究の中心に位置する重要な学問である。
当教室では主として世界的に深刻化しているエイズの原因ウイルスであるヒト免疫不全ウイルス(HIV)、ならびに成人T細胞白血病(ATL)および神経疾患HAMの原因ウイルスであるHTLVという二つのヒトレトロウイルスに関する研究と教育を最先端の技術を用いて進めている。

 

(1)教育

医学部3年次の感染症学講義および実習、5年次のクリニカル・クラークシップを担当し、ウイルス学・細菌学・免疫学をふまえ病原微生物学の教育を行っている。微生物の構造、増殖、機能、遺伝に関する原理および微生物と人体との相互作用によって生ずる諸現象の理解と考え方の修得に重点をおく。大学院生ならびに専攻生の教育も担当し、医歯学総合研究科生体環境応答学系ウイルス制御学講座として最先端の感染症学研究を指導する。週に1回文献抄読会を、また週1回データ検討会を行い、生命現象や感染症の分子的基盤の理解につとめている。

 

(2)研究

下記の研究課題について、最先端をゆく活発な論文ならびに学会発表を続けている。

1)HIVとHTLVの増殖と病原性にかかわる宿主細胞側因子

ウイルスはすべて寄生体であり、宿主細胞を巧妙に利用しながら、子孫を増やしている。ヒト免疫不全ウイルス(HIV-1)とヒトT細胞白血病ウイルス(HTLV-I)感染によりもたらされる病理学的変化の理解とその予防や治療には、ウイルスの遺伝子産物が相互作用する宿主細胞側因子の同定とその機能解析は必須である。cDNAライブラリー導入や変異導入による細胞遺伝学的手法による感染しにくく変化した変異細胞の解析(図1)、Yeast two hybrid法などによるウイルス複製に重要な細胞因子の同定は、しばしば問題となるウイルスの変異に左右されない抗ウイルス剤開発への展望をひらく。研究テーマの4)を参照。

cDNAライブラリー導入や変異導入による細胞遺伝学的手法による感染しにくく変化した変異細胞の解析
(図1)

2)ウイルスタンパク質による情報伝達経路のハイジャックと多段階発癌のモデル

ウイルス蛋白質が転写因子を強力に活性化する際に、細胞内情報伝達経路の中枢部に直接作用していることに注目し、HTLV-IのTax、Epstein-BarrウイルスのLMP1という発癌蛋白質によるシグナル伝達機構を明らかにすることをめざしている。興味深いことに、HTLV-I感染後数十年たって発症するATLでは、腫瘍細胞において転写活性が維持されたままウイルス遺伝子の発現が抑制されていることが多く、これは生体の免疫機構から逃れつつ細胞側変異を蓄積することで悪性形質を獲得していく多段階発癌のモデルと考えられる。この変異が何であるのかを分子レベルで明らかにすることで、ATLに特異的な分子標的治療を確立することをめざしている(図2-1)

図2 ウイルスが感染しにくい細胞の例
(図2-1)

 

我々は、ウイルスの発癌タンパク質Taxが白血病細胞でほとんど発現していないにもかかわらず転写因子NF-kappaBが恒常的に活性化されていることに着目して、がん細胞におけるシグナル伝達の異常の解明に取り組むとともに、ノックアウトマウスの作製をとおして様々な病態、生理的現象を分子レベルで理解することをめざしている(図2-2)


(図2-2)

3)抗ウイルス薬の開発

新規合成物質や動・植物由来の物質などについて、将来抗ウイルス薬として使用されるものを発見すべくその有効性を評価するとともに、さらに有効な物質の検索を行い研究を進めている。標的ウイルスとしてはHIV-1のほかにSARS-CoVを用いている。またATL白血病細胞の増殖を調節している遺伝子、とくに転写因子NF-kappaBに対する阻害剤を用いて、幅広い悪性腫瘍細胞に対する有効性について研究している。

4)HIV-1感染メカニズムの基礎遺伝学的研究

HIV-1はヒトの細胞にはたいへんよく感染する。普通のレトロウイルスは細胞が分裂・増殖していなければ感染できないが、HIV-1は細胞が分裂していなくても問題なく、改変して遺伝子導入のベクターとして利用されるくらいである。HIV-1の治療は現在、ウイルス蛋白質を標的としたHAARTという効果的な治療法が行われているが、ウイルスの変異が早いため耐性株の出現によって治療効果が減弱して、エイズへの進行を免れることは難しい。そこで、ウイルスが是非とも必要としている細胞因子を見つけ出し、ウイルスがそれを使えないようにしてやれば、ウイルスの変異に大きく影響されることなく治療効果をあげることができるのではないか、と考え、遺伝子操作の後にHIV-1が感染しやすい細胞を殺して感染しにくい細胞を生き残らせる実験系を開発した。現在、HIV-1が何十倍も感染しにくくなった細胞株を樹立して、解析を行っている。

 


 

感染症研究国際ネットワーク推進プログラム

ガーナにおけるHIV/AIDS治療(ART)に関する研究:アフリカではWHO推奨のレジメンに基づく抗レトロウイルス剤によるエイズ治療が始まっている。ガーナで流行するHIV-1の遺伝子型の大半はCRF02_AG株と呼ばれるA/Gリコンビナント株である。欧米で主に流行するサブタイプBの株については種々の薬剤に対する耐性変異を始めとして、ARTに関する研究が数多くなされているが、A/G株に関する報告は極めて少ない。そうした背景から、ガーナにおける現行のARTがどれだけ有効であるかを評価することは、ガーナ側からも最も要望されている研究課題である。

HIV組み替えメカニズムと分子疫学研究:アフリカ大陸では異なった遺伝子型のHIV株間でゲノムを部分的に交換する組み替えを通して絶えず新たなゲノム型のウイルスが生成されている。それらの中から強い感染性を持つものが感染域を拡げ、グローバルなレベルでパンデミックを起こしている。組み替えはウイルス進化の大きな要因であり、その機序を解明し、それを抑制する方法を探索することを最終目標とする。しかし組み替えについて、患者個体レベルで研究された報告はほとんどない。様々な遺伝子型が混在して流行している地域における重感染の症例は、生体内で組み替え株が生成する過程を追跡できる可能性があり、医学的に価値が高い研究となる。その前提としてガーナにおける分子疫学を明らかにし、アフリカ地域内の他の地区と比較検討を行う。この研究ではPCRとクローニング・遺伝子解析という従来の方法によらない、より簡便迅速に重感染を検出できる新しい解析手法の開発を試みる予定である。


 

地球規模課題対応国際科学技術協力事業

研究課題「ガーナ由来薬用植物による抗ウイルス及び抗寄生虫活性候補物質の研究」

本学はこれまで、野口英世博士を記念して設立された西アフリカのガーナにある野口記念医学研究所に特任教授・准教授を派遣して研究拠点を設立、ウイルス学、寄生虫病学の研究を進めてきた。2010年度からは新たに、科学技術振興機構(JST)と国際協力機構(JICA)による地球規模課題対応国際科学技術協力事業として、ウイルス複製、寄生虫増殖を抑制する薬用植物中の有効成分の研究を開始した。この研究事業はガーナ側からの強い要請にもとづいて企画され、日本側から本学ウイルス制御学、国際環境寄生虫病学の太田伸生教授、免疫治療学の神奈木真理教授と長崎国際大学薬学部の正山征洋教授の各グループが参加し、ガーナ側の野口記念医学研究所と生薬科学研究センターの研究グループと感染症治療に有効な生薬有効成分について共同研究を行う。ガーナでは主に経済的、地理的要因から西洋医学の普及が十分でなく、国民の多くが歴史的に普及している生薬伝統医療に頼っている現状から、ガーナ政府も本研究に大きな期待を寄せている。チョコレート原料のカカオ豆で有名なガーナであるが、研究を開始して間もなくガーナ原産植物の中に抗ウイルス活性物質が多く含まれることがわかり、今後の進展が期待される。

我々は、ウイルスの発癌タンパク質Taxが白血病細胞でほとんど発現していないにもかかわらず転写因子NF-kappaBが恒常的に活性化されていることに着目して、がん細胞におけるシグナル伝達の異常の解明に取り組むとともに、ノックアウトマウスの作製をとおして様々な病態、生理的現象を分子レベルで理解することをめざしている(図2-2)
科学技術振興機構 Jica ガーナ由来薬用植物による抗ウイルス及び抗寄生虫活性候補物質の研究