研究概要
 

クロマチンの高次構造に関する研究

 1個体にみられる種々の細胞はすべて同じ遺伝子組成をもつが、通常、他種の細胞に変化(再分化)することができなくなっているので、細胞分化は不可逆的な遺伝子発現調節であるといえる。発生過程のその細胞のおかれた状況において、幾度となく受容する外的シグナルによる誘導が、その細胞の分化の方向性をその都度狭めてゆくことから、積み上げ型の調節であり、細胞の記憶と呼ばれることもある。したがって最終分化に達した体細胞には分化にいたった記憶が残されているはずであるが、しかしその記憶の実体は未だ明らかではない。
 一方、1個体にみられる種々の細胞は様々な形態と機能を示し、細胞核もまた種々の形態を示す。核を満たす物質であるクロマチンは間期核内で複雑に折れ曲がり粗密を形成し、三次元的位置情報を有する。異なる染色体上に位置する遺伝子も空間的に近接し、統一的な制御を受けている可能性がある。細胞相互の最も顕著な核内構造の差異はクロマチンの凝縮形態であり、局所的なクロマチンの凝縮化が遺伝子発現の不活性化を引き起こすことも知られている。このような状況から、あるいは細胞分化の記憶は、遺伝子群を不活性化するようなクロマチン高次構造の
形成に関係し、それを構築するようなタンパク質に帰せられるのかもしれない。
 このような観点より、クロマチンの高次構造に関連するタンパク質を探索し、その機能を調べている。これらのタンパク質はクロマチンの高次構造構築に関係し、細胞の分化依存的に発現する多型により、種々の細胞で少しずつ作用が違う可能性がある。それらの相互作用のあり方を究明することで、種々の細胞それぞれがどのような機構で最終分化を維持するのかを明らかにしていきたい。また、そのことによって、それとは表裏一体の関係にある細胞分化に伴う核の構造変化と遺伝子発現変化との関係について究明したい。

 

酸化的ストレスに対する防御機構に関する研究

 松果体ホルモンであるメラトニンは、日周リズムの調節や性周期制御に作用をもつとされているが、生体にとって有害物質である活性酸素の消去作用も有すると考えられている。この作用の有無を明らかにするため、活性酸素が発生するような状況でメラトニン投与群と非投与群を比較し、メラトニン投与群で酸化型グルタチオンや脂質過酸化物の蓄積が減少することを、激しい運動ストレスを加えた場合、除草剤パラコートを投与した場合で明らかにし、メラトニンの活性酸素消去作用を示した。また、メラトニンの代謝産物にも活性酸素消去作用のあることを明らかにし、その作用はインドール環に関係することを示唆した。抗がん剤シスプラチンは副作用として腎障害が発生するが、その発生機序は活性酸素が関与すると考えられている。メラトニン投与によりこの腎障害が軽減されることを明らかにし、その作用機構を代謝産物との比較から示唆した。
 メラトニンは植物はおろか原核生物中にも存在することが知られている。単細胞生物内でのメラトニンの存在意義は不明だが、ホルモン作用とは無縁であることは明らかであり、生体防御系物質との考えに惹かれる。実験的にはメラトニンの活性酸素消去作用は明白であるが、その機構に関しては不明な点が多い。一方、メラトニンの結合タンパクが核内で見いだされているが、こちらも生理作用は不明である。そこで、夜間に濃度が上昇するという生物リズムに注目し、DNA修復系酵素へのメラトニンの影響について調べ、活性酸素に対する防御系としてのメラトニンの生理的意義を明らかにしたい。

 

細胞内小器官プロテオームに関する研究

 タンパク質には固有の電荷と分子サイズがあるため、等電点と分子量を平面の2軸にとる二次元電気泳動により、あらかじめ分離した細胞内小器官を構成するすべてのタンパク質の分離展開が可能である。画像として取得後、個々のタンパク質に番号付けをした上で座標と面積比をデータ化することで、その組織をプロファイル化できる。これを特定の条件にある特定の細胞内小器官からデータ取得・蓄積し、また個々のタンパク質に関する既知情報があればそれも合わせデータベースを構築する。このプロファイルを条件の異なる細胞(例えば病変細胞と正常細胞)同士で比較すると、各細胞内小器官における変化が読み取れる。このことより、環境変化、細胞分化、病因、薬物代謝等における細胞内小器官の役割をより詳しく解析でき、同時にタンパク質の解析を行うことでその変化の中心となるタンパク質を同定できる。