研究室案内 研究内容

1) 関節リウマチの細胞周期制御法の開発

関節リウマチの病態

   そもそも、関節リウマチという病気のしくみはどうなっているのでしょうか。患者さんには特定のヒト白血球型(HLADR遺伝子と呼ばれるものです)を持つ方が多いことが知られていて、かつこの白血球型はある種のTリンパ球の活性化に重要です。一方、炎症をおこした関節滑膜組織には、Bリンパ球もいて、リウマトイド因子とよばれる免疫グロブリン(抗体とも呼びます)を大量に分泌し、抗原と抗体からなる免疫複合体を作って補体を活性化して、さらに好中球をも刺激しています。 また、滑膜のマクロファージも活性化されていて、腫瘍壊死因子(tumor necrosis factor: TNF)αやインターロイキン(IL)-1、6などのサイトカインを大量に作っています。これらの細胞が活性化した状況は「炎症」と呼ばれています。
   TNFαやIL-1は、マクロファージ自身を活性化させるばかりでなく、滑膜を形作る線維芽細胞をも活性化して増殖させます。盛んに増殖した滑膜線維芽細胞は、IL-6などのサイトカインを大量に放出する他、関節組織を破壊するタンパク分解酵素を産生し、関節内でパンヌスと呼ばれる絨毛のような組織を形成して罹患関節の骨や軟骨をこわします。パンヌスはまた骨を壊す破骨細胞も活性化します。私たちは、炎症が主体の状態を「炎症相」、パンヌス増生による骨・軟骨破壊の状態を「滑膜増生相」と呼んでいます。滑膜増生がおきると関節破壊が起きるのです(図1)

関節リウマチの病理

図1 関節リウマチの病理
炎症が主体となる炎症相とそれに引き続き起こる滑膜増生相のふたつを考えると理解しやすい。

治療の現状と発想の転換

   関節リウマチの治療は、前項で述べた病的変化の一つ以上を阻止することが目的です。現在、治療に用いられているのは、非ステロイド系消炎鎮痛薬、抗リウマチ薬、および副腎皮質ステロイド薬の3つです。非ステロイド系消炎鎮痛薬は、炎症にかかわるプロスタグランディンが出来るのを抑え、また痛みを感じさせにくくする作用があります。副腎皮質ステロイド薬は、非ステロイド系消炎鎮痛薬と同様にプロスタグランディン産生抑制するほか、滑膜リンパ球やマクロファージも抑制して、広範で強力な抗炎症作用を及ぼします。 一方で、今世紀に入る前までの抗リウマチ薬は、その作用メカニズムが不明で、結果として炎症に関連する分子の産生を抑えることがわかっていました。
  これに対し、近年、開発されてきた抗リウマチ薬の多くは、その標的が明らかです。アラバ、プログラフは、活性化リンパ球の抑制を介して効果を発揮します。抗サイトカイン薬であるレミケードやエンブレル、ヒュミラは、滑膜の炎症に重要なTNFαを中和し、アクテムラは、IL-6の作用を妨害します。このように、切れ味の鋭い抗サイトカイン薬も含めて、全ての抗リウマチ薬は炎症の是正を目的としています。ところが、抗サイトカイン薬でも、関節リウマチがすっかり良くなるのは3-4割に満たない患者さんです。にもかかわらず、細菌やウイルスなどの微生物に対する抵抗力(つまり免疫力です)が弱くなります。 しかも、注射薬ばかりで、薬価も非常に高いという問題点があります。
   私たちが考える理想の抗リウマチ薬は、良く効き、免疫力が弱まらず、値段の安い飲み薬です。 そこで、発想を転換し、炎症の是正を目的とすることを放棄してみたらどうかと考えました。 一方、滑膜増殖は、パンヌス組織形成の元凶であり、これさえ防げれば関節破壊はおこらないはずなのに、これまでの薬は標的としてきていません。私たちは、滑膜細胞の増殖を抑えることが効果的治療となり、これまで抑制が必須と考えられてきた炎症は必ずしも抑制しなくても良いかもしれない、そう考えたのです。

関節リウマチ滑膜細胞の細胞周期タンパク発現

   まず、私たちは、細胞増殖を司るタンパクのうち、何をリウマチ治療の標的とすべきかを調べました。滑膜が増生するのは滑膜細胞の増殖を抑制する分子の発現が下がっているためと仮定し、細胞増殖を抑えているサイクリン依存性キナーゼ阻害因子という分子群の発現を調べました。しかし、このグループに含まれる分子のうち代表的なp15INK4b、p16INK4a、p21Cip1、p27Kip1などの発現を調べても、関節リウマチ滑膜細胞に特別な変化はありませんでした(図2A)。
   元来、サイクリン依存性キナーゼ阻害因子は細胞増殖が止まるべき状態で発現すべきものです。そこで、次に、関節リウマチ滑膜に由来する線維芽細胞に放射線を照射したり、高密度で培養したり、栄養価の低い低血清培地で培養したり、細胞増殖が抑制されるような条件におき、こんな状況でサイクリン依存性キナーゼ阻害因子が発現しにくくなっていないかを調べました。その結果、関節リウマチ滑膜由来の細胞では、かえって p16INK4a 遺伝子が誘導されることがわかりました(図2B)。しかも、いったん p16INK4aが発現すると滑膜線維芽細胞の増殖は完全に止まり、その後に刺激しても全く増殖しませんでした。同じ増殖抑制によって他のサイクリン依存性キナーゼ阻害因子 p21Cip1 も発現してきたけれど、これは関節リウマチ滑膜以外の滑膜細胞や他の線維芽細胞にも見出され、かつ再増殖刺激により発現が低下してしまいました。即ち、p16INK4aは、p21Cip1と異なりその後の細胞の運命に決定的な影響を与えていました。

滑膜組織と増殖抑制した関節リウマチ滑膜線維芽細胞およびその他のヒト線維芽細胞におけるサイクリン依存性キナーゼ阻害因子の発現。

図2 滑膜組織と増殖抑制した関節リウマチ滑膜線維芽細胞および  その他のヒト線維芽細胞におけるサイクリン依存性キナーゼ阻害因子の発現。

A;3つのRA滑膜と正常滑膜におけるサイクリン依存性キナーゼ阻害因子およびサイクリン依存性キナーゼ(CDK)4の発現を検討したもの。 p27Kip1はすべての滑膜で発現していましたが、p15INK4b、 p16INK4a、p21Cip1は発現を認めませんでした。B;滑膜線維芽細胞、正常皮膚線維芽細胞とヒト胎児肺線維芽細胞WI-38におけるCDKIの発現。対数増殖期(log)、放射線照射(IR)、高密度培養(HD)、低濃度血清培地による培養(LS)、老化静止(SN)細胞から取り出した蛋白を解析したもの。すべての線維芽細胞で増殖抑制によりp21Cip1の発現が誘導され、p27Kip1の発現が増加。p16INK4aの発現はRA滑膜線維芽細胞だけに認められました。p15INK4bの発現はどの細胞でも認められませんでした。

細胞周期制御療法

   増殖の著しい関節リウマチ滑膜線維芽細胞で、なぜ細胞増殖を抑える遺伝子が発現されやすいのかはよくわかっていません。しかし、関節リウマチ滑膜線維芽細胞が関節内では増殖しやすいにもかかわらず、取り出して培養すると増殖抑制因子を発現し易いというパラドックスは私たちに大きなヒントを与えてくれました。すなわち、薬などによって患者さんの関節内の滑膜細胞にCDKI p16INK4aやp21Cip1遺伝子の発現を誘導しうるのではないか、そうすれば関節炎による関節破壊を抑えられるのではないかということです。

関節リウマチモデルのアジュバント関節炎に対する細胞周期制御療法

図3 関節リウマチモデルのアジュバント関節炎に対する細胞周期制御療法
関節炎ラットの両膝です。右側の非治療側に対して、左側の治療側では、関節の腫れが完全にひいています。

そこで、私たちはp16INK4aやp21Cip1による細胞増殖の抑制が本当に関節炎治療に有効かどうかを確かめることにしました。そのために、ヒトp16INK4aないしp21Cip1遺伝子を持つアデノウィルス(AxCAp16、AxCAp21)をラット・アジュバント関節炎やマウス・コラーゲン誘導関節炎と呼ばれる関節リウマチ動物モデルの関節内に注入して細胞周期制御による遺伝子治療を試みてみました。図3はアジュバント関節炎ラットに対する遺伝子治療の効果ですが、p16INK4aによる遺伝子治療は非常に有効で関節炎を軽減させました。この時初めて、細胞周期を抑えると関節炎が良くなると言うことがわかったわけです。なお、この治療は、いったん関節炎が発症してから開始しても有効なので、関節リウマチへの応用しうるものと思われました。

低分子CDK4/6阻害薬による関節炎

   サイクリン依存性キナーゼ阻害因子p16INK4aは、CDK4とCDK6とを抑制することが知られています。遺伝子治療でなくとも、CDK4/6を抑制する薬剤が抗リウマチ薬になるかもしれません。

CDK4/6活性を抑える薬剤は、抗癌薬として数多くの製薬会社により開発されてきました。一部の癌では、CDK4/6遺伝子異常によりその活性が恒常的に上昇しており、そのために細胞増殖に歯止めが効かずに癌化していると考えられるためです。しかし、臨床試験に進むにつれ、癌退縮効果は芳しくないということが明らかになりました。そもそも、CDK4/6活性を抑制しても細胞回転が止まるだけであることを考えると、癌細胞の細胞死を招くわけではないCDK4/6抑制薬が癌に効かないのも自然な理屈です。一方、細胞回転を抑制する薬剤を全身投与すれば、様々な臓器に副作用が出現するものを考えられましたが、主な副作用は、白血球数減少や下痢などで比較的軽微でした。

癌に対して、CDK4/6阻害薬は、抗癌作用は小さいものの、副作用も小さい。関節炎に対しては、滑膜細胞増殖抑制効果とともに抗炎症効果も期待できる。こうしてみると、ますます、関節炎治療薬として全身投与ができるのではないかという希望が持てます。

経口CDK4/6阻害薬による関節炎治療

図4 経口CDK4/6阻害薬による関節炎治療
  コーラゲン誘導関節炎をおこしたマウスの膝関節断面。
左の対照群と比べて右の治療銀では炎症と骨・軟骨破壊が抑えられています。

そこで、私たちは、既に抗癌剤として臨床試験が行われたこともある経口CDK阻害薬を用いて、マウスの関節リウマチモデルであるコラーゲン誘導関節炎の治療を試みました。すると、抗癌作用を期待する量よりも少量で関節炎の抑制が認められました(図4)。この時、免疫抑制は殆ど認められませんでした。朝日新聞の記者は、まるで抗がん剤として劣等生だった薬が抗リウマチ薬候補生として成功を収めたみたいだと面白がって記事されました(新聞記事)。
CDK4/6阻害薬が患者さんへのお薬となるには、まだまだ研究しなくてはならないことがあります。しかし、独自の作用機序を持ち有効で安全な経口抗リウマチ薬となるのではないかと期待に胸をふくらませています 。

ページトップへ戻る