ファーマコビジランス(薬剤監視)とは
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小池竜司. 臨床医の目でシグナルを見逃さない因果関係によらず、まずは記載 (当該記事の著作権は朝日新聞社に帰属し、無断転載を禁じます)
メディカル朝日 2006年 6月号(1.31M)
ファーマコビジランス: pharmacovigilanceは日本語に訳すと「薬剤監視」となります。そして具体的には「医薬品の(主に市販後の)監視活動」を指します。即ち、市販される医薬品に関連した有害事象(いわゆる副作用)を監視、調査さらにはそれを深く追求して研究することと私たちは考えています。
具体的には、医薬品や適応となる疾患について使用状況や有害事象の検出を調査するための計画を構築したり医療機関に参加を呼びかけること、そのような調査によって得られた結果を統計的に解析したり吟味すること、行政機関や製薬会社に報告された有害事象に着目し、薬剤との関連性や背景因子についての医学的な検討や追加調査を行なうこと、薬剤による有害事象の中の重要なものについてそのメカニズムや原因について医学生物学的な研究を行なったり組織したりすること、薬剤による有害事象について啓発活動や予防策の策定を行い、実際に被害に遭う患者さんを減らすことなどが該当すると考えています。
医薬品が市場に出るまでには膨大な数の基礎研究、動物実験を経て、治験と呼ばれる市販前臨床試験に辿り着き、そこで複数相の試験と何年かをかけた審査をクリアしなければなりません。それほどまでに手間と時間をかけているのだから、危険性のある薬は認可されないはずだと思われるかもしれません。しかし様々な条件によって市販前と市販後の薬の使用状況は大きく変化します。
- (1) 使用者の数
- 市販前試験で薬を使用する患者さんの数は多くて数百名程度です。単純に考えて1000名に一人(0.1%)程度で起こる有害事象であれば、市販前には全く認められないかもしれません。さらに日本の治験ではなかなか協力していただける患者さんが集まらず、目標症例数より少ない数で終了することもあります。
- (2) 「サブグループ」の存在
- ここで言う「サブグループ」とは、主に倫理的理由から市販前試験には参加していない人々を指します。具体的には高齢者、小児、妊婦、合併症を有する人などです。こうした人には、安全性が確立していないなどの理由から市販前試験には組み入れられません。しかし、市販開始後にはこうした人たちに薬が投与される危険が増大し、その結果有害事象が発生することがあります。
- (3)医療者や患者の行動パターン
- 市販前試験では、その服薬行動にも注意がなされ、薬の飲み方や用量、併用している薬などについて細かく留意や制限がなされます。しかし市販後においては用法を間違えたり、過量に使用したり、深く考えずに他の薬剤と併用したりする可能性が高くなります。同様のことは処方を行なう医療者においても言えます。
この他にもいくつもの理由より、市販後に初めて重大な有害事象が明らかになることは少なくありません。そしてそれを皆無にすることは不可能です。そこで、市販後に医薬品の監視を継続していくことが医薬品を安全に使用していくために不可欠なのです。
薬を使用することによって、使用した人に生じた好ましくない現象を一般的には副作用と呼んでいますが、正確には「医薬品有害事象」と言います。副作用は、薬に本来期待している作用以外の働きを指すので、有害なものとは限らないし、状況によって変化する場合があります。例えばバイアグラは当初血圧降下剤として使用され、その副作用に勃起持続作用が見出されました。そしてそれは一部の使用者にとって好ましい副作用であったわけです。
「薬害」という言葉は社会的用語に近いもので、その定義はいくつかの意見があります。それらを総合すると、「医薬品(や医療行為、医療機器など)に関連した有害事象が不適切な対応、対処によって患者さんの肉体的精神的被害が拡大、遷延した事件」が近いかと考えます。
すべての医薬品において期待する作用である「主作用」とは別の「副作用」が存在し、それが使用者に何らかの害を与えるものであれば「有害反応」さらに直接の因果関係は不明な現象も含めて「有害事象」と定義されます。そして「有害事象」を伴わない薬剤は存在しません。しかし適切なファーマコビジランスによって「薬害」に至らしめないことは可能です。これまで繰り返されてきた「薬害」の被害に遭われた方々の心の叫びは、まさにこの部分にあると思います。
「薬害」事件の個々の事例やその詳細についてここでは取り上げませんが、その重要な要因として、製薬会社の利益追求姿勢に基づく事実隠蔽や対処の遅れが指摘されています。レフルノミドの事件においてわれわれはそのことを実感し、有害事象の監視を製薬会社に一任することには限界と大きな矛盾があると考えました。そこで私たちの講座ではファーマコビジランスという活動を独立研究機関として行うことによって、有害事象を「薬害」に至らしめないように監視していくことを目指して行きます。講座名を「薬剤監視」でなく「薬害監視」とした理由もここにあります。
医薬品有害事象の管理は、医療におけるリスクマネジメント活動の一部であり、その重要性は増大しています。リスクマネジメントの方法論のひとつに、アクシデントやインシデントの事例を公開し要因や対策について討議すること、そしてその経験を部外者も共有することが再発防止に有効とされています。
またファーマコビジランスの立場では、有害事象の発生は患者さんによって認識された後、大部分は主治医にまず伝えられることから、この時点で適切な対応がなされるかどうかが重要であるとされています。
したがって、医療者(特に医師)の教育の中で薬害やファーマコビジランスに関する内容は当然必要なことであり、薬害被害者団体からもそのような訴えがなされています。そこで、われわれは医学部教育や医師の卒後教育に関わっていくことを目指していきます。またそのために、これまでの薬害事件に関する資料を収集し、ファーマコビジランスとそれを包括する臨床薬理学、薬剤疫学について一般的な知識、国内外の現状などについて研鑽していくこととしています。
いっぽう薬剤の使用は医療者という人から患者という人に対して行なわれるものである以上、双方に要因が存在します。私たちは現場の一医療者でもあり、広く患者さんに対して薬剤の適切な使用やファーマコビジランスという活動について知っていただく必要があるとも考えています。
本邦においては国民皆保険という背景から、コスト意識が希薄であり、結果として安易な投薬の求めや処方が生じていることも事実です。たとえば
・感冒に対する鎮痛解熱剤
・感冒に対する抗菌薬
・下痢症に対する止痢剤
など…。これらについて適切な知識を持っていただけるような活動の必要性も認識しています。
