顕微鏡を用いた歯内治療(Microendodontics)

顕微鏡を用いた歯内治療(Microendodontics)

歯内療法はここ数年で大きく変化しています。ニッケルチタンファイルによる根管形成、新世代の電気的根管長測定器、そして外科用実体顕微鏡(以下実体顕微鏡)を用いたMicroendodonticsなどです。特にMicroendodonticsは今まで「手探りで行ってきた歯内療法」を、明視野で拡大して見ることにより「確実な歯内療法」へと変化させました。このMicroendodonticsについて紹介します。
実体顕微鏡は1950年代に初めて医科領域で使用されるようになり、60年代には神経外科や眼科で使用されるようになりました。90年代に入る頃から歯内療法の分野でも実体顕微鏡の使用が欧米を中心に普及しはじめました。当初は外科的歯内療法に導入されていましたが、現在では通常の根管治療でも使用されています。


通常の根管治療では、髄腔開拡・根管形成終了時、ポストや破折器具を除去する時、穿孔部を封鎖する時など、必要に応じて実体顕微鏡を使用します。髄腔開拡の終了時や根管形成終了時に実体顕微鏡下で髄腔内をチェックすると、象牙質の色の違いまで容易に識別でき、天蓋の取り残し、見落としていた根管などを発見することができます。

上顎第一大臼歯を治療する場合、近心頬側第二根管(MB2)を見落とし、その結果「痛みが取れない」などという難治症例を作っていることが数多くあります。近心頬側第二根管などの根管は、必ずしも髄床底部分から分岐しているとは限りません。なかには根管の途中から分岐する根管も存在します。根管形成を行った後、根管内を再び実体顕微鏡下で観察すると、根管途中で分岐した新たな根管を見つけることができます。

実体顕微鏡を用いることにより、石灰変性により閉塞した根管を見つけだすことも可能です。髄床底や根管内を実体顕微鏡でよく観察すると、閉塞した根管も容易に発見できます。上の症例は肉眼で根管と違う方向を削ってしまい、石灰変性により狭窄した本来の根管を見失ってしまった症例です。従来の方法ではこの根管を手探りで探さなければならず、技術と根気の要る治療となっていました。しかし、本症例では実体顕微鏡下で本来の根管を探しだし、根管充填を行うことができました。実体顕微鏡を用いると根管内の破折線の確認も可能となります。根管形成後、根管壁を実体顕微鏡下でよく観察すると、微小亀裂を発見することがあります。このような症例で内側性の補綴物を不用意に装着すると、破折を広げてしまうことにもなりかねません。

再治療の症例において、根管内にポストや破折器具が認められることがあります。根管口付近に存在するポストや破折器具であれば直視も可能ですが、根管内部に残ってしまったこれらを除去しようとすると多くの歯質を犠牲にせざるを得ず、しばしば困難を極めます。このような場合に実体顕微鏡と超音波器具を併用することにより歯質の削除量を必要最小限にとどめて除去することが可能です。再根管治療の際、髄床底や根管口付近に穿孔が認められることがあります。実体顕微鏡を用いることにより高倍率で明るい視野のもと、穿孔部の正確な位置を確認できるとともに封鎖材料を穿孔部から溢出させることなく、穿孔部を確実に緊密に充填することができます。

外科的歯内治療において従来の根尖切除術では,骨内の狭い空間や逆根管充填用窩洞の中などは術者の手指の感覚に頼る部分が多かったために,成功率の報告では60~70%というのが一般的でした.実体顕微鏡を用いて視野を明るく拡大し,特殊なマイクロミラーや超音波レトロチップを使用したMicrosurgeryを行うことによって,より正確で確実な根尖切除術が行えるようになりました.Microsurgeryによる根尖切除術の成功率は90%以上にまで上昇しています.
欧米の歯内療法では実体顕微鏡が幅広く活用されており、治療効率や成功率の上昇につながっています。我々の教室でも外来に3台、手術室に1台の実体顕微鏡を常備し、医局員全員で高いレベルの歯内療法を行っています。

参考文献
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