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3. リスク・ベネフィットの定量的定義と評価方法

3.0 イントロダクション

(工事中)

医療機器の開発に際して,開発された機器を評価することは重要な問題になる.しかし評価においては,機器を開発する研究者側,機器を製造する企業側,機器を維持管理するパラメディカル側,機器を使用する臨床側,そして機器による治療の対象である患者側と様々な立場や因子があり,またそれぞれにおいてリスクとベネフィットの両面から検討する必要があることから,これらを総合して医療機器の評価を行うことは極めて難しい.したがって様々な立場からの評価を客観的にすり合わせるために,機器を数字で表わされる尺度で評価すること,すなわち医療機器のリスクとベネフィットの定量的な評価方法を確立することが望まれるようになってきている.あまりに複雑な問題であるために,これまでこのような医療機器の定量評価方法について検討された例は皆無であるが,欧米諸国では積極的にリスクをとろうという考えが強いのに対し,わが国では安全性を追求するあまりに受容されうるリスクについての議論が進んでいない.したがってリスクとベネフィットの定量評価方法の研究は,特にわが国において推進すべき重要な課題であると考えられる.そこでRBMでは,複雑な価値判断を数値化するために,簡略化はされてはいるが医療機器の本質的特徴を保持するように設計された評価方法を利用します.

3.1 生存年によるリスクとベネフィットの評価

(工事中)

効用とリスクが定量評価できるようになれば,より科学的な比較を行うことが可能になるはずである.ここで定量的な効用とリスクの評価のための要件であるが,比較可能であるためには,同じ単位の量で評価されることが必要である.そのような単位としては,生存年数あるいは金銭的価値が考えられる.しかし金銭的価値による評価は,しばしば医療費抑制などの議論と混同されがちであり,純粋なリスク評価の普及をかえって妨げてしまうことが危惧される.そこでここでは,生存年数を利用した評価を採用する.

生存年数による評価の例として,極端に単純化した次のような場合をとりあげよう.治療の成功による効果と失敗の場合の被害が拮抗しており,もしどちらかが大きくなれば,効果あるいは被害が他を上回ると考えられる場合である.

生存年によるリスクとベネフィットの評価例
ある疾患により,治療を行わないと患者が1年後に死亡する確率が100%であるとする.このとき,ある機器を用いて治療を行うとき,治療に成功すれば1年余計に生きのびられるが,失敗すれば手術後まもなく死亡する.治療が成功する確率は50%とする.

このとき治療の効果と被害は次のように述べることができる.すなわち,この治療の効果とは,治療が成功し1年間長く生存できることが確率50%で期待できることである.これに対して被害は,治療が失敗してもともと有していた1年間の生存期間を失って死亡する可能性が確率50%で生じることとなる.このような場合,効果と被害は拮抗していると言える.

この例において,効果と被害を定量的に表現するためには,ゲーム理論に基づくミクロ経済学における期待効用4)の概念を利用して,次のように言い換えることができる.すなわち治療の効用は,確率50%で1年間の生存期間の増加が期待できることから0.5年間の生存年期待値の増加であり,リスクは確率50%で1年間の生存期間が減少する危険性があることから,0.5年間の生存年期待値の減少である.

すなわち治療の効用を治療が成功することによる生存年期待値の増加,治療のリスクを治療が失敗することによる生存年期待値の減少と定義すれば,上の例では,それぞれ0.5年の生存年期待値の増加と0.5年の生存年期待値の減少となり,効用とリスクが拮抗していると判断できる.そしてもしどちらかの数値が他を上回れば,効用がリスクより大きい,あるいはその逆であると判断することができる.

3.2 生活の質の定量評価

(工事中)

臨床経済学の知見の紹介

3.3 質調整生存年による効用の評価

(工事中)

治療の効果が死亡率などにおいて明確に現れるものならば,治療効果を生存年数の増加として計測することが可能である.しかし,治療効果が死亡率にはそれほど影響せず,機能の改善や苦痛の軽減といった生活の質QOLに現れることも多い.したがってそのような場合には,QOLの改善などを治療の効用とし生存年の増加に換算して評価する必要がある.

これまでにも,様々な疾患に対する治療方法や予防方法の有効性を評価するために,種々の方法が考えられてきている.最も簡明な方法は,治療効果として生存年数の増加や血圧や生化学検査の値など測定可能な数値を用いる方法である.しかしそのような方法では,痛みなど生活の質に係る効果について比較することができない.そこで医療経済学においては,治療法の有効性について費用効用分析(Cost Utility Analysis, CUA)を行うために,生存年数と生活の質(Quality of Life, QOL)の両方を考慮した質調整生存年(Quality Adjusted Life Year, QALY)の概念が利用されている.

図1. 質調整生存年(QALY)

治療の効果は,延命からはじまり,機能の回復,苦痛の除去など多様であるが,それらを相互比較可能にするために,まず治療のあとの健康状態Hの質が,即死の0から完全健康状態の1.0までの範囲内で評価される.そして図1に示すように生活の質QHとその状態の継続年数LHの積を求め,治療後の健康状態Hの遷移についてQH・LHの総和(厳密には積分値が正しいが,実際には評価が困難なので近似値として総和とする)をとることで,QALYは次のように計算される.
……(1)

そして治療の効用は治療を行うことによるQALYの増加,すなわち治療した場合のQALYtreatedと治療しない場合のQALYnontreatedの差として評価される.
……(2)

ここでQOLの評価値としてどのような値を用いるかが重要であるが,これまでに計量心理学に基づくEQ-5Dなど種々の方法が提案され,費用効用分析に用いられている.また障害調整生命年(Disability Adjusted Life Years, DALY)は,各種疾患による死亡や障害などの社会全体での損失を,死亡件数などだけではなく,苦痛や障害を考慮して定量化したものであるが,このような試みにおいて実施されているQOLの評価も,効用評価に有効に利用できると考えられる.

このように,機器の不具合が全く生じず治療が100%成功するものとすれば,治療の効用の定量評価はQALYを用いることで原理的には可能となる.なお将来期待されるQOLを現在の値に換算するために,医療経済学では割引(discount)の概念も導入されているが,ここでは簡単のために割引はないものとしている.

3.4 質調整生存年によるリスク・ベネフィットの定量評価

(工事中)

上のように導入された質調整生存年QALYは,既に医療コストとその効用を解析するために有効に用いられている.しかしQALYは確率的な概念を持たないため,リスク評価には不十分である.医療機器の効用とリスクの評価のためには,第2章で単純な例を用いて議論したように,治療に失敗する確率を導入して評価する必要がある.


図2. 治療による質調整生存年の増加

一般的なリスクの定義として用いられものに「被害の生起確率と被害の重大性の積」がある.この定義は期待効用(Expected Utility)の理論に基づいており,被害の期待値が被害の確率と重大性の積であることによっている.この定義に従えば,前章において述べたように被害の重大性はQALYで評価できることから,医療機器のリスクとは,その医療機器を適用した場合において医療機器の不具合などが引き起こすQALYの減少の期待値であり,効用とは治療に成功する場合のQALYの増加の期待値と定義することができる.第2章で議論した単純例の場合においてもリスクは生存年の期待値の減少であったことから,この定義は一般的な社会通念と整合的であると考えられる.

QALYの増加あるいは減少量の期待値を求めるための確率的な評価であるが,医療機器の不具合の発生確率の評価については,機器の故障解析のために開発されてきている信頼性工学の手法を応用することができる.FTAやFMEAなどの解析方法があり,不具合の発生確率が評価できる限りどのような方法でも有効に応用できるが,因果関係を示しやすいことから本論文ではFTAを採用する.

図3. 質調整生存年で評価される治療のベネフィットとリスク

上のような準備のもとで,医療機器の効用/リスク解析は図2に示すように行うことができる.すなわち図2(a)のように,機器の不具合の種別に応じてトップ事象(Top Event)を抽出する.これらのトップ事象において,機器の不具合とその不具合に応じて定まる患者のQALYが対応することになる.次いでこれらの事象について解析を行ない,それぞれの事象が生じる確率pEを求める.まず治療に成功した場合の質調整生存年の増加QALYgainedは,図2(b)のように生活の質QHと継続時間LHの積の健康状態の遷移について総和をとり式(1),(2)で求められる.このとき医療機器の効用Uは質調整生存年の増加の期待値であり,不具合の生じない確率1-ΣpEとQALYgainedの積
……(3)
で与えられる.一方,事象Eにより不具合が生じた場合には,その不具合での生活の質をQEH,継続時間をLEHとすると,質調整生存年の減少QALYE, lostは図2(b)に示すようになり
……(4)
……(5)
で与えられる.このとき医療機器のリスクRは質調整生存年の減少の期待値であり,不具合の生じる確率pEとQALYE, lostの積について事象に関する総和をとり
……(6)
で与えられる.

このように,質調整生存年の増加および減少の期待値を利用して医療機器の効用とリスクを定量的に評価することができる.式(3),(6)のように導入された効用/リスクは,第2章において極めて単純な場合において示した,生存年の増減で評価される治療の効果および被害の自然な拡張である.したがって本論文の方法で評価される効用とリスクは,社会通念上の概念と整合的であると考えられる.

本方法による評価を実施する際には,いくつか注意すべき点がある.一つは評価のエンドポイントの設定である.長期間にわたり体内に存在する体内埋植型の機器であれば,リスク評価は全余寿命にわたり行うべきである.しかし実際問題として,そのような長期間にわたる安全性データなどは入手が難しいので,10年間といった上限の期間を設定すべきかもしれない.

また医療機器では多様な患者の様々な病態に対して種々の適用形態が考えられ,評価にこれらの多様性をどの程度まで精密に取り入れる必要があるのかも議論すべき点である.あまりに多様性を取り入れると評価方法が複雑化し,実施困難となってしまう.ワーストケースのみを扱うなど評価を簡略化することで,簡便でありつつ妥当な評価を行えるものと考えられる.