(6)染色体検査学
Human Cytogenetics
池 内 達 郎
1 科目の概要
染色体は遺伝子の担荷体であるから,染色体の行動や構造および機能を知ることは多様な遺伝現象の機構をより深く理解するのに重要である。このような学問領域を細胞遺伝学(cytogenetics)という。近年は分子遺伝学的技法が導入されて,分子細胞遺伝学(molecular cytogenetics)という新しい研究領域が展開されている。染色体の異常は,個体の発生異常や細胞癌化の原因となる。したがって,異常染色体を同定し解析することは,先天異常や発癌の機構を探求するための道標となるばかりでなく,疾患の確定診断に直結する臨床上重要な役割を担うものである。
2 教育方針・教育目標
近年の臨床分野では,先天異常や造血系疾患での染色体検査が広く普及し,検査例数も飛躍的に増大している。したがって平成15年版の臨床検査技師国家試験出題基準には,染色体検査関連の内容が大幅に盛り込まれることになった。
本講義では,こうした出題基準内容の全体をカバーしながら,ヒトの染色体異常(染色体突然変異)に関する基礎知識と最近の新しい研究成果を学習し,臨床分野における染色体解析の意義と原理ならびにその方法論についての理解を深めることを目的とする。
3 教育内容
上記の国試出題基準の内容に準拠し,染色体を中心としたヒトの遺伝学について,基礎と臨床の両分野で得られたこれまでの知識を紹介する。併せて現在展開中の新しい基礎研究の成果ならびに新技術とその臨床応用にも言及する。
回数 |
日 時 |
項 目 |
内 容 |
担当者 |
1 |
4/8(木) 1 |
染色体の遺伝学的基礎 |
染色体の形態と高次構造(DNA分子の凝縮機構),および体細胞の細胞周期における染色体の動態を理解する。 |
池内達郎 |
2 |
4/15(木) 1 |
同 上 |
減数分裂における染色体の形態と行動(配偶子形成,メンデルの法則との関連,遺伝的多様性の産生),およびX染色体の不活性化現象について理解する。 |
〃 |
3 |
4/22(木) 1 |
ヒト染色体の解析技術 |
染色体の分類の基本,細胞培養法,分染法やFISH法などによる染色体解析技術,染色体の正常変異,などを学習する。 |
〃 |
4 |
5/6(木) 1 |
染色体異常の種類とその生成機構 |
数的異常と構造異常の生成要因と機構,安定型と非安定型の染色体異常の相違,などについて理解する。 |
小原深美子 |
5 |
5/13(木) 1 |
常染色体異常症候群 |
常染色体異常症候群の種類(ダウン症をはじめとするトリソミー症候群,部分的トリソミー/モノソミー症候群)とそれぞれの臨床症状について理解する。 |
〃 |
6 |
5/20(木) 1 |
性染色体異常症候群と性の決定機構 |
性染色体異常症候群(クラインフェルター症候群,ターナー症候群など)とその臨床症状,性の決定機構(SRY遺伝子)および性分化の異常症について理解する。 |
〃 |
7 |
5/27(木) 1 |
染色体異常の伝わり方 |
染色体異常(転座,逆位など)の世代間の伝わり方と各種の染色体異常症の発生機構を理解する。 |
池内達郎 |
8 |
6/3(木) 1 |
染色体異常の遺伝的荷重 |
ヒトの集団およびライフサイクルでの染色体異常の普遍性と動態(出現と消長)について理解を深め,疾患と社会との関わり方を考える。 |
〃 |
9 |
6/10(木) 1 |
先天異常における染色体解析の実際 |
先天疾患を伴うさまざまな染色体異常の解析例に触れ,臨床検査の一環としての染色体解析の現状と解析過程を理解する。検体試料の倫理的扱い方とデータの管理,および遺伝カウンセリングについても学ぶ。 |
〃 |
10 |
6/17(木) 1 |
核型分析の演習 |
教科書見開きにあるヒト染色体の写真をもとに,核型分析(通常ギムザ染色法,G分染法)の実習を行う。 |
〃 |
11 |
6/24(木) 1 |
造血系疾患と染色体突然変異 |
白血病やリンパ腫の病態特有な染色体異常を学習し,がん関連遺伝子との関わりと発症機構を理解する。染色体検査が,病態の診断や予後の判定,治療法の選択に密接な役割を担っていることについても学習する. |
池内達郎 |
12 |
7/1(木) 1 |
固形腫瘍と染色体突然変異 |
固形腫瘍における染色体突然変異(とくに染色体欠失)とがん抑制遺伝子との関わり,およびその2段階突然変異について理解する。 |
〃 |
13 |
7/8(木) 1 |
同 上 |
発がんの多段階機構について現在の研究状況を学習し,がんや白血病における染色体解析の意義について理解を深める。 |
〃 |
14 |
7/15(木) 1 |
ヒトの染色体地図 |
染色体(遺伝子)地図の作成法(細胞雑種法,家系分析による連鎖解析,FISH法など)と現状,その臨床への応用,ならびにヒトゲノムプロジェクトについて理解する。 |
〃 |
15 |
9/2(木) 1 |
核型進化 |
染色体の解析および遺伝子の比較マッピングによる核型進化(染色突然変異の変遷)の最近の研究状況を学び,ヒトゲノムの成り立ちを理解する。 |
〃 |
16 |
9/9(木) 1 |
予備日 |
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〔単位〕選択2単位
〔場所〕講義室A(3号館4階)ほか
4 教科書・参考書
教科書として,
・奈良信雄,池内達郎,吉田光明,小原深美子,東田修二(著):臨床検査学講座 遺伝子・染色体検査学,医歯薬出版,東京
を使用する。他にいくつかの参考書を講義時に紹介する。とくに有用な参考書は,
・池内達郎:ヒトの染色体.「細胞の増え方−岩波講座・分子生物科学4」,岡田善雄 (編),pp.153-185,岩波書店,1989
・古庄敏行,外村 晶,清水信義,北川照男 (編):「臨床遺伝医学〔II〕染色体症候群」,診断と治療社,1992
・今泉洋子(編):「人間の遺伝学入門」,培風館,1994
・阿部達生,藤田弘子(編):「新染色体異常アトラス」,南江堂,1997
・香川靖雄,笹月健彦(編):「遺伝と疾患」,岩波講座・現代医学の基礎9,岩波書店,2000
5 他科目との関連
「遺伝学」を受講し,染色体を中心とした遺伝学の他に,人類遺伝学全般に亘る幅広い知識を習得することが望ましい。また最近では,“分子細胞遺伝学”という語が使われるように,“染色体”を理解するには分子生物学的な知識も必要である。関連科目を受講することで,理解をより深めることができよう。
6 受講上の注意
講義時には多数のスライドを供覧し,その都度プリント資料も配布する。実際の「モノ」を目で知覚し,資料を参考とすることで知識を整理し,問題提起を各自常に心掛けたい。検査の技法や遺伝学の基礎知識のみでなく,ヒト集団における染色体突然変異の普遍性と多様性を認識し,症例や家族に対する社会からの適切な対応が求められていることについても理解を深めて欲しい。
7 成績評価方法
学期末筆答試験により評価する。講義出席点も考慮。