眞 野 喜 洋
1 科目の概要
「福祉」とは簡単に言い換えれば「しあわせ」のことである。現代における福祉はその範囲も概念も大きく変化してきている。さまざまな複雑な状況が生じてきたいま人間の生活に求められているのは「安心」であるともいえる。かつては貧困からの救済がその主要な機能であった社会福祉は社会経済状況とともに変化しつつあるが,しかし社会福祉学を学ぶということは,人間がよりよく生きたいと願うことの正当性を考え,社会生活において福祉を実現する方策を考え,実行する手段をも考察するという点においては変わりはない。
社会福祉学の範囲は広く,その背景にある「思想」「歴史」から行政に至るまでを含んでいる。しかし,社会福祉学を学ぶときに忘れてはならないことは,「思想」よりもっと根源的な自己や他者の存在を認め長い歴史を経て確認されてきた「人権」を守りよりよい生活を願う「こころ」である。
したがって,「法律」や「制度」を確認する作業は当然ながら,確かな福祉のこころをそれぞれが確認できるような講義を心がけたい。
2 教育方針・教育目標
保健医療に携わる者の対象は人間である。その人間が社会的存在であることはいうまでもないが,保健医療の現場で対象者の疾病の回復や自己実現を阻害する大きな因子である社会経済的問題を的確に把握し,対象者を全人格的に把握して問題解決することのできる能力を社会福祉学を学ぶことにより確かなものにする。そのためには法律・制度・社会資源に関する知識を確かなものにすることは当然であるが,保健医療領域の職種とだけではなく,メディカル・ソウシャルワーカーや地域福祉に携わる多くの専門職・ボランティア等についても学び,円滑なネットワークがつくれるあるいはネットワークの一員として機能できる能力を身につける。
3 教育内容
回数 |
項 目 |
講 義 内 容 |
担当者 |
1 |
総論・社会福祉の概念 |
「福祉」の言葉の定義,人権に関する考察,日本国憲法の規程,社会保障制度との関連等について考察する。 |
眞野喜洋 |
2 |
総論・社会福祉の歴史・世界 |
イギリスの資本主義の萌芽以降を中心に救貧と人権意識の発展を軸に諸制度の発生変遷を学ぶ。公衆衛生の発展とも関連づけて把握する。同時にイギリス以外の諸外国の歴史についても特徴的な点を理解する。 |
内田厚子 |
3 |
総論・社会福祉の歴史・日本 |
明治維新以降の社会福祉に関する法律・制度を中心にその発展をたどる。また,それ以前の仏教あるいはキリシタンによる社会福祉の萌芽についても学び,慈善・慈悲と制度としての福祉との違いについても考察する。最後に,総論のまとめとして社会福祉の概念の歴史的変遷と時代の福祉の概念について考察する。 |
〃 |
4 |
社会福祉の分野 公的扶助論 |
歴史においては福祉の根幹であった救貧制度の現状につき,わが国の生活補助制度を中心に理解を深める。と同時にその運用上の問題点についても把握し,今後の公的扶助について考える。 |
〃 |
5 |
社会福祉の分野 心身障害者・ 児童福祉論 |
障害者の置かれてきた歴史の考察・障害のレヴェルの考察から入り,障害者基本法に新たに示された障害者の範囲の把握を通じ,わが国の障害者対策の遅れにつき考察する。制度の現状,施策の現状,初めて数値目標を示した障害者プラン等を通じ障害者福祉の今後も考える。比較として,北欧,アメリカの進んだ現状も取り上げる。 |
立川萬理子 |
6 |
社会福祉の分野 精神障害者福祉法 |
ようやくわが国でもすすめられ始めた精神障害者の社会復帰を中心に,精神障害者の置かれてきたわが国の歴史的把握,精神保健福祉法の理解,社会復帰対策の現状,世界的に特異なわが国の精神医療の実態等を理解し,保健医療関係者として的確な知識をもち,精神障害者援助への基本的な視点の把握を目指す。 |
立川萬理子 |
7 |
社会福祉の分野 児童福祉論 母子福祉論 |
児童福祉法母子保健法を中心に,子どもの権利条約,エンゼルプラン等最近の施策動向も含め,保健医療も視野に入れて考察する。また,所得保障の一部としての児童手当等も把握する。 |
内田厚子 |
8 |
社会福祉の分野 老人福祉法 |
老人福祉法老人保健法を中心に進行するわが国の高齢化に対する施策を総合的に検討する。ともすると否定的なイメージで語られやすい高齢化社会を的確に分析把握したい。老人保健福祉計画,ゴールドプラン,老人保健制度,老人医療,老人医療費,老人福祉対策,介護保険等を総合的に位置付け分析する。 |
〃 |
9 |
社会福祉の分野 医療保障論 |
社会保障制度をわが国では所得保障・医療保障・公衆衛生および医療・社会福祉と分類することがあるが,ここでは社会保険制度のうちの医療保険制度および公費負担医療の制度と現状・問題点・将来の展望につき明確な視点を持てるように知識の整理と考察を行う。 |
〃 |
10 |
社会福祉の分野 所得保障論 |
社会保障制度のうち所得保障としての年金制度・雇用保険・労災保険につきその制度の概要,問題点,将来像等につき理解を深める。 |
〃 |
11 |
社会福祉の分野 地域福祉 |
地域福祉は社会福祉の一分野として扱われるが,社会福祉を現実に適応しその目的を達成するための方法論である。高齢化社会で地域福祉の意義はますます重要となっている。住宅福祉・環境改善サービス・組織化活動(コミュニティオーガニゼイション)等につき学ぶとともに保健医療サイドからの関与のあり方についても考察する。社会福祉協議会・民生委員についても触れる。 |
〃 |
12 |
社会福祉の分野 その他 |
近年取りあげられることが多くなってきている企業福祉・フィランソロピー,ボランティア,NP0(非営利組織)等につき今後の展望も含めて考察する。 |
〃 |
13 |
社会福祉の分野 国際社会福祉 |
わが国内だけでなく社会福祉は今日世界的視野で問題解決にあたらなければならない時代に来ている。社会福祉には本来所得再分配という機能もあり,世界的な所得再分配も社会福祉の今日的な一分野である。この比較的新しい分野につき理解を深める。 |
〃 |
14 |
社会福祉のマンパワー |
社会福祉に携わる職種について理解を深める。ソウシャルワーカー,社会福祉士,看護福祉士,ヘルパー等につき養成の現状,その機能守備範囲を理解する。特に,保健婦との守備範囲期待される機能の相似・違いについては十分考察を深める。 |
〃 |
15 |
まとめ |
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4 教科書・参考書
眞野喜洋・遠藤立一(監著):健康管理者のための公衆衛生学,圭文社,東京
鈴木路子・眞野喜洋(編著):教育健康学 教育と医療の接点を求めて,ぎょうせい,東京
(財)厚生統計協会:国民衛生の動向,厚生の指標臨時増刊,(財)厚生統計協会,東京
労働衛生のしおり(労働省労働基準局編),成人地域看護活動(地域看護学講座7),医学書院
第3版 公衆衛生看護学大系9 保健福祉行政論,日本看護協会出版会
など書籍はすべて参考となるが,購入の折できるだけ新しい数値の乗った統計データを有するものから選ぶこと。
毎年資料が更新されるので,その場合にはプリントを配布する。
5 他科目との関連
公衆衛生学,地域や老年保健学・看護学とは密接な関係にあり,クロス・オーバーする領域が多い。母性,成人老人,精神の各保健学,看護学とも関連性が高い。
基礎学力としての生理学,薬理学,病理学などの知識は講義の理解を深める上で重要である。
6 受講上の注意
保健医療福祉制度論は他領域とそれぞれ深く係る学際性の高い分野なので,日頃からマスメディアの医療の関与する社会ニュースなども関心を持つことが望ましい。
7 成績評価方法
学期末筆答試験,出席点などにより評価する。