新着情報・お知らせ

「がん抑制型miRNA-634 を創薬シーズとした核酸抗がん製剤を開発」
― 膵臓がんに対するマイクロRNAを用いた新たな核酸抗がん薬の実用化へ期待 ―

2020.01.08

ポイント

  • ヒトマイクロRNA(microRNA: miR)※1であるmiR-634が、膵臓がんを含む様々ながん種に対して、非常に強力な抗がん作用を有することを明らかにしました。
  • 合成2本鎖miRNA-634をLNP(lipid nanoparticle)※2に内包したmiR-634-LNP製剤を開発しました。
  • 膵臓がんの担がんマウスにおいて、miR-634-LNPの全身投与によるがん細胞へのmiR-634の送達と抗腫瘍効果が確認されました。
  • 本研究の成果は、マイクロRNAを用いた新たな核酸抗がん薬の実用化につながることが期待されます。

東京医科歯科大学難治疾患研究所分子細胞遺伝分野の井上純准教授、稲澤譲治教授ならびに同大学院生の五木田憲太朗らの研究グループは、がん抑制型miR-634 を LNP に内包した“miR-634-LNP 製剤”を開発し、膵臓がんの担がんマウスにおいて、miR-634-LNP 製剤の全身投与による顕著な抗腫瘍効果を確認しました。この研究成果は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構 (AMED) 「次世代がん医療創生研究事業」 (P-CREATE)、文部科学省新学術領域研究(15H05908) 「がんシステムの新次元俯瞰と攻略」および文部科学省科学研究費補助金(18K06954、18H02688)の支援のもと遂行され、国際科学雑誌 Molecular Therapy - Nucleic Acids に、2019 年 11 月 26 日にオンライン版で発表されました。

研究の背景

ヒトマイクロ RNA(miR)は、約 22 塩基からなる機能性 RNA であり、標的遺伝子の転写産物に直接結合することで、遺伝子発現を負に制御する働きがあります。ヒトでは 2,500 種以上の miR の存在が知られており、発生、分化、細胞増殖・生存、代謝調節など様々な生命現象に深く関与することが知られています。近年、核酸医薬として、がん抑制型miR の補充療法が注目されています。しかし、この治療戦略が実用的に臨床応用されるためには、抗腫瘍効果を有する新たながん抑制型miR を同定するだけでなく、その miR を標的となる腫瘍細胞に効率的に送達して機能させるための DDS(drug delivery system)の開発が急務の課題となっています。

一方、我々はこれまでに、ヒト miR ライブラリーの機能的スクリーニングから複数のがん抑制型 miR を同定し、抗がん核酸薬としての可能性を追究してきました。それらのなかでも miR-634 は、ミトコンドリアの恒常性維持、オートファジー、抗酸化ストレス(レドックス)などの“細胞内代謝”や、抗アポトーシスといった“細胞生存”に関連する遺伝子の複数を同時にかつ直接的に抑制するがん抑制型 miR であり、マイクロ RNA 核酸抗がん薬の有望な創薬シーズとして期待されていました。

研究成果の概要

本研究では、合成 2 本鎖 miR-634 を LNP に内包した“miR-634-LNP 製剤”を開発し、核酸抗がん製剤としての有用性を検証することを目的に研究を行いました。

初めに、膵臓がんを含む様々ながん種由来の培養細胞株(117 種)において、miR-634 に対する感受性を調べるために、各細胞株にリポフェクション法を用いてmiR-634 を導入しました。その結果、117株中45株(38.5%)において、顕著な細胞生存率の低下が認められました。また、3 種の膵臓がん細胞株(BxPC-3、PSN-1、 CFPAC-1)への miRNA-634 の導入は、標的遺伝子の発現抑制と顕著なアポトーシス性細胞死を誘導することが分かりました。

次に、担がんマウスの腫瘍細胞にmiR-634 を効率的に送達するために、合成2本鎖miR-634 を LNP(L021-LNP;エーザイ株式会社より供与)に内包させた“miR-634-LNP”を製剤化しました。そして、BxPC-3 細胞を用いた担がんマウスに対する“miR-634-LNP”の全身投与による治療実験を行いました。その結果、対象コントル ールとなる“miR-NC(negative control)-LNP“の投与群と比較して、“miR-634-LNP”の投与群において、腫瘍細胞への miR-634 の効率的な送達と標的遺伝子の発現抑制とともに、顕著な抗腫瘍効果が確認されました(図参照)。一方、“miR-634-LNP”の投与による肝臓への障害性は認められませんでした。これらの研究成果は、“miR-634-LNP”のがん治療における有用性を示唆しています。

研究成果の意義

がん抑制型 miR を用いた核酸抗がん薬は、1 種類の分子をターゲットにする分子標的薬とは異なり、複数のがん関連遺伝子をターゲットにすることが特徴であり、その有用性が期待されています。本研究では、がんにおいて変調を来した細胞内代謝および細胞生存システムに関連する複数の遺伝子を同時に標的にする miR-634 を LNP に内包化させることで、miR-634 の腫瘍細胞への効率的な送達と核酸抗がん薬としての有効性が発揮されることを動物レベルで実証しました。このように、本研究成果は、膵臓がんを含む様々ながん種に対する新たな核酸抗がん薬の実用化につながるものと期待されます。

用語解説

  • ※1 マイクロ RNA(microRNA : miR)
    MiR は、標的遺伝子の転写産物に直接結合することで、遺伝子発現を抑制する約 22 塩基からなる機能性 RNAです。ヒトでは 2,500 種類以上の miR が存在しており、中でも、がん抑制型 miR は、核酸医薬の開発における創薬シーズとして期待されています。
  • ※2 LNP(lipid nanoparticle)
    LNP は、薬剤輸送システムの1つであり、イオン化脂質を用いた脂質ナノ粒子です。マイクロ RNA を LNP 内部に内包することにより、外部環境(血中)における核酸分解から保護され、腫瘍組織へマイクロ RNA を安定に輸送することができます。

論文情報

掲載誌: Molecular Therapy - Nucleic Acids
論文タイトル: Therapeutic potential of LNP-mediated delivery of miR-634 for cancer therapy

研究者プロフィール

  • 五木田 憲太郎(ゴキタ ケンタロウ)
    東京医科歯科大学大学 難治疾患研究所 分子細胞遺伝分野 大学院生
    研究領域:腫瘍外科学
  • 井上 純 (イノウエ ジュン)
    東京医科歯科大学大学 難治疾患研究所 分子細胞遺伝分野 准教授
    研究領域:腫瘍生物学
  • 稲澤 譲治 (イナザワ ジョウジ)
    東京医科歯科大学大学 難治疾患研究所 分子細胞遺伝分野 教授
    研究領域:腫瘍生物学、人類遺伝学、腫瘍診断学

プレスリリースのPDFダウンロードはこちらより

問い合わせ先

<研究に関すること>

東京医科歯科大学大学 難治疾患研究所
分子細胞遺伝分野 稲澤 譲治 (イナザワ ジョウジ)/井上 純 (イノウエ ジュン)
TEL:03-5803-5820 FAX:03-5803- 0244
E-mail:johinaz.cgen@mri.tmd.ac.jp, jun.cgen@mri.tmd.ac.jp