My Research

“椎間板ヘルニア自然退縮機序を利用した新しい生理的椎間板ヘルニア治療法の開発”
―第65回米国整形外科学会基礎学術集会(Orthopaedic Research Society;ORS)
New Investigator Recognition Award受賞―

疾患遺伝子実験センター(運動器分子変性研究部門) 客員助教授 波 呂 浩 孝


 

 1999年3月に米国カリフォルニア州アナハイムで開催されたORSの年次学術集会で学会賞をいただき、医歯大ひろばに私の研究を紹介させていただける機会を与えていただきました。本会は4日間にわたり1091演題が討議されました。私のリサーチのテーマは皆さんが一度は聞かれたことがある椎間板ヘルニアに関するものです。腰痛は生涯罹患率が60から80%にのぼり,米国では毎年約500億ドルが腰痛の治療費に費やされています。腰椎椎間板ヘルニアはヘルニア塊が神経組織を圧迫したり神経刺激物質を産生することにより、腰痛の他に下肢痛や神経症状を発症し,あらゆる腰痛症の中で約40%が椎間板ヘルニアの原因であるという報告もあります。日本においても厚生省の統計で整形外科外来における腰痛症患者の割合は膝関節痛と並び常時上位を占めています。  
 最近,非侵襲的な検査であるMRI検査が腰痛症患者に簡便に施行されるようになってきました。本学医学部整形外科の小森講師がSpineに椎間板ヘルニアが経時的に体積が減少する自然退縮機序が認められることを報告しています。これまで腰椎椎間板ヘルニアの保存治療群の中で治癒または軽快してきた群の多くはこの椎間板ヘルニアの自然退縮機序が原因であることが示唆されます。私のテーマはこの退縮機序を明らかにして、治療法として応用することです。椎間板は本来血管が存在せず,水分と軟骨基質から構成されています。椎間板ヘルニアの手術検体は軟骨細胞とその基質の中に新生血管の増生を認め,多数のマクロファージを中心とした炎症性細胞が浸潤しています。また,この浸潤マクロファージと椎間板内の軟骨細胞は軟骨の構成要素を分解するマトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)を産生しています(MMP−3,−7)。側弯症や脊髄腫瘍手術時に採取したMRI上変性が認められない椎間板検体には,MMPの強発現は認められません。さらに,MMPと異なるアグリカンを分解する酵素が検出され最近Scienceに報告されましたが,本酵素は関節軟骨の分解には強く作用していますが,椎間板の分解には強い作用をしていないことがわかりました。以上から,我々は椎間板ヘルニア内での発現を確認したMMP−3やMMP−7がヘルニア塊の退縮に重要な作用をしていると考え,ヘルニア塊が脊柱管に脱出した直後を再現する目的で椎間板由来軟骨細胞とマクロファージのコカルチュアーを行いました。また,MMPの特異的な作用を知るために,MMP−3とMMP−7のノックアウトマウスを用いました。単培養では,軟骨細胞がMMP−3をまたマクロファージがMMP−7をわずかに産生する程度であったのが,コカルチュアではMMP−3とMMP−7が強発現されました。また,このコカルチュアサンプルはカセイン分解活性を持ち,MMPの阻害剤でこの活性が強く抑制されました。MMP−3欠損椎間板とMMP−7欠損マクロファージを用いた群ではカセイン活性が強く抑制され,また他のコカルチュアの群では認められた椎間板内へのマクロファージの浸潤がこれらのコカルチュア群では認められませんでした。これは椎間板からMMP−3がマクロファージ走化因子を遊離することが原因であることがわかりました。  
 これらはバンダビルト大学メデイカルセンター整形外科学講座と細胞生物学講座,及び本学医学部整形外科との共同研究で,この研究成果は2000年1月のJ of Clinical Investigationに掲載されました。本研究を臨床応用し,薬物・理学療法と手術治療の中間的位置となる治療法を開発したいと考えています。

表彰式 左から2人目が筆者 コカルチュアーにおけるMMP−3とMMP−7の発現
マウス腹腔内マクロファージ(M)と軟骨細胞(C)とのコカルチュアーまたはそれぞれの単培養液中におけるMMP−3とMMP−7の発現についてwestern blotting法を用いて調べた。ラット/マウスMMP−3とバクロウイルス由来のMMP−7を陽性コントロールとして用いた。
器官培養系におけるマクロファージと椎間板細胞のコカルチュアーにおけるカセイン分解活性
酵素阻害剤含有下で赤色蛍光標識したマウス野生型マクロファージとコカルチュアーした野生型椎間板組織のカセイン分解活性。 パネルA:緑色蛍光はカセイン分解活性を示す。パネルB:赤色蛍光はマクロファージを示す。パネルC:対照相。カセイン分解活性を有する細胞で矢頭は椎間板細胞、矢はマクロファージを示す。

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