被害者のトラウマ・ケア
―エイボン女性年度賞を受賞して―

難治疾患研究所被害行動学研究部門 客員助教授 小 西 聖 子 

 


 生命がおびやかされたり,重い傷害を負うような体験による精神的打撃が,心身の多彩な反応をもたらすことは,精神医学の知識と言うよりは一種の常識であるが,近代精神医学の中では19世紀後半ころから「外傷神経症」の名でこのような症状についての報告が見られる。私の研究対象は,この外傷神経症の現代的な姿である「PTSD(外傷後ストレス症候群,ポストトラウマティック・ストレス・ディスオーダー)」であり,またトラウマとなるような被害を受けた人への精神的援助の方法である。
 PTSDの概念を生み出す原動力となったのは,1970年代の米国におけるベトナム戦争帰還兵の問題であるが,その後の研究によって戦争の体験だけでなく,強姦などの性暴力被害や,そのほかの暴力の被害,誘拐や監禁の体験,虐待,災害などの被害体験や,突然人の死を目撃する体験がPTSDの発生をもたらすことが確認されてきた。特に強姦の被害者や殺人事件の遺族などには高率でPTSDが見られ,トラウマ・ケアが必要であることは,1980年代を通じて,徐々に米国の社会に浸透し,実際の援助を行う組織も整備されていったのである。主として英米圏の各国においてこのような被害の体験への精神的援助は発展してきた。
 しかし日本では,これらの被害やその精神的影響についての社会の関心は乏しく,トラウマに対する専門治療もほとんど行われてこなかった。犯罪の被害や災害の被害にあった人たちが医療の場面に現れることも少なく,現れても適切な対処がなされないまま,つまりはこのような問題が存在すること自体が認識されないまま見過ごされてきたのである。
 難治疾患研究所犯罪精神医学研究部門(山上 皓教授)の中に犯罪被害者相談室ができたのは1992年2月のことである。私は1993年2月から難治疾患研究所に勤務するようになったが,この時の周囲の状況は上述のようなものであり,日本においてこのような被害者のメンタル・ケアの需要があるのかどうか,またどのような問題があるのか全く暗中模索の状態であった。米国の文献を参考にしつつ,医療ではない「相談」の臨床を始め,セルフヘルプグループを組織し,また対外的なネットワークを組むべく関連団体の情報を集めた。ここ3年間はセコム株式会社の寄付講座として被害行動学部門を担当しており,現在では,被害とトラウマについての被害者学的精神医学的研究も徐々に軌道に乗りつつある。
 また1995年1月の阪神淡路大震災は日本における被害者援助の状況に大きなインパクトを与えたといえる。全国から多くのボランティアが集まったことは記憶に新しいが,私たちは被害者援助についての経験を持ち,先進諸国の援助活動についての情報も持っていたため,ボランティアのトレーニングやスーパーバイズを行うことになった。この活動は現在も引き続き行っている。
 1998年10月に,被害によるトラウマの実像を社会に紹介し,援助を実践し,援助についての方法論を提案,紹介したということで図らずも「エイボン女性年度賞」を戴くことになった。突然電話がかかってきて驚いたが,新しい仕事を始めて6年で,社会から評価していただけるのは大変うれしいことであった。これからも息長くこの仕事をしていきたい。

 

 

エイボン女性年度賞受賞式の模様。左より,
芸術賞:部谷京子さん,
功績賞:落合恵子さん,
大賞:田辺聖子さん,
教育賞:筆者,
スポーツ賞:能城律子さん。

 

阪神大震災被災地でのカウンセリング指導