この度,平成9年度の日本血液学会奨励賞を授与されました。これを機会に,受賞の対象となったサイトカインと造血因子のシグナル伝達経路に関する私のリサーチについて,簡単に紹介させていただきます。  生体は,様々な情報を細胞の間で交換することによって,自己の細胞の分化や増殖の調節を行い,恒常性を維持し,また外界から自己を防御しています。その役割を果たすものとして,インターロイキン(IL)などのサイトカイン,エリスロポエチンやG‐CSFなどの造血因子,インターフェロン,成長ホルモンやプロラクチン,過食を抑える飽食因子としてみつかったレプチン,アンジオテンシン,インスリンなどの様々なポリペプチドがあります。これらのポリペプチドが細胞膜にある受容体に結合すると,細胞内をシグナルが伝わり,核の中の遺伝子が制御されます(表紙裏の図を参照)。これら多数のポリペプチドは多彩な作用をもつ一方で,その細胞内シグナル伝達経路は共通していることが,最近の研究によって明らかになりました。いずれのポリペプチドでも,JAKキナーゼや転写因子のSTATが活性化されるわけです。図に,血液,免疫,体液,内分泌,代謝に関係するポリペプチドのリガンドと活性化されるJAK,STATファミリーをまとめました。  私は,1992年から1995年にかけて,St. Jude Children's Research HospitalのJames N. Ihle教授の元に留学しました。そして,STAT4を初めてクローニングし,IL‐12によってSTAT4が活性化されることを明らかにしてきました。さらに,STAT4のノックアウトマウスを作製した結果,STAT4が欠損するとIL‐12のシグナル伝達が障害され,ヘルパーT細胞の分化が起こらなくなることがわかりました。今回の受賞の対象となったのは,帰国後に行った,STAT複合体の結合するDNAの配列を同定した一連の研究です。  サイトカインのシグナル伝達経路の基礎的な研究は,臨床に密接につながっています。例えば,患者さんの白血病やリンパ腫の細胞では,JAKやSTATが活性化されており,JAK2の阻害薬が白血病細胞の増殖を特異的に抑制することがわかっています。また,IL‐12は,Th1‐Th2細胞のバランスの制御,病原体への作用,抗腫瘍作用,造血作用などをもつユニークなサイトカインであり,AIDSをはじめとする難治性感染症,悪性腫瘍,アレルギー性疾患に対する『夢の治療薬』として,臨床への応用が進んでいます。さらに,IL‐12そのものを発現させる遺伝子治療も考えられています。  今後,シグナル伝達経路について,分子,細胞,個体レベルで研究することにより,さらに一歩進めて,難治性の血液,免疫疾患の病態解明と診断法や,受容体やキナーゼの阻害薬,免疫や造血の調節薬等の新たな治療法に結びつけていきたいと考えています。  最後に紙上を借りて,今まで私の研究を支えて下さいました本学第一内科青木延雄教授,同宮坂信之教授,および他の多くの先生方に深謝いたします。 リガンドと活性化されるJAK, STATファミリー 多数のポリペプチドのリガンドは,JAK, STATファミリーを活性化して細胞の増殖や分化を制御する。受容体が共通したサブユニットをもつリガンドのグループは,同一のJAK, STATを活性化する。