昨年6月10〜15日にサンフランシスコで開催された第11回APSS(Associated Professional Sleep Societies)年次集会の開会式において,アメリカ睡眠障害連合(ASDA)から“1997Young Investigator's Award”が授与されました。このAwardは,毎年睡眠研究で優れた業績を挙げた若手研究者に授与されます。受賞対象となったのは,私の留学先であるスタンフォード大学医学部・睡眠研究所においてナルコレプシー犬を用いた研究“Central administration of vitamin B12 aggravates cataplexy in narcoleptic canine”であります。  スタンフォード大学には,ヒト・ナルコレプシーの自然発症動物モデルであるイヌ・ナルコレプシーが,世界で唯一繁殖・飼育されています。ナルコレプシーとは,過度の眠気,レム睡眠異常および情動脱力発作(カタプレキシー)を特徴とする睡眠障害の一つであり,イヌ・ナルコレプシーはナルコレプシーの病態生理,あるいはレム睡眠調節機構解明の研究に有益な動物モデルであります。イヌ・ナルコレプシーの特徴的な症状であるカタプレキシーは,情動刺激により,レム睡眠時と同様な筋弛緩が覚醒状態から突然起こります。これまでの神経薬理学的研究で,カタプレキシーの発現にはレム睡眠の調節機構と同様にコリナージック調節系が重要であると考えられています。  ビタミンB12がヒトの睡眠−覚醒リズム障害の治療に有効であると報告されて以来,私は,本学井上昌次郎教授と,ラットを用いたビタミンB12(methyl‐B12)の脳室内投与実験を行い,レム睡眠およびノンレム睡眠促進効果や体温リズム修飾作用を報告しましたが,methyl‐B12の脳内作用機構の詳細については明らかではありません。methyl‐B12はメチル基供与体として,脳内acetylcholine(Ach)合成に関与すると報告されていることから,methyl‐B12が脳内ACh合成を促進し,睡眠あるいは日周リズムを修飾する可能性が示唆されます。本研究では,methyl‐B12の脳内作用機構を理解する目的で,methyl‐B12,methyl‐B12の類縁体でメチル基を有さないcyano‐B12,およびAChの直接の前駆体であるcholineをマイクロダイアリシスでイヌ・ナルコレプシーに脳室内投与し,カタプレキシーあるいはレム睡眠に及ぼす効果を検討しました。methyl‐B12は,イヌ・ナルコレプシーのレム睡眠を増加させ,カタプレキシーを顕著に悪化させましたが,cyano‐B12はカタプレキシーに対して無効でした。さらに,cholineの投与はカタプレキシーをmethyl‐B12と同様に悪化させました。ラットにおけるmethyl‐B12の全身投与あるいはcholineの脳室内投与でそれぞれ脳内AChが増加すると報告されていることから,methyl‐B12によるカタプレキシーの悪化およびレム睡眠の増加は,methyl‐B12が脳内ACh合成を促進したことによると考えています。なお,この研究の詳細についてはNeuro Report 8,3861‐3865(1997)に発表しております。  最後にこの研究を支えていただいたスタンフォード大学の西野精治先生,また日本からこの研究を支援してくださいました本学医用器材研究所・制御機器部門の井上昌次郎教授に深謝いたします。