東京大学秩父演習林におけるウグイス繁殖戦略の研究

 これまで、鳥類のホルモン調節機構の研究は家禽や実験室内で飼育された鳥を使って行なわれてきたが、Wingfield and Farner(1976)により、野鳥をかすみ網などを用いて捕獲し、その場で採血をおこない、放鳥し、内分泌現象を明らかにするという野外内分泌学的手法が確立されて以来、欧米では多くの野生種を使って研究が行なわれるようになった。

 この手法により測定されたホルモンの値は実験室や飼育下におけるものと異なり、自然環境下での繁殖、天候、社会関係などと密接に関係したものであり、これにより環境と内分泌、行動と内分泌の関係が明らかにされつつある。

 しかしながら、我が国ではこのような研究はほとんど行われてこなかった。そこで、昔から日本人に親しまれているウグイスを選び、この手法を駆使し、ウグイスのユニークな繁殖戦略が内分泌学的にみてどのように制御されているかを明らかにしようと試みている。

 ウグイスは、平地や暖地で越冬し、平地から亜高山の低木林や林縁などで繁殖する。雄は繁殖のため‘なわばり’を構え、‘さえずり’によってほかの個体に対して‘なわばり’を宣言し、繁殖期の間‘なわばり’を保持するが、造巣、抱卵、育雛はすべて雌のみが行い、雄は一切関与しない。また、同一‘なわばり’内に複数の雌が営巣することも多い。このようにつがい関係が希薄な一夫多妻のウグイスの繁殖戦略はどのような内分泌機構によっているのだろうか。

材料および方法

調査地および調査期間

 調査は、埼玉県秩父郡大滝村の東京大学秩父演習林(35゚ 55’N、138゚ 52’E)内の矢竹沢地区第28・29林班(標高1050m)(下の図の左)および突出峠(標高1650m)で、1996年3月から10月にわたっておこなった。調査地の植生は、ツガ、モミなどの針葉樹が混じる落葉広葉樹林に、スギ、ヒノキ、カラマツなどの造林地が混在し、林床にはササ(スズタケ)が密生している(下の図の右)。

  

捕獲方法 

 雄ウグイスの‘なわばり’と思われる場所で録音した‘さえずり’をあらかじめ流し、反応があった場所にかすみ網(36oメッシュ 幅12m)を張り、カセットテープレコーダーをかすみ網の中央に置き、‘さえずり’を流して雄ウグイスを誘引し、捕獲した(以下再生実験と呼ぶ)。‘なわばり’への影響を最小限にするため、かすみ網を設置するために林内へ入って林床のササを刈るようなことはせず、林道(幅約4m)や歩道(幅約1−2m)沿いに設置した。

  

サンプル収集

 ウグイスがかすみ網に掛かったら、ただちちに網より外し、翼下静脈を注射針(26G)で傷をつけ、出血した血液をヘパリン処理したヘマトクリット管に約80μl採取した。採取した血液は、保冷剤の入ったクーラーボックスに入れて研究室に持ち帰り、遠心分離(3000rpm、6 min)し、得られた血漿をサンプルとして、アッセイまで−20℃で凍結保存した。

 採血後に体重、翼長、尾長、嘴峰長、ふ蹠長を測定し、さらに換羽の有無を記録した。ウグイスは体の大きさにより雌雄の判別が可能なので各測定値を参考に雌雄を判定し、雄からだけ採血した。測定後に個体識別用のプラスチック製色脚環を付け、捕獲した場所で放鳥した。 

行動観察 

 繁殖期における‘なわばり’行動を観察するために、‘さえずり’録音テープ再生後、ウグイスが捕獲されるまでの間の行動、また捕獲できなかった場合には再生後15分間を1回の再生実験としてその間の行動をそれぞれ観察した。‘なわばり’防衛行動の指標として以下の項目を記録した。‘さえずり’録音テープ再生から応答までの時間(再生後、最初にさえずるまでの時間)、‘さえずり’回数、‘谷渡り’回数。

ホルモン測定と統計処理

 血漿テストステロン濃度および血漿コルチコステロン濃度は、二抗体ラジオイムノアッセイ(RIA)法により測定した。

 季節的な変動の検定は一元配置の分散分析法(ANOVA)により、2群間の平均値の差はStudent’s検定により行なった。有意水準はP<0.05とした。

結果

捕獲数

 1996年の調査期間と捕獲数をTable1に示した。1995年の調査は4月から1か月に1回または2回だったが、さらに詳細なデータ収集と繁殖地への渡来時期を確認するため、1996年は3月の中旬から調査を開始し、1週間おきに調査した。

 

Table 1 調査期間と捕獲した雄ウグイスの数

Date Number
/14〜3/15  0
/28〜3/29 2
/11〜4/12 4
/24〜4/26 10
/ 9〜5/11 8
/23〜5/24 8
/6〜6/ 7
/19〜6/21 3
/3〜7/ 6
/17〜7/19 6
/1〜8/ 9
/20〜8/21 5
/29〜8/30 2
/12〜9/13 1*
/26〜9/27 4*
10/1010/11 8*
10/2410/25 25*
Total 108

      *は幼鳥を示す

 1996年3月中旬の調査では、調査地より標高の低い場所でウグイスの姿と地鳴きを1個体ずつ確認したのみで、調査地内で‘さえずり’は観察されず、再生実験に対して反応する個体もいなかった。

 3月下旬から8月下旬の間に70個体の成鳥の雄ウグイスを捕獲した。また、1996年9月中旬から10月下旬に捕獲したウグイスは、全て幼鳥であった。換羽は8月下旬から観察された。

行動観察の結果

 再生実験開始から応答までの時間には季節的な変動は認められなかった(F(12,177)=1.59, P=0.097, F(11,77)=1.77, P=0.074, F(11,59)=1.39, P=0.20, ANOVA)(左下のグラフの上)。また、3月下旬の応答までの時間は、他の調査期間に比べて長い傾向がみられた。

 再生実験の間に観察された1分あたりの‘さえずり’回数は、有意な季節変動があった(F(12,223)=3.76, P<0.05, ANOVA)(左下のグラフの中)。すなわち、3月上旬から6月上旬まで増加傾向を示し、その後8月上旬まで高い値を維持した(>2.5回/min)。しかし、9月上旬に有意に減少し( P<0.05)、9月以降は観察されなかった。

 再生実験の間に観察された1分あたりの‘谷渡り’回数は、 ‘さえずり’より回数が少なく、観察された期間も短かった(左下のグラフの下)。3月下旬から4月下旬に増加傾向を示して、5月上旬に一旦減少したが、その後7月中旬まで一定の値(約0.08回/min)を維持し、8月上旬以降で観察されなかった。

体重の季節変化

 体重にも季節変化が認められた(F(11,59)=19.51, P<0.05 , ANOVA)(右下のグラフの上)。4月24日から増加傾向を示し、5月下旬に有意に増加した( P<0.05)。7月中旬まで高い値(>18g)を維持し、8月中旬に有意に減少した( P<0.05)。

  

                                   青四角は幼鳥のデータ

血漿テストステロン濃度の季節変化 

 血漿テストステロン濃度は有意な季節変動を示した(F(6,44)=0.75, P<0.05, ANOVA)。テストステロン濃度は、4月下旬と5月下旬にピークに達し、7月中旬まで高い値(>1.4ng/ml)を維持し、8月下旬に有意に減少した(右上のグラフの中)。

血漿コルチコステロン濃度の季節変化 

 血漿テストステロン濃度と同様に、血漿コルチコステロン濃度にも有意な季節変動がみられた(F(6,44)=0.75, P<0.05, ANOVA)。4月中旬から7月上旬まで高い値(>45ng/ml)を維持し、その後減少傾向を示して8月中旬に有意に減少した( P<0.05)(右上のグラフの下) 。

考察

 再生実験に対する‘さえずり’が頻繁に観察された4月から8月の間、‘なわばり’防衛行動の指標となる再生実験開始から応答までの時間および捕獲までの時間、そして音源から捕獲場所までの距離の各値は変化を示さなかった(Fig. 4)。つまり、この期間に捕獲された個体は、なわばり防衛行動を減少することなく発現し続けていたと考えられる。羽田・岡部(1970)はウグイスの繁殖生活について調査し、‘さえずり’が‘なわばり’行動として大きな比重をもっていることを行動観察の結果から示唆している。今回の結果は、再生実験に対する‘さえずり’行動が4月から8月の期間に顕著であった(Fig.4)。これらのことから、調査地の個体群は4月から8月までの間、‘なわばり’行動を示すことが明らかになった。

 テストステロンは、一般に雄鳥のクロアカを隆起させるなどの二次性徴をひき起こすとともに、攻撃行動や‘さえずり’行動を増加させることが知られている(Arnold, 1975; Balthazart, 1983; Wingfield and Marler, 1988)。ウグイスでも同様に、血中テストステロン濃度が高い間、再生実験に対して‘なわばり’防衛行動が観察された。

 羽田・岡部(1970)と濱尾(1992)は、ウグイスの繁殖行動の調査により、育雛行動は全て雌によって行なわれ、雄は一切関与しないと報告している。また、雄が育雛行動に参加するマダラヒタキ(Ficedula hypoleuca)では、攻撃行動が減少し始め育雛行動が開始される時期にテストステロンを移植すると、対照群では予定通り攻撃行動が減少して育雛行動が開始されるのに対して、移植群では攻撃行動が継続され、育雛行動が少なくなることが報告されている(Silverin, 1980)。血中テストステロン濃度の季節変化のパターンをみると、多くの鳥で雄が育雛に参加する種では、育雛期に血中テストステロン濃度の減少がみられるが、育雛に参加しない種においては、繁殖期を通して高いレベルを維持する傾向が認められる(Wingfield et al., 1990)。今回の結果で血中テストステロン濃度が繁殖期を通して高いレベルにあったこと(右上のグラフの中)から、雄ウグイスは育雛に参加していないと考えられる。さらに、一夫一妻の野生種では、雌が抱卵を開始する時期に、雄では血中テストステロン濃度が急激に減少し、性行動やなわばり行動が減少する(Wingfield, 1980)。一夫多妻の野生種においては、雌が抱卵期に入っても雄の血中テストステロン濃度は高いままである(Beletsky, 1989)。濱尾(1992)は、ウグイスの繁殖形態の解明を目的として妙高高原で調査を行なった結果、つがい関係が極めて希薄な一夫多妻の婚姻形態をもつと報告している。本調査地における個体群についての詳細な繁殖活動を調査した研究はこれまでないが、血中テストステロン濃度は繁殖期を通して高いレベルを維持していたことを考えれば、本調査地のウグイスが一夫多妻である可能性は高い。

 育雛や営巣をする種に比して、育雛や営巣をしない種の血中コルチコステロン濃度は比較的高いという報告がある(Wingfield et. al., 1995)。Beletsky et al.(1989)はハゴロモガラスにおいて、血中コルチコステロン濃度は繁殖期を通じて高く、‘なわばり’をもつ個体の方がもたない個体より高いという結果を報告している。このことは、おそらく‘なわばり’をもつ個体の方が‘なわばり’を防衛することによるストレスが大きく、またそのためのエネルギー量も高いためであろうと考えられている。ウグイスの血中コルチコステロン濃度が繁殖期を通じて高い値を維持した今回の結果も、同じ理由によるものと考えられる。

まとめ

  1. 1996年の3月中旬の調査ではウグイスが観察されなかったため、3月下旬から4月上旬が繁殖地への渡来時期であると考えらる。
  2. 4月から8月にかけて再生実験に対する‘なわばり’防衛行動が観察された。
  3. 再生実験に対して‘谷渡り’が観察された期間は、‘さえずり’が観察された期間に比して短かった。
  4. 体重に季節変化が認められ、 繁殖期の間に最も高い値を示した。
  5. 血漿テストステロン濃度は、繁殖期を通して高い値を維持した。その間、再生実験に対する‘さえずり’行動が観察された。
  6. 血漿コルチコステロン濃度は、血漿テストステロン濃度と同様に4月から8月上旬まで高い値を示していた。この期間、‘なわばり’保持によるストレスによりホルモン濃度の増加がみられたものと考えられる。

 

 以上は、1997年7月に佐渡で行われた第22回日本比較内分泌学会で発表したものです。

 これらの研究は、三大寺裕子・町田武生(埼玉大学・生体制御)、小林さやか、矢谷敦史、清水貴史、石川孝之、竹牟礼悦子・今井 清(日本大学・農獣医)との共同でおこなった研究です。

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